「まったく。ボクたちが食事をしている間に、騒ぎを起こさないでくれるかい?」
「節操という言葉を知らぬのか、貴様は」
呆れ顔で二人の領主が俺の前に立つ。
二人とも、ほっぺたにご飯粒を付けて。
……がっついてんじゃねぇよ、領主。
「ほっぺたにご飯粒が付いてるぞ」
「本当のことか、それは、友達のヤシロ?」
背後からギルベルタの声がして「お前じゃなくて主の方だ」と言ってやろうとしたのだが……ギルベルタのほっぺたにも付いていた。
……お前らな。
「ギルベルタ、こい」
「従う、私は、友達のヤシロの言葉に」
疑いもなく近付いてきたギルベルタのほっぺたに付いていたご飯粒を摘まみ取って、もったいないので食べる。
「はぅっ!? ちゅー、間接、おぶ、ほっぺた」
「落ち着け。文法とかいろいろメチャクチャになってるから」
別に、俺の唾液が付いたご飯粒をギルベルタのほっぺたにつけたんじゃないんだから、ギルベルタが照れることは何もない。
俺はただ、食い物を米の一粒まで無駄にしたくないだけだ。
で、これは食い意地の張っている領主二人への警告でもある。
「お前らも付いてるぞ?」
俺が指摘すると、エステラとルシアは慌てて自身のほっぺたを手で拭った。
俺に食われては堪らないと、自分でご飯粒を除去する。
最初からそうしとけよ。曲がりなりにも領主なんだから。
世話が焼けるな――と、ナタリアに同意を求めようと視線を向けると、つるっとした綺麗なほっぺたに、わざわざご飯粒をくっつけて、こちらへと差し出してきた。
「あ~ん」
「わぁ、斬新。食い物で遊ぶな、こら」
本気で「あ~ん」したら照れるくせに。
俺が照れて絶対やらないって確信してるってのか? 甘いな! 俺はやる時はやる男なのだ! そういうことばっかしてると、いつか本気でやってやるからな?
まぁ、今回は見送るけども!
ほら、子供もいるし。教育上よくないし!
とにかく、飯を食ったならお前らは仕事に従事しろ。
ほら、カウンターに並んでおにぎりを握れ握れ。
「ナタリアとギルベルタは、おそらく大丈夫だろうけど……問題はエステラとルシアだな」
エステラは器用なのだが、こと料理に関しては素人以下の腕前だ。
ルシアはきっとそれ以下だろう。自炊なんて言葉すら知らないかもしれない。
……とか思っていたのに!
「どんなものだ、カタクチイワシよ?」
「うまい……そして、美味いっ!」
ルシアのおにぎりは普通にキレイで、味も申し分なかった。
なんか悔しい!
「花嫁修業をしているからな……ハム摩呂たんのために!」
「動機は不純の境地なのに!」
それでも技術は上がっているということか……ハム摩呂、本気で逃げろ。この女はマジだ!
「食べてみてほしい、友達のヤシロ」
ギルベルタの握ったおにぎりは普通に美味しかった。
「おにぎりはこれが初めてか?」
「初めて、作ったのは。不安、ちゃんと出来ているか」
「ちゃんと出来てたよ。美味かったぞ」
「えへへ……」
「安心した、私は」とか「よかった思う」とか言わずに、ただ嬉しそうに笑うだけ。そんなギルベルタを見ていると、なんだかすごくほっこりした。
そしてもう一人の給仕長。ナタリアは料理も出来る完璧超人だ。
おにぎりなんてお手の物で、すごくきれいなおにぎりを作っていた。
その出来立てのおにぎりを、つるつるのほっぺたに押しつけて――
「ヤシロ様、あ~ん」
「それさっき見た!」
米粒からおにぎりにグレードアップしてるけどね!
……うん、神様って意地でも二物を作りたくなかったんだろうな。
完璧超人は、完璧ではなかったようだ。
と、給仕長が遊んでいる間ももくもくとご飯を握っていたエステラは――
「あぁ~、ダメだ。みんなと比べると、ちょっと歪だなぁ」
自作のおにぎりの出来に眉をゆがめていた。
レジーナよりはマシだが、ナタリアやギルベルタと比べられると厳しい。
前に一度陽だまり亭で練習したんだが……あれ以降作ってないんだろうな。一応マシにはなっているようだけど。
「エステラも握り過ぎだな。……もぐ…………食えなくはないけどな」
「食べられるなら、それでいいよね」
「寛容な旦那を見つけるんならな」
「我が家の食事は、基本的にシェフか陽だまり亭任せだから」
もうこれ以上の努力をしようという気はないようだ。
料理のスキルを上げるヒマがあるならナイフの腕を上げたいとか言いそうだもんな、こいつは。
「三回程度でいいんだよ、握るのは」
「三回で綺麗な形になるわけないじゃないか」
「出来るっつの」
ジネットやノーマがやってんだろうが。
「ヤシロは出来るの?」
「当たり前だろうが」
エステラに懐疑的な目を向けられては証明しないわけにはいかない。
よぉ~く見ておけ。俺のおにぎりテクを。
手を洗って、ご飯をよそって、具材を包み込んでいく。
一回、二回、三回で、綺麗な三角おにぎりが出来上がる。
「どんなもんよ?」
自信作をエステラに手渡す。
エステラはそれを受け取って、かぶりつき、もぐもぐと咀嚼して、目を細めて「ん~!」と幸せそうな声を漏らす。
「やっぱりボクは作ってもらう方がいいな。こんな美味しいものなら毎日でも食べたいよ」
エステラがそう言った瞬間、会場中の音が止んだ。
「……ほぅ、ヤシロ様の手料理を、毎日?」
「なっ!?」
ナタリアの言葉に、エステラが「ばばっ」と辺りを見渡し、全員の視線が自分に向いていることを悟って顔を赤く染める。
「ち、違うよ! 『陽だまり亭』の料理をだよ! ヤ、ヤシロは陽だまり亭の従業員!」
俺を指差して猛抗議する。
だから、エステラ……そういう反応が面白がられてるんだっつの。
ほんと、領主と領民の仲がいい街だこと。……俺を巻き込むな。
「うぅ~……みんなの目がムカつく……っ」
なるべく周りを見ないように俯いて、俺のおにぎりを口いっぱいに頬張るエステラ。
お前のそのクセ、直らねぇな。照れると目一杯頬張るの。
「……決めた。ボク、ジネットちゃんをお嫁さんにもらう」
「エステラ、お前……そうまでして巨乳遺伝子を一族に取り入れたいのか?」
「違うよっ! もらえるものなら欲しいけども!」
「……エステラ様のご息女からみんな巨乳(ぼそっ)」
「やっぱりいらない、その遺伝子!」
ナタリアの呟きで百八十度意見をひっくり返したエステラ。
クレアモナ家の呪いは、まだ当分継承されていきそうだな、これは。
仄暗い領主一族の未来に同情しながら、俺はそっと調理場を離れる。
陽だまり亭メンバーの激励だ。売上も気になるしなぁ~。頑張るマグダとロレッタを褒めに行ってやらなければな、うん。
……とにかく、エステラという名の自爆娘からは距離を取ろう。
俺は可及的速やかに、生温い空気が漂う調理場を離脱したのだった。
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