大通りへ戻った頃には、日はすっかり傾いていた。
パンパンに膨らんだお菓子袋を自慢げに見せ合うガキどもの姿があちらこちらで見られ、このイベントの成功を物語るように笑い声がそこら中から聞こえてくる。
「今日はたくさん歩きましたね」
「あぁ。ガキも年寄りもくたくただろうな」
「若者はまだまだ元気ですが、おなかが減ったです!」
「……そろそろ何か美味しいものを食べたい頃合い」
「うふふ、そうですね。では、みなさんで――」
「「……働く?」ですか?」
「い、いえ! 今日は、陽だまり亭は屋台を除いてお休みと決めましたから!」
ジネットが嬉しそうな顔で飯の話をする時は働きたい合図。
そんな刷り込みが従業員一同の中にしっかりと根付いているようだ。
俺も一瞬、店を開けたいとか言い出すんじゃないかと思ったもんな。
「みなさんで焼肉に行きませんか?」
「そういうことなら大賛成です!」
「……今日はエステラの奢り。存分に食べるといい、遠慮はいらない」
「なんでマグダが言うのさ、まったく……」
肩をすくめるエステラだが、疲労と興奮が入り混じったいい顔をしている。
まだまだ遊び足りない。そんなガキみたいな表情にも見える。
「それでは、みなさん一緒にトムソン厨房さんへ向かいましょう!」
ぽんと手を打って、こぶしを振り上げる。
そんなジネットに追随して、コミカルなオバケたちが宴の開催を歓迎する。
見渡せば、ルシアやマーゥル、ドニスなんかもしれっと混ざっていた。
ガゼル親子、いきなり領主集団の接客なんかさせられて……倒れなきゃいいけどな。
「おい、オオバ! ちょっと聞け! ブーブークッションを執事たちに仕掛けたらな、これが傑作なんだが――」
「古い、古い。お前、情報が古いよ、リカルド」
ブーブークッションのブームはもう過ぎ去ったんだよ、四十二区では。
何をそんなに嬉しそうに……あ、ドニスに自慢しに行った。
「つか、なんなんだ、あいつのあの仮装?」
「アレかい? 『外の森で魔獣に食い殺された狩人の亡霊』らしいよ」
「ん~……なんというか、……地味」
「ね」
リカルドは腹部が破れた服を着て、腹に赤い絵の具を塗っていた。
顔とか腕とか、もっと凝れよ。こだわれるところいっぱいあったろう。
やりたがるくせに細かいところが適当なんだよなぁ、あいつは。
「……で、ドニスのはなんだ? 普通のタキシードに見えるんだが?」
「『夜風の涼しさと共に人恋しさを運んでくる恋煩いの精霊』……だって」
「あぁ……次回からポエム禁止にするか」
自分に酔ってる感が強過ぎて、ハロウィンの趣旨がブレまくりだ。もはやオバケでもなんでもないじゃん、それ。
「……で、マーゥルのは?」
「座敷わらし」
「へぇ、俺はてっきりぬらりひょんの仮装かと思ってたんだがな」
浴衣を着たマーゥルは、髪を上げ、ぼんぼりのついた髪紐で尻尾髪を作っていた。
あぁ。分かる分かる。
そんな幼い格好がたまらなく可愛いんだろ、ドニス?
こっちサイドとしては、年甲斐もなくセーラー服を着てはしゃいでるオバサンを見ているような痛々しさを感じずにはいられないんだけどな。
「浴衣は、君が持ち込んでウクリネスの店から広がっていったものだからね。他の区ではまだまだ珍しいんだよ」
「それで、ここぞとばかりに着てみたってわけか」
「チャレンジするには、いい機会だからね」
「年相応の着物を着れば、もっと見られる仕上がりになるのに」
「なら、そう伝えておくよ」
「やめろ。……後々、俺が見立てなきゃいけなくなる」
そんな話をしながら、トムソン厨房へと向かう。
オバケたちが散り散りに宴会場へと向かい、ハロウィン夜の部が開催される。
カンタルチカの前を通りがかったら、物凄い盛況で中が見えなかった。
魔獣の顔を模した入り口も、店先のシャドーアートも好評なようだ。
パウラはカンタルチカへ戻り、ネフェリーもその手伝いをするのだという。
あとでちょっと顔を出すとか言ってたけど……抜け出せるのか、これ?
