5times of Life

とある天才廃人ゲーマーの超鬼畜なライフ制異世界生活
井浦光斗
井浦光斗

第20話 VSスライム

公開日時: 2020年9月11日(金) 23:01
更新日時: 2020年9月27日(日) 16:41
文字数:3,273

 どこまでも続く雪の絨毯と、魔法の力で動く針葉樹のイルミネーション。

 俺はそんな聖夜の世界を堪能しつつも、魔物をバッサバッサと倒しながら突き進んでいくクリフトの背中を追っていた。


 緑色の皮膚をした小さな鬼ことゴブリン、そして二足歩行の小さな狼ことコボルト。ゲームでは有名な魔物が次々とクリフトの前に顔を出しては鋭い矢で撃ち抜かれ、動かぬ死体へと変わっていく。

 魔物討伐のお手本を見ておけと言われたが……参考になるとはとても思えないくらい鮮やかだった。


「ダンジョンの魔物は、高純度の魔石や魔核を持っていてな。コイツを売るといい金になるんだ。それにミラのポーション作成にも役立つ」


 そう言ってクリフトは血だらけのゴブリンの死体から顔色ひとつ変えずにゴソゴソと魔石を取り出した。

 すると死体のほとんどは紫色の煙となって消えていき、ゴブリンの着ていた布や体皮の粕だけがその場に残る。どうやら魔物の身体を具現化させているのは魔石そのもののようだ……。


 軽い解体を済ませたクリフトはその場にカカシのような物を立て、ダンジョンの入口への方角を示す簡易的な目印を作った。

 さすがは狩人、その辺りも抜かりはないのか。


「パパはいつも魔物を狩っているの?」

「いや……狩るのは討伐を頼まれたり、ダンジョンに入った時くらいのもんだ。パパの専門は魔物じゃなくて動物だからな」

「へぇ……、でも魔物と動物って同じじゃないの?」

「全然違うぞ? 魔物はマナから生まれるけど、動物は繁殖して増える。たしかにマナをため込みすぎて凶暴化する動物もいるが……身体の仕組みは魔物とは違うんだぞ」

「ふぅん、初めて知った」


 てっきりクリフトは魔物を狩ってその肉を食卓に運んできてくれていると思っていたのだが、勘違いだったのか。

 けれど魔石を取られた魔物の死体が消えていく瞬間を見届けた今なら納得できる。魔物であれば、肉はほとんど残らないのだから。


「魔物の死体や肉は滅多に手に入らない、だから市場では高価で取引されているんだ。これが冒険者の大切な収入源だな」


 ゲームでいう魔物素材やドロップアイテムという奴だな。

 魔物を倒して素材やアイテムを手に入れ、それを武器や防具に加工することで冒険者はより強力な装備を手に入れられる。このサイクルは異世界でも成り立っているらしい。


「パパはなんで冒険者をやめちゃったの……? パパなら強い魔物でも倒せそうなのに」

「うーん、そうだなぁ。俺が冒険者をやめて狩人になったのは……ママと出会ったからだな」


 なるほど、今の一言で大体理由の全容が見えたぞ。

 全容が見えたのであればもう十分だ、それ以上ののろけ話を聞かされたところで全身が痛くなるだけだ……!


「えっと……でも冒険者の資格はまだ持ってるんだよね!?」

「んぁ? ああ、そうだな。狩人として働くなら最低でも銅級冒険者になる必要があるんだぞ」


 よし、とりあえず話を逸らすことには成功したか。この際だから冒険者の仕組みについてもう少しばかり聞き出しても良いかもしれないな。

 そう思い、次々と浮かび上がってくる疑問を整理しようと思った刹那――俺の視界の端でなにか青い物が動いたような気がした。


「あっ」


 視線を向けた先、そこには雪の絨毯を跳ねながら移動する一匹の魔物の姿があった。

 青く丸っこいゼリー状の身体、貼り付けられたようなつぶらな瞳、嫌というほど見知ったその姿から考えられる魔物の名前はただひとつのみ……。


「スライムだッ!」

「お、おい、ゼッタ!?」


 この時を、この瞬間を、ずっとずっと待っていたぞ!

