「うんうん。大人気でよかったぁ、カニ☆」
ノーマに押してもらい、マーシャが俺のテーブルのそばへとやって来る。
ヤップロック一家が気を利かせて座席を移動していく。向こうで落ち着いて一家団欒で食べるのだろう。あ、バルバラも合流した。
「四十二区って、海産物があまり入ってこないから、受け入れられなかったらちょっとやだなって思ってたんだけど……、安心したなぁ☆」
「あたしは、あのカニみそっていうのはちょっと受け入れられないなぁ」
ノーマたちにくっついてきたパウラがちょこっと俺の前の席に座る。
「アタシは好きだけどねぇ。あの磯の香りと、複雑なうま味がクセになるんさよ」
珍しく酒が進んでいるノーマが上機嫌に言う。
「うわぁ、もうすっかり始まっちゃってるね」
「出遅れましたね」
店内の盛況ぶりを見て、遅れてやって来たエステラとナタリアが肩をすくめる。
ずんずんと店内を突っ切り、まっすぐに俺たちのいるテーブルへと向かってくる。
「テーブルくっつけて広くしていい?」
「そっちで食えよ」
「話があるんだよ」
「しょーがねぇな。ロレッタ~!」
「は~いです!」
厨房から出てきたロレッタがナタリアと一緒に二つのテーブルをくっつけて八人掛けの席を作ってくれる。
「オバケコンペとお菓子の実演を同時に出来ないかと思っているんだけれど、どうかな?」
席に座るや否や、エステラが俺に問いかけてくる。
ナタリアたちと結構話を詰めてきたようで、あとはこちらの要望を聞いて実行に移すだけになっているようだ。
「なるべく人を集めたいからな。二日に分けるよりかは一緒にやった方がいいだろうな、たぶん。時間的にはかなりタイトになりそうだけど」
「レシピは掲示板に張り出したらどうかって、アッスントが」
「そうだなぁ……飲食店に教えるのと一般公開で微妙に変えて、一般公開の方は簡単にしておけば指導に行く必要はないかもな」
さすがに、飲食店で提供されるドーナツに関しては適当というわけにはいかない。
同じ名前の商品を扱う以上、一定以上のクオリティは保ってもらいたい。
ウチのドーナツだけが美味くても、街全体でドーナツの平均値が下がったらドーナツ自体がしょーもない物だと認識されかねない。
「あとは、コンペの時に作り方を見せてあげれば、なんとなく分かりやすくなるんじゃないかって」
「ん~……どう思う、ジネット?」
「そうですね」
エステラとナタリアに飲み物を持ってきたジネットに意見を仰ぐ。
「一度実際の工程を見ておけば、レシピだけで料理する時もイメージしやすくなると思います」
「うん。あたしも、一回見せてもらった方が理解できると思うな」
ジネットに次いで、カンタルチカの料理人補佐、パウラも同じ意見を述べる。
「じゃあ、とりあえずそんな感じで、どうしても分からない時は質問を受け付けてもいいか」
「そうですね。お料理のアドバイスくらいは普通のことですからね」
店のレシピに関しては、絶対アドバイスしないけどな。
ドーナツは構わないだろう。
「開催は早い方がいいんだが……明日じゃさすがに急過ぎるか」
「いえ、おそらく明日で問題ないと思います」
エステラに代わって、ナタリアが静かな口調で報告する。
「本日の午後、給仕たちを使って街中に宣伝しておきましたので、明日でも十分に人は集まると思います」
「決定前にお触れを出したのかよ……」
「どうせ決定するであろうと思っていましたし」
「おい、エステラ。お前んとこの給仕長、領主の決定を『どうせ』とか言ってるぞ?」
「はは……。先が読めている頼りになる給仕長だろう?」
素直には褒めていないであろう引き攣った苦笑で、でもエステラはその配慮を快く思っているようだった。
「明日来られない人には、ご近所さんたちから伝聞してもらうしかないけど、おそらく結構な数の領民が参加してくれると思うよ。給仕たちが調べた結果、興味を持ってくれてる領民が多かったからね」
