そして、用事を済ませて戻ってきた。
まぁ、なんやかんやいろいろあって、試作品を手に入れてきた。
「セロン、いろいろやってたぞ」
「え、いろいろって……具体的には?」
「よくやってくれた」
「えっと……あの、エステラさん?」
「なんかよく分かんないんだけどね、『活躍ばっさりカットの刑』とか言ってたよ」
ふははは!
そのとおーり!
セロンはいろいろ工夫してくれたり、ちょっとした面白ハプニングなんかもあったりしたのだが、そんな話はこの胸の奥にそっとしまっておく。
これが、活躍ばっさりカットの刑だ!
「ふふふ……セロンを地味キャラに仕立ててやるっ」
「あの、ヤシロさんはセロンさんと何かあったのでしょうか?」
「いや、大好きなんじゃないのかな? 好きだからちょっかいかけてるんじゃないかなぁ、逆に」
「でしたら、問題ないですね」
ジネットがほっと胸を撫で下ろし、俺たちが持ち帰った荷物へ視線を向ける。
小さな木箱に入れられた試作品。
早く中身が見たいと、その目が物語っている。
「開けてみていいですか?」
「おう。壊すなよ」
「気を付けます」
慎重に木箱の蓋を開ける。と、中の荷物は風呂敷に包まれていた。
焦らすねぇ~。
その風呂敷を解くと、中から現れたのは――
「……お皿、ですか?」
そう、皿だ。
ソーサラーだ。
「そう、皿だ。ソーサラー……」
「これにはちょっとした仕掛けがあってね」
ちぃ! またしても!
なんだ、エステラ? お前はアレか? ダジャレアレルギーでも持ってるのか? 言わせろよ!
「すごく単純なことで驚いたんだけど、でも、効果は抜群だと思うよ」
「単純なのに、効果抜群なんですか?」
まだ答えにたどり着けず、ジネットが箱の中の皿を眺める。
「あ、お皿の縁に塗られている色が違いますね」
「それが、ポイントなんだ」
ぽぃ~んっと!
「ぽぃ~んっと!」
「ねぇ、ヤシロ。君はくだらないことを定期的に口にしないと死んでしまう病なのかい?」
そんなけったいな病になんぞかかっとらんわ!
…………っていうか、くだらなくなかったろ!?
特にソーサラー!
「この色分けが、何かを意味しているのでしょうか?」
「そうそう。この縁に青いラインが入ってるのが10Rb皿」
「10Rb皿?」
「うん。で、こっちの赤ラインが20Rb皿。こっちの黄色地に白いラインのちょっとゴージャスなお皿が50Rb皿。そして、この緑地に赤と白で鮮やかに彩られているお皿が、とっても豪華な100Rb皿なんだ!」
「えっと……お皿の使用料、ですか?」
「そうじゃなくてね。このお皿には、10Rb分のお肉が載っているんだよ」
「あっ! なるほど、分かりました! お肉をグラム売りするのではなく、『10Rb分』売るという発想ですね!」
「そのとーりだよ、ジネットちゃん!」
素晴らしい新発想に抱き合って喜びを分かち合うジネットとエステラ。
要するに、回転寿司システムだ。
端数に困っているなら、そもそも端数という概念を払拭してやればいい。
誰だって、回転寿司に載ってる寿司ネタのグラム数の端数なんか気にしないだろ?
こだわるヤツは少しでも大きい物をって目を皿のようにして比べるのかもしれんが、俺なんかは基本的に注文してばっかだったから、個体差なんか気にしたこともない。
もし、「五切れのうち一切れ、あっちの客の肉より小さいじゃねぇか!」なんてイチャモンをつけてくるヤツがいたら、出禁にするか、モーガンに言って「そんな細けぇことでウチの肉の美味さは変わらねぇ!」とか脅してやればいい。折角の強面なんだ、用心棒の役割を兼任させるくらい構わないだろう。
取っ捕まえてモーガンにでも突き出す。イチャモン、ゲットだぜ!
