異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

302話 カンパニュラの願い -1-

公開日時: 2021年10月3日(日) 20:01
文字数:3,431

 マッサージ室へそろりと顔を覗かせた少女、カンパニュラ。

 ルピナスに似て顔立ちは整っているが、まだ若干幼く、頬もふっくらと丸みを帯びている。

 あの小さな鼻も、年齢とともに大人っぽくなっていくのだろう。

 

 瞳は大きくまつげが長いのだが、どこか朧気でぽや~っとしている。

 マグダほどではないにせよ、感情の起伏があまり表れないタイプに見える。

 なんだが、水まんじゅうを思い出す瞳だ。

 黒いあんの周りを半透明な葛が包み込んでいるような、瞳の周りに何か一枚薄い膜があるような、そんな印象だ。

 

 寝ぼけ眼に見える。

 

「眠いのか?」

「むぅ……よく言われますが、これでもお目々ぱっちりです」

 

 そんなセリフも、抑揚は控えめで、声も細く儚げだ。

 泣きそうではないのだろうが、少し不安になる。

 

「入ってらっしゃい、カンパニュラ」

「よろしいのですか、母様?」

「えぇ。……構わないわよね?」

「もちろん」

 

 もう、危険な会話はしないだろうし、遅い母親を心配して覗きに来た娘を追い返す理由はない。

 

「随分遅いので心配しました」

「あら。そんなに遅かったかしら?」

「父様は、物の十秒で転がるように逃げ出してこられましたから」

 

 向こうと比べると、そりゃあ遅いだろうな。

 でもな、それは向こうが異常なんだぞ。

 

「もしかしたら、母様が痛みのあまり気を失われたのかと……心配しました」

「まぁ、この娘ったら……」

 

 ぎゅっとカンパニュラを抱きしめ、髪に鼻をうずめてすりすりくんかくんかするルピナス。

 ……いや、指摘はしないでおくが、その表情は若干ルシアに通じるものがあるから自重した方がいいと思うぞ。

 

「とても気持ちがよくて、たっぷりマッサージしてもらったのよ。何も心配はいらないわ」

「そうなのですか」

 

 ほっと息を漏らし、カンパニュラがこちらへ体を向ける。

 

「施術士様、あらぬ疑いをかけてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 頭いいな、この娘。

 利発そうですね、なんて誉め言葉がお世辞じゃなくなるほどに利発な子供だ。

 

「いや、気にするな。悪かったな、お母さんを独占しちまって。寂しかったか?」

「そんな……私は、もう九つですから。寂しいなどと……」

「そんなこと言わないでぇ、母さん寂しい~!」

「よしよし。困った母様ですね」

 

 抱擁しながら涙目のルピナスの頭を「よしよし」と撫でてやるカンパニュラ。

 ……子が利発に育ったのは、親が子供以上にガキだったからじゃないだろうな、おい。

 

「そうだわ。カンパニュラもやってもらいなさい、足つぼ。とっても気持ちいいわよ」

「ですが、外にはたくさんの方がお待ちでした。順番抜かしはいけないことです」

 

 融通が利かない娘だなぁ。

 こんな小さいうちは、多少わがままなくらいでちょうどいいのに。

 ……あくまで『多少』な? 行き過ぎたらギャン泣きさせるからな?

 

「ちょっと待ってろ」

 

 カンパニュラの頭をぽんっと叩いて、その横を通って個室のドアを開ける。

 建付けのいい木製のドアを開けると、こちらを見つめる大勢の人。

 ……この中にウィシャートの子飼いがいるのだろうな。ま、好きにしろよ。

 

「ちっちゃい子がママを恋しがって突入してきたんだが、順番抜かしOK?」

 

 俺がそう呼びかけると、その場にいた者たちはどっと笑って、「どうぞどうぞ」と快く順番を譲ってくれた。

「すぐ終わるから、順番を決めて並んでてくれ」と伝え、小屋の中へと戻る。

 

「……私はもう小さくありません」

 

 室内へ戻ると、カンパニュラが膨れていた。

 丸みを帯びた頬をぷっくりと膨らませて、水まんじゅうみたいなつぶらな瞳で俺を睨んでいる。

 

 なにこれ、可愛い。

 

「連れて帰りたい」

「気持ちは分かるけれど、ダメよ。絶対あげないわ」

 

 そうか、ダメか、

 ミリィと並べて枕元に飾っておきたかった。

 

「施術士様」

 

 カンパニュラが俺の前に来て、俯き加減に俺を呼ぶ。

 

「お気持ちはありがたいのですが、プロポーズをお受けするには、私はまだいささか年若い身。もう六年ほどお待ちいただけますか?」

「ん、プロポーズじゃないから大丈夫だ」

「ですが、連れて帰りたいと」

「それは恋愛的な意味じゃなくて、イケナイオジサン的な意味合いでだよ」

「そうなのですか。では、安心ですね」

「安心ではないわ、カンパニュラ。とりあえず、その男から二歩離れなさい」

 

 なんとも素直なカンパニュラ。

 言われた通りに二歩、俺から遠ざかる。

 だが、こちらを警戒するような素振りは見えない。言葉の意味が分かってるのかねぇ?

