翌日、ミラがアトリエで作業を始めるのとほぼ同時に俺もいつも通り庭へと出た。
入門魔導書は昨日置いた場所から動かされておらず、そこに鎮座していた。
幸いなことに魔導書の存在までは気づかれていないようだ。
1歳が魔導書をこっそり持ち出して魔法の勉強をしている、なんて知られてしまったら面倒なことになりかねないからな。
飽くまでも俺はまだ1歳、それ相応の子供を振る舞って生活すべきなのだ。
だけど……あんなことをやらかして勘付かないほどミラとクリフトは馬鹿ではないだろう。
完全にバレるのは時間の問題と思っておいたほうがいい。バレた後どうするかも、考えておくとしよう。
さて、病み上がりだからといって今日の修行をサボるわけにもいかない。
昨日のことを反省していないのかって? それとこれは別の話だ。
他の人と比べてステータスの成長速度が10倍遅くなっていると考えられる以上、俺には特訓や修行を怠ける余裕なんてどこにもないのだ。
「よしっ、きょうもがんばろう」
パシッと自分の頬を叩くと、俺は筋トレを兼ねた走り込みを始める。
そしてその後は、マナを過剰に消費しないよう細心の注意を払いながら、魔弾生成の魔法を4回発動したのだった。
はぁ。魔法を使う、たったそれだけの動作にここまで緊張するなんて……。
けれど魔法を使わなければ、マナも魔力も成長しないし、将来的に銃も使えなくなる。
それに消費し切ったマナはどれくらい、またはどのタイミングで回復するかも検証しておかないとな。
そんなことを考えながら、キューブを回してステータスを確認した。
刹那――そこでようやく俺は昨日から抱えていた違和感の正体に気づく。
【マ ナ】 3.52 (35.18)《158%》
昨日と比べて、マナの上昇量が著しく少なくなっているじゃないか!
確かにマナの成長速度だけ異常だなとはなんとなく思っていたが……あの成長は魔法発動によるものじゃなかったということか?
調べたところ他のステータスの伸びは、昨日と比べて大差はなかった。
成長速度が遅くなっているのはどうやらマナのみのようだ。そして、その原因に関して俺は思い当たる節がある。
「そういえば……」
ふと俺は気絶する前に見た簡易ステータスを思い出した。
余程印象に残っていたのか、マナがマイナスになっていたこと、生命力やライフまで削れていたことなどのステータス変動は鮮明に覚えている。
あの時――俺のマナの最大値は3、だったような気がする。そして起き上がった時は四捨五入の影響もあってか最大値は4となっていた。
それがなにを意味するかは……今の俺でもすぐに理解できた。
どうやら、マナをマイナスにしてぶっ倒れることがマナを成長させる最適解らしい。
「えぇ……」
修行僧でもやらなさそうな最高効率の修行法を提示されたんですけど……。
いくらステータス成長の効率化を求めているとはいえ、さすがにそんな精神が蝕まれそうな修行はしたくないぞ。
いや、でも1回すでに経験しているし、案外なんとかなるかもしれない。
けどもしまた気絶したら、ミラやクリフトを泣かせるまで心配させる羽目に……。
「ちょっとだけ、マイナスにできないかなぁ?」
はぁ……ついに自分の身まで傷つけようとするとは。我ながら俺という人間が恐ろしいよ。
けれど超えてはならない一線はしっかりと把握しているつもりだ。ゲームを楽しく遊ぶために最低限の規則は絶対に守る、それがゲーマーの性なのだから。
俺は静かに深呼吸をすると、自分のマナが0であることを再確認する。
そして意を決して、魔弾生成の魔法を発動させたのだった。
次の瞬間――視界を全て閉ざす目眩と、鈍器で殴られたような痛みが俺に襲いかかってくる。
むろん、立ったままで耐えることは不可能。俺はすぐさま木の幹に寄りかかりつつ、腰を下ろすと目を閉じて頭を押さえた。
「うぅ……!」
頭がじんじんと痛む中、俺は深呼吸を繰り返してなんとか心を落ち着ける。
昨日はなんの前触れもなく襲いかかってきたから気を失ったが、痛みが来ることさえ分かっていればこっちのものだ。
それにわずかではあるが、昨日より痛みは軽い気がする。これなら恐らく倒れることなく耐えられるだろう。
「み……みずっ」
水分補給用にいつも持ってきている丸い水筒を開け、口の中に水を流し込む。
こういう時は水を飲むのが一番だとよくいうしな。
それから数十分間、俺はひどい頭痛と格闘し続けた。
途中、ミラが俺の様子を見にやって来るという緊急事態が発生したが、なんとかやり過ごした。
さらにミラからもらった果物ポーションのおかげで、痛みが大分引いた気がする。
「いま、どんなかんじ……?」
俺はキューブを握りしめて簡易ステータスを起動させる。
【名 前】 ゼッタ
【職 業】 魔法銃師
【レベル】 1
【生命力】 6/6
【マ ナ】 -1/4
【ライフ】 ♥♥♥♥♡
まだマナはマイナスのままだが、それでも生命力は最大値まで回復したようだ。
恐らく果物ポーションを飲んだおかげだな、ミラが言うにはあれには傷を治す効果もあるらしいし。
それにしても、この世界の人間は思った以上に脆い……。
だって、マナを使いすぎただけで俺は3分の1“死”に近づくんだからな。脆いと思われてもしかたないだろう。
逆にポーションを飲むだけで3分の1“死”から遠ざかる。傷つきやすくて治りやすいというわけか。
「ライフは、かいふくしないんだ」
難易度選択の画面では一定時間で回復すると書いてあったが……数十分でも回復しないか。
さすがは最高難易度、俺として大歓迎だけど中々にきつい仕様だ。
――肝心のマナは、予想通り結構伸びているみたいだな
【マ ナ】 3.90 (39.01)《 80%》
見た目は昨日ほどではないが、成長率を考慮すればこれでも相当速いほうだ。
他のステータスは1日に0.5程度しか上がらないというのに……まあ、その分1時間ほど頭痛に苦しまないといけないんだけどな。
ただ……毎日この頭痛を耐えていると、本当に精神が崩壊してしまいそうだ。
それに成長率というシステムがある以上、毎日の上昇量にいつか限界が訪れる。
あの頭痛と目眩を耐えて、他のステータスと同じくらいしか伸びなくなるのなら、普通に修行を続けていたほうがずっといい。
だから……これのやるのは大体1週間に1回程度で十分だ。
それにマナが上昇すれば、魔法を発動できる回数も増えて、マナも上昇しやすくなる。
そうなれば、いつかは普通の修行だけでも十分になるだろう。
俺は手帳にマナの成長方法をメモしながら、魔法を自在に使いこなす未来の自分に思いを馳せたのだった。
「『貴方はブックマークをしなかった』。それだけの理由で貴方を地獄へ堕とす」
という推しの決め台詞の下らないパロディを思いついた、井浦光斗です。
ところで第7話の一言、覚えているでしょうか……? 主人公の考察は間違っているかもしれないということです。ここまで読みすすめるとなんとなく考察に違和感を覚えた人も出てくるんじゃないかなぁと自分は考えています。
ただ、クイズではないので無理に考える必要は特にないんですけどね。
ではまた次回、最後はいつもの――
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