「10Rb皿が5枚で50Rb。20Rb皿と50Rb皿が1枚ずつで70Rb……すごく計算しやすいです!」
「足し算が出来ればな」
掛け算も覚えた方が早いんだが、そこはまぁ、追々だ。
なんにせよ、参照するデータの数が減れば、計算表は作りやすい。
今のところは、10Rb、20Rb、50Rb、100Rbの四種類。これが何枚でいくらになるって表を作っておけば、最終的に各皿の小計を足せば合計が導き出せる。
「基本的な量は20Rb皿で提供して、少量でいい場合は10Rb皿、ちょっといい肉は50Rb皿、全種類食いみたいに豪勢にぱーっといきたい場合は100Rb皿ってな具合に、ニーズに応えられるようになっている。一応な」
量の調整は、回転寿司と同じで客が好きな枚数頼めばいいのだ。
あとは、実際にやってみて、必要だと思う価格帯を増やせばいい。
「これのすごいところはね、ロースも、ハラミも、マルチョウも、み~んな同じ値段で提供できるところなんだよ!」
ロースはグラムいくら、マルチョウはグラムいくら、なんて、客側がいちいち考える必要がなくなった。
どこの肉だろうがモツだろうが、なんならサラダやデザートだろうが、10Rb皿に載っていれば10Rbなのだ。
「皿に載る量は変わるが、それはアンチョコでも作っておけばいい。少なくとも、1グラム単位で料金表を作るよりは楽になるはずだ」
ロースなら5切れ、マルチョウなら8切れ、そんな感じで覚えていけばいい。
で、全体の重さの範囲を『80グラム±3グラム』のように決めておけば、そうそう偏った量にはならないはずだ。
ちなみに、日本にある焼肉屋の『一人前』は約80~100グラムであることが多い。
成人男性の場合、一度の食事で食う肉の量は平均で300グラムくらいなので、一回の食事で三種類。二~三人程度で食いに行ってシェアすれば六~九種類くらい食べる計算になる。
それだけ食えば満足感も得られるというものだ。
トムソン厨房では、20Rb皿を『一人前』と定義して、10Rb皿をその半分の量にしてある。
100Rb皿はちょっとお高い肉を含む三~四人前程度の量だ。
ちなみに50Rb皿は高級志向という位置付けで、「おい、見ろよあいつ。50Rb皿ばっか食ってやがるぜ……」「セレブめ……」「……いつか俺も」みたいな効果を狙っている。
「おまけに。この皿で肉を提供するとだな、ピーク時にあらかじめ肉を用意しておける」
「なるほど! お客さんが何グラム食べるか分からなくても、一皿分の量は決まっているので作り置きが出来るんですね!」
「確実に捌ける量であればな」
冷蔵庫がないから長時間放置は出来ないんだが、それでも、ピーク時は随分と楽になるだろう。
「何よりさ、レーラさんがお肉をカットしておけば、オックス君でも盛り付けが出来るからね」
「お手伝いの範囲が広がりますね」
「あーしも、おてちゅらい、すゆー!」
なぜかテレサはトムソン厨房の手伝いに意欲を燃やしている。
トウモロコシ畑ではまだほとんど手伝わせてもらえないようで、自分の力が発揮できる場所を求めているらしい。
畑仕事より、経理や計算が得意なちびっ子だからな、こいつは。
それより、四十二区に来たせいでワーカーホリックの傾向が出てきたんじゃないかって気がして怖いんだが……どうか気のせいでありますように。
「とにかく、この皿でトムソン厨房の悩みは解決するはずだ」
「さすがです、ヤシロさん!」
「いや、俺じゃなくてテレサがな……」
「はい。ヤシロさんを動かしたテレサさんのお手柄ですね!」
いや、まぁ…………そう、なのかもしんないけどさ。
別に俺をわざわざそこに絡める必要なくね?
な~んでそんなに嬉しそうなの顔してんだよ。ジネットの思考回路は理解できねぇよ、まったく。
「じゃ、エステラ。あとよろしく」
「君が一緒に行かなきゃ、誰が説明するのさ?」
「お前が出来るだろうが」
「残念だなぁ、ボク、ちゃんと理解している自信が……」
嘘吐け!
ついさっき、俺より前に出てジネットに説明してたじゃねぇか。そのノリでトムソン厨房の連中に教えてやりゃあいいだろうが。
「えーゆーしゃ、いっしょ、いこ? ちっと、みんな、よろこぶぉ!」
「……そーだな。よろこぶだろーな」
そんな無邪気な顔で見んな。
テレサには言ってなかったっけなぁ。
俺は、一銭にもならない人助けと、馴れ馴れしいガキが大嫌いだって。
……ま、もう少し大きくなりゃ、お前も肌で感じるだろうよ。俺の、危険な大人のオーラにな。
それまでは、まぁ。
「せいぜい健やかに育つんだな……ふははは」
「ねぇヤシロ。悪人顔でお人好し発言するの、ブームなの? ほら、さっさと行くよ」
「あ、わたしもご一緒したいです! 少し待ってくださいますか?」
「うん。待つ待つ。ヤシロが自分自身への言い訳モードに入ったから、ゆっくりでいいよ」
「くす。では、のんびり準備してきますね」
何がそんなに嬉しいのか楽し気な女子二人に背を向け、俺は今後の四十二区におけるガキどもの教育方針について少々黙考してみた。
まずは、危機管理能力を向上させる講習を開くべきだな。『危険なものには近付かない』っていう防犯の基礎中の基礎を叩き込んでやる必要がある。
どいつもこいつも、アホ丸出しな顔で俺に寄ってきやがって……危機感ってもんがなぁ…………まったく、こまったもんだよなぁ、…………まったく。
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