 

「施術士様、幼女趣味もほどほどにしませんと、人生を棒に振ってしまわれますよ?」

 

 うん、ちゃんと意味を分かってるっぽい。

 ……幼女趣味なんか持ち合わせちゃいねぇけどな。

 

「それでは、せじゅちゅち……せじゅちゅ……施術士様、お手数ですが足つぼというものを――」

「ヤシロでいいぞ」

 

 言いにくいよな『施術士様』って。

 毎回しゃべり始めに「絶対噛まないぞ!」って意気込みが見えていたが、何度も続くと疲れちまうよな。

 もう、名前で呼んでくれていいから。

 

「では、私のことはカンパニュラとお呼びください」

「ん、許可がなくてもそう呼ぶつもりだったぞ」

「そうなのですか? では、私も無許可でヤシロ様とお呼びいたしますね」

「様はいらねぇよ」

「ですが、年上の男性を呼び捨てにするというのは、どうにも……」

「じゃあ、さんでもくんでもいいから、様はやめてくれ」

「さんでもくんでも…………では、ヤーさんと、お呼びしても?」

「それは全力でやめてくれ!」

 

 きょとんとするカンパニュラ、だが……それはいろいろと問題がな。外聞とかあるし。

 

「では、ヤーくん――と、お呼びしても?」

「どーぞ、お好きに」

 

 許可すると、カンパニュラの表情がぱっと明るくなった。

 また新しい呼び名が増えたな。

 まぁ、好きに呼べばいいさ。

 

「……えへへ。ヤーくん。……えへへ」

 

 何が嬉しいのか、口の中で反芻してにやにやするカンパニュラ。

 笑うと水まんじゅうみたいな瞳が細くなって、黒目の大きさが引き立つ。キラキラ光を反射して、子供らしい素直な笑顔に見えた。

 

「この子、男友達が少ないのよ。だからきっと、嬉しいのね。お友達が出来て」

「へぇ~、男友達少ないんだ」

 

 こんなに可愛けりゃ、ほっといても寄ってきそうなもんだが。

 

「そんなに体が丈夫じゃないのよ。川漁の子供たちはほら、体力の塊みたいな子たちばかりだから、遊びについていけなくてね」

「両親が怖いから近付けねぇんじゃないのか?」

「あはは、や~ねぇ~。友達よ、友達。あくまで『お・と・も・だ・ち』――に、そんな怖い顔なんかしないわよ」

「……いや、今ので十分怖ぇよ」

 

 頑張れ、周りのメンズ。

 死ぬ気で頑張れ。

 

「ヤーくんは、私のお友達、ですか?」

「あぁ、俺でよければな」

「よいです。嬉しいです。えへへ……」

「よかったわねぇ、カンパニュラ。『お・と・も・だ・ち』が出来て」

 

 だから怖ぇって、ママン!

 

「それじゃあ、お友達優待で、たっぷりサービスさせてもらおうかな」

「よろしいのですか? そんな、今日お友達になったばかりですのに」

「初日にサービスして、心証をよくしておくのは商売の基本だからな」

「そうなのですか。お商売……少し、興味があります」

 

 雲を食べる商売、まだ諦めてないのだろうか……

 

「それでは、お願いします。……母様、おそばにいてくださいますか?」

「もちろんよ。未成年のうちから密室で異性と二人きりになるなんて論外ですもの。危険だわ」

 

 今一番危険なのはYOUだぜ、ママン。

 

「それでは、よろしくお願いいたします」

 

 ぺこりと頭を下げて、カンパニュラが椅子に腰かける。

 まずは足湯だな――と、ぬるめのお湯にゼラニウムのオイルを垂らしてカンパニュラの前に差し出す。

 

「こちらは?」

「足湯だ。その中に足を入れてみろ、気持ちいいぞ」

「そうなのですね。初めて知りました。では、失礼します」

 

 折り目正しくお辞儀をして、カンパニュラがブーツを脱ぐ。

 折れそうなほど細く、透き通るほどに白い。

 あんまり外で遊ぶタイプではないんだな。

 

 そんなことを考えながら、カンパニュラを見ていると――

 

「いたぃっ!?」

 

 素足をお湯に浸けた瞬間、カンパニュラが悲鳴を上げ、足を持ち上げた。

 

「どうした? 何か変だったか?」

「いえ、あの……ちくちくっと、しました……」

 

 湯の中に手を入れてみるが、異物は入っていない。湯も普通だ。

 一体何が……と、カンパニュラの足が目に入る。

 白い。雪のように白い。

 

 そっとそのつま先に触れてみると――

 

「冷たっ!?」

 

 湯に触れた直後だというのに、カンパニュラのつま先は氷のように冷たかった。

 

 

 

 

 

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