 俺は雪の上に無造作に落ちている木の枝を拾い上げると、深い雪に足を取られそうになりつつも出せる限りの全力で駆けていき、スライムの前に対峙した。

 一面雪に覆われており、環境はこの上なく最悪な状況。けれど、俺にとってはここは最初の戦いにもってこいの舞台だった。


 さて、銃は持ってないし、木の枝一本で飛び出して来てしまったがどう戦おうか。

 過去のVRMMOでの戦闘から似ている状況を探り出し、十数通りにも及ぶ戦闘パターンを導いた。


 突然、目の前に現れた人間に驚いたスライムは目をパチクリとさせる。だが俺を敵と認識した瞬間、その愛らしい姿からは考えられない速さで肉薄してきたのだ。

 俺の身長の半分はゆうに越えている青い弾丸、その射線から俺は右足を軸として身体をひるがし、スライムの突進を躱した。

 奴が通り過ぎる直前、仄かに酸の刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。なるほど……ああ見えてあの魔物は酸の塊というわけか。


 靴の中にわずかに雪が入り込んで来た、だがそんなことは気に留めない。

 わずかに吐息を漏らすと、俺は雪をギュッと踏みつけて木の枝を真横へと薙いだ。スライムの体躯は枝の一閃により大きく抉れ、体液を撒き散らしながら雪の上を転がる。


 軽いなんてことは全く無かった、わずかな反動が一拍遅れて俺の腕に伝わってくる。

 VRMMOとは最も違う要素、それは敵に質量があること、そして被弾は痛みを伴うことだ。


 ゲームの世界では、ある程度の物理法則に従ってグラフィックは動くかもしれないが、俺自身が攻撃する際になにかに触れることは絶対にない。現実には存在しないポリゴンを斬り捨てているにすぎないのだ。

 だから俺にとって攻撃に反動が伴うことはとても新鮮だった。互いに命をかけて戦っているという感覚がひしひしと伝わってくる。


 これだ、俺が求めていたのは。

 この緊張感、この高揚感、全力で駆け引きに身を投じられる素晴らしき瞬間。

 勝利は生還、敗北は死亡――これこそが俺を満たすのに相応しき戦いなのだ。


「こい……っ、僕がお前を倒してやる!」


 足場の悪い雪の上で体勢を立て直した俺は再び木の枝を構え直した。

 

 俺の攻撃で雪の中に半分埋まってしまったスライムは、ようやく顔を出すとこちらを可愛らしい目で鋭く睨みつけた。

 生き永らえるために殺気立ち、その体躯をぷくーっと膨らませると高く跳躍した。そして俺の視界から巨大な星を隠すと、身体を膨らませたまま頭上目掛けて落下してくる。


 ……チャンスだな。


 奴がその攻撃フェーズへと移った瞬間、俺は密かにほくそ笑んだ。

 自ら動きの制限される虚空へと身を投げ出すとは……哀れなやつだな。


 相手が落下し始める直前に俺はわずかに後ろへ飛んで、スライムと間合いを取る。そして奴の姿を仰角約45度前後となるように調整し、枝を下段に構えた。

 予想通り、スライムは俺の頭上へと落下してきた。しかも落下軌道は垂直ではなく、俺の目論見通りの角度になっていた。


 ――斬り上げ


 奴の体躯が俺に衝突する直前、俺は衝撃を受け流せるよう少し左へ回り込むと、スライムを横から枝で殴り上げた。

 そして真横への推進力が発生したことを利用し、流れるように枝による打撃を叩き込む。


 ……入ったな。


 そう確信した俺は奴の身体が地面に落ちないよう、角度と勢いを調整しつつも何度も斬り上げては、突き飛ばした。

 ただひたすら、ある程度決まった角度から枝を振り、俺だけが攻撃できるような状態にさせる。


 格ゲーを初めとしたアクションゲームで良くある上級テクニック、いわゆるコンボという奴だ。

 自分に攻撃を与えさせない方法の一つとして挙げられるのがこれ。避けるのではなく、そもそも相手に攻撃させる隙を作らなければいいという発想だ。


 大体9撃目くらいだろうか、枝の打撃で空中に打ち上げられていたスライムはぶるぶると震えると丸っこい姿からぐにょりと形を変えた。

 すると予想もしない軌道を描いて雪の上に落下、そのまま青い水たまりを作るように地面に広がっていき、動かなくなってしまったのだった。


 どうやら倒したみたいだな。

 ひとつ深呼吸した俺は青い体液で濡れた木の枝を雪の上に静かに置く。


「ゼッタ! 大丈夫だったか!?」

「うんっ。パパ、僕スライム倒せたよ!」


 クリフトは大急ぎで俺に近づいてくると、俺の身体をペタペタと触った。恐らく傷がないかどうかを確認してくれているのだろう。


「嘘……だろ?」


 まるで恐ろしいものでも見たかのように、クリフトは唖然としたまま俺の姿を見下ろし続けていたのだった。

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