まぁ、焼肉は逃げない。今後はいつだって食えるからな。
「なぁなぁなぁ、あんちゃん! 見たかよ、ネフェリーさんのあの仮装! マブ過ぎっしょ、マジ! 眩し過ぎて前が見えなくなるかと思ったし、マジで!」
「マジかぁー。もっと早く言ってくれれば落とし穴に誘導したのに」
「落とすなし!?」
砂糖の大量増産を乗り切ったパーシーが、ここ数日の疲れを感じさせない溢れんばかりの笑顔ではしゃいでいる。
あーそーですか、癒されたんですか、どーでもいーけどな。
モリーが隣を歩きながら涼しい顔をしている。これくらいはご褒美の範疇ということだろう。
「いいのか、こっち来て? カンタルチカに残っててもいいんだぞ」
「いやいや。モリーがこっち側にいるなら、オレもこっち側っしょ、普通」
ネフェリーよりモリーを取ったのか。珍しい。
「つか、こんな可愛い格好のモリーを酔っ払いどもの中に放置できるわけねーっしょ。隣で目を光らせてなきゃな」
「ネフェリーはいいのかよ?」
「あっちはほら、お友達さんもマスターもいるし。……あの店、手伝いでも見習いでも店員にちょっかい出すと命の危険あるんだぜ……」
「手伝い中のネフェリーにちょっかいかけて死にかけたことでもあるのか?」
「……ひ、秘密だし」
あるのか。
正直な顔だな、お前は。
「あ、あのっ! パ、パーシーさん! ぐ、偶然ですね!」
「あっれー? えっと……バルバラさん!」
「はい! アーシです!」
奇遇を装って奇遇感が台無しのバルバラ
『さりげなさ』って言葉、たぶん聞いたことないんだろうな、こいつは。
「そ、それ、何の仮装なんですか?」
「あぁ、これ? これは『目々連』の仮装だよ。ヤバいっしょ?」
というパーシーは、額と頬に目を描いて、腕にもいくつか目を描いている。それ以外は普段着だ。いや、ちょっとオシャレしている。ちょっとでもよく見せようといういやらしさが垣間見える出で立ちだ。
つかパーシー。それじゃ『目々連』じゃなくて『百目』か『百々目鬼』だ。
「バルバラさんは、何の仮装なん?」
「お、おんぶオバケっ、です。あ、あの……っ、お、おぶさっちゃうぞー! な、なんちゃって! や、やっぱ冗談! 今のなし!」
「あはは! 超ウケる!」
テンパるバルバラを見て、パーシーが屈託なく笑う。
……バルバラが乙女してて、こっちはなんか薄ら寒いんですが?
「あ、あの……この仮装……ど、どう、ですか? その……かわ……ぃぃ……あ、いや、なんでもないです」
「ん? 可愛いんじゃん?」
「ごふっ!」
「いや、マジで。超似合ってるって。バルバラさんスタイルいいねー」
「ぐるばるふぁぁー!」
うぉおおおおい、バルバラ!?
お前、口から何出してるの!?
物凄い音してるんだけど!?
「パッ、パパ、パーシーさんの仮装も、すごくカッコ…………似合ってます!」
「あ、そ? サンキューね」
「えがおっ!」
そんな「あべしっ!」みたいな言い方の「笑顔」初めて聞いたわ、俺。
満たされたんなら、ちゃんと成仏しろよ、バルバラ。
「ビキニの女性に『スタイルいい』とか、よく言えるなぁ、兄ちゃん……デリカシーどこ置き忘れてきたんだろ……」
おぉっと、モリーが『一番怖い顔』してる。めっちゃ無表情。
しかし腕が自然とおなかを隠している。
「スタイルいい」が、巡り巡ってモリーに突き刺さった感じか?
だが、モリー。それは八つ当たりだ。
「それにしても、魔獣の仮面をつけている人が多いですね」
「ん? あぁ」
モリーが言うように、通りには魔獣を模した仮面をつけている者が多くいる。
顔の上半分だけを隠すものから、顔全体を覆うもの、口元だけを隠すものなど、種類はさまざまだが。
「オッサンどもはメイクとか面倒くさいからな。お手軽に仮面を被っておしまいにしたいんだよ」
あとで酒を飲む気満々だから、あんまり凝った仮装はしたくなかったろうし。
「アッスントに言って用意させたら、メガヒットを飛ばしてな」
「行商ギルドさん、この数日で大儲けしたでしょうね」
「あぁ。だから還元してくれるってよ」
「それも、新しい流行の広告費みたいなものですよね」
「まぁな」
焼肉、そしてモツが広まれば連中はまた一儲けできる。
先行投資は惜しまないのがアッスントのいいところだ。きっちり回収していく手腕はさすがだけどな。
「あと、仮面をしておけば、エッチな視線もバレないしな」
「ヤシロさんは体全体がそっちに向くので、たぶんバレると思いますよ」
そんなわけないだろう、モリー。
『ザ・さりげない』として有名な俺が。……お、向こうに高露出美女発見! ぐりん!
「ヤシロさん。目的地はそっちじゃないですよ」
「どうして視線だけで我慢できないんだい、君は?」
両腕をジネットとエステラに押さえられ、強制的に向きを変えられた。
あぁ、高露出美女が……!
その後も、ちらちら眼福な仮装オバケとすれ違ったが、両脇のガードが固くて俺は全然堪能できなかった。
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