奏界のエデン

空の世界を旅する王道×サスペンスファンタジー
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第17話 水晶谷に眠るもの

公開日時: 2020年9月24日(木) 21:20
更新日時: 2020年11月9日(月) 15:29
文字数:2,493

 宮殿を出たシオンたちは宿でチェックインを済ませ、荷物を整理して旅支度を整えてから、ルクシーレの東門へと向かった。

 

 女王の計らいでヴェルスーズの兵が駆動四輪車ヴィークルを走らせることほんの三十分ほど。


 ルクシーレの東には、砂色の山脈が広がっていた。裾野すそのは深緑色の苔に覆われ、低木もまばらに見えるがほとんどは岩と砂ばかり。円錐えんすい形の連なった岩山のひとつに、ぽっかりと大口を開けた洞穴どうけつがあった。

 どうやらあれが、水晶谷エーテル・ケイアと呼ばれる洞窟どうくつらしい。穴の奥からはほのかな光がれ出ていた。


 街までは大した距離でもないし、探索にどれほどの時間がかかるかわからなかったので徒歩で帰るむねを伝え、兵士と別れたふたりは穴の中へと足を踏み入れた。


「わ、あ……」


 洞窟に入った途端に、ルクレティアが感嘆の声を上げた。シオンもまた、息をむ。


 天井や岩壁。そして地面には青白い光を放つ水晶がいくつも突き立っていた。切り出して形を整えれば譜面石になるそれは、エーテルの結晶。長い年月をかけて岩肌に染み込んだエーテルが飽和ほうわしてしまっているのか、洞窟内は青い粒子りゅうしが火の粉のように舞っている。


 そのため、視界が効く程度には洞窟の中は明るかった。


 ふと女王の言葉を思い出したシオンは、ズボンのポケットから銀色の方位磁針を取り出した。上蓋うわぶたには竪琴たてごとを構えた女性のレリーフが施されており、開けると蓋の裏側に『空の調律師』と刻まれている。


 オルラントで七人しか持つものはいない、特別な称号を与えられた証。


 針はくるくると回っていて、一向に方角が定まらない。


「……本当だ。磁場が狂ってる」

「道に迷ったら、困ってしまうわ」


 広い空間に、空いている横穴はひとつだけ。いまのところは一本道だけれど、奥が入り組んでいたらルクレティアの危惧きぐするとおりになってしまうだろう。


「分かれ道があったら、目印を付けていくしかないかな」


 そこかしこに突き立つ水晶に傷でも付ければ、何とかなるだろう。


 進んでいくと、薄ぼんやりとした光に照らされていた洞窟内はだんだんと明るさがくっきりとしていき、その分だけ、舞い散る粒子も増えていく。

 エーテルの濃度はどんどん濃くなっていた。


「シオン、大丈夫?」


 隣を歩くルクレティアが不安そうに見上げてきた。エーテルへの完全な耐性を持つ彼女は問題ないが、シオンはそうもいかないからだ。


「まだ何とか大丈夫だよ。少し体がだるいくらいかな。でもこれ、天上人フィオルでもキツそうな濃度だね。かなり濃い」


 調律師はエーテルへの耐性が高いものが多い。その中でも空の竜ラグナロクの加護を受けているシオンだからこそ平気なだけであって、エーテルへの耐性が薄い地上人ドルイドならすぐさま昏倒こんとうしてしまうほどの濃さだった。天上人でも長居すれば意識がもたないだろう。


「どうしてこんなにエーテルが濃いのかしら?」

「わからないけど、魂の竜エインヘリヤルと関係があるのかもしれない」


 空気中のエーテル濃度が極端に高い例として、空の境界アステルト・ベルトがある。エーテルが状態変化すると、新たなエーテルが生まれる。その結果一時的に周囲の濃度が増し、浮遊大陸を支える浮力を生み出すために常にエーテルが状態変化を繰り返している空の境界の濃度は、計り知れないのだ。


 では、この洞窟はどうなのだろう。


 水晶谷エーテル・ケイアと呼ばれるこの洞窟の様相ようそうは異常だ。譜面石が採掘できる鉱山でも、ここまでエーテルの濃度は高くない。

 空振りに終わる可能性が高いと思っていただけに嬉しい誤算だけれども、気になることもあった。


 女王が言っていたとおり、内部構造はさほど入り組んではいなかった。枝分かれした道もあるけれど、すぐに行き止まりに突き当たるため、迷うこともない。ほぼ一本道のようなものだ。


 だからこそ、行方不明者が出る、という言葉が不可解だった。意識を失って行き倒れてしまうことも考えられるが、普通ならその前に引き返しそうなものだけれど。


 色々なことを考えながら黙々と通路を進んでいると、赤い光が遠くでちらついた。ルクレティアと顔を見合わせ更に近づいていくと、突き当たりの岩壁に洞穴ができていた。


 穴を潜ると、どうやら水晶谷の最深部へと到着したようだった。空間はとても広く、斜面を見上げると天井には大穴が空いていて、そこから差し込む夕日が水晶を輝かせている。


 地面にはシオンの身の丈を越す巨大な結晶が並び立ち、その奥地に、とある生物が眠っていた。


 羽を折りたたみ、黒光りするうろこに覆われた巨躯と尾を丸めたその姿は、間違いなく竜。


「あれが、魂の竜エインヘリヤル?」


 こぼれ落ちたルクレティアのささやきに刺激されたかのように、沈んでいた竜の頭がゆっくりと持ち上がった。


 遠くから、赤い瞳が無感動にふたりを見下ろした。視線がからむと、いだ瞳にギラギラと宿るものがあった。それは、燃えるような殺意。


 どくり、と鼓動が跳ねた。それは、死への恐怖から来る警鐘けいしょう。これは、まずい。


 魂の竜エインヘリヤルなどではない。シオンは直感で悟った。


「違う、あれは、幻竜げんりゅうだ……っ!」


 シオンの叫びに呼応するかのように幻竜が頭上を見上げ、咆哮ほうこうを上げた。


 ビリビリと地面が振動する。倒れかけたルクレティアを抱きとめると、空気がうねるような感覚が肌を刺した。

 空を見上げると、空間がゆがむむように揺らぐ。紅に染まりつつある空に亀裂きれつが走ったような錯覚を感じたあとに、赤い点が生まれた。空に浮かんだそれはみるみる迫り、天井に空いた大穴めがけて飛来する。


 烈風れっぷうがふたりの身体をなぶった。髪と衣服があおられるなかで、現れたのは眠っていた竜よりもふた回りほど小さな赤い幻竜が、二匹。

 入り口をふさぐようにその内の一匹が舞い降り、もう一方は巨大な幻竜を守るように降り立つ。


「……っ、どうして幻妖種ニーズ・ヘッグが空にいるのっ?」


 ルクレティアの疑問は当然だ。答えはわからないけれど、いくつかに落ちた点もあって、シオンは内心で舌を打った。


 ――やられた。


 女王の涼しげな美貌びぼうを脳裏に浮かべて、歯噛はがみする。


 思い返すのは、街を守るように建てられた防壁。頑丈な壁は外敵から市民を守るため。女王が知らなかったとは思えない。

 飛行船での一件を聞き、幻竜を退治させたかったのだろうか。わからないけれど、悪態を吐く余裕もないし、こんなところで死ぬつもりもない。

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