街頭調査を行ってくれた給仕たちは、俺が話したモンスターの話を簡単にまとめたものを各所で配布してくれたようで、「このようなお話を知っている人はコンペに参加してください」と触れ回っていたそうだ。
「優秀者には、豪華賞品をプレゼント、ってね」
「その商品はどこから出てくるんだよ?」
「君が考案したお菓子でいいんじゃないかな。材料費は行商ギルド持ちで構わないって、アッスントも了承してくれたし」
「俺は意思確認すらされていないんだが?」
「どうせ同じ日に作って見せるんだから、それを商品にすればいいじゃないか。食べ物を無駄にしないっていうのが、君のモットーだろう?」
確かに、食い物を無駄にする気はないが。
「あたしも手伝ってあげようか? カンタルチカに一番に教えてくれるって約束してくれるなら」
「そうだなぁ……」
別に一番に教えても構わない。どうせ数日の誤差だ。
ただ、まとめて教える方が面倒くさくなくていい。
「じゃあ、今教わっていくか?」
「ホントに!? ……あ、でも今作っても誰も食べないよね?」
「カニで腹いっぱいだしな」
「ん~……じゃあ、明日の朝教わりに来ようかなぁ」
パウラが腕を組んで真剣に悩んでいる。
なんなら、会場で教えて一緒に作るのでもいいけどな。
「はい、エステラさん。ナタリアさん」
話をしていると、目の前にカニ料理が次々並べられていく。
「お話中でしたので、オススメをお持ちしました。勝手にすみません」
「ううん、いいよ。今日はこれを食べさせてもらうつもりだったし」
「これがカニですか。興味深いです」
「お酒を嗜まれるなら、ハビエルさんと同じものをお持ちしますよ」
「いえ。今日はこの後も執務がありますので」
ジネットの申し出をスパッと断るナタリア。
コンペが明日になるなら、この後にいろいろやるべきことがあるのだろう。
「うわぁ……このコロッケ美味しい……っ」
「私は、この炊き込みご飯が好みです」
二人の反応を見て、ジネットが満足げににこりと笑う。
「ヤシロさんには、こちらです」
そう言って差し出されたのは、本日初登場のカニシュウマイだった。
「おぉ、美味そう。美味ぁ!」
ひょいっと摘まんでパクッと喰らうと、一瞬でうま味が口中に広がる。
あふれ出す肉汁とカニの出汁が複雑に絡み合い、味蕾をこれでもかと蹂躙し尽くす。これはまいった。完全降伏だ。幸福だ。
「どれどれ……うわぁ、美味しいっ!」
「確かに、これは美味しいですね」
「あ~、私も☆」
「あたしにも頂戴!」
「くぅ~! お酒が欲しくなるさね! アタシ、もうちょっと飲んでくるさね」
方々から腕が伸びてきて、俺のカニシュウマイを略奪していく。
あっという間に皿が空になった。
そしてノーマはスナックひだまりへ帰っていった。
「もう、ハロウィンのお菓子これでいいんじゃないかなぁ?」
もぐもぐとカニシュウマイを咀嚼してエステラが幸せそうに呟く。
アホ。
カニシュウマイを袋いっぱいに持ち歩くオバケなんか認められるか。そんなもんハロウィンじゃねぇ。
「…………いい香りですねぇ」
ノーマが立ち去った方へ視線を向け、スナックひだまりをじっと見つめるナタリア。
向こうからは香ばしいカニみその香りが漂ってきている。
「後日いただけるといいのですが」
「カニはなかなか手に入らないからな。まぁ、その内手に入ったらその時にな」
「そうですね。……では、指切りしましょう」
「ホントはすっげぇお酒飲みたいんだな、ナタリア」
向こうで楽しそうに酒盛りしているから羨ましくなったのだろう。
そんなナタリアを見て、マーシャが嬉しそうにくすくすと笑う。両手で口を押さえて、肩を揺らす。
そして、大きな瞳を煌めかせて「じゅーだいはっぴょー☆」と右腕をピーンと上げる。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!