奏界のエデン

空の世界を旅する王道×サスペンスファンタジー
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第3話 光の投網

公開日時: 2020年9月12日(土) 18:14
更新日時: 2020年10月2日(金) 17:12
文字数:3,306

此に捧げるはryu rue光の書aoiud tue賢人たるtiu nouheアナティウムがanathium創りしetea――始原とelen doi終わりの唄ooaiu noisu七つの海をtu doia dhu渡る愚者にeha diue jie翼はなくeois iod焦がれるejio空はae eteなお遠いetr doi


 ルクレティアの美しく伸びやかな歌声が、通信機器ピアスを通してシオンの耳に届く。鈴を転がすような澄んだ綺麗な声がつむぐ音程に寸分の狂いはない。

 幻竜げんりゅうに出くわしたことは飛行船の乗客にとっては災難だろうけれど、彼女の歌を聞けるのは幸運だと思う。


 飛行船から飛び降り、幻竜の真上に身を投げた形となったシオンは、竜の翼が起こした烈風れっぷうの残滓にふわりと身体をあおられながらも、柄を握る手に力を込めた。

 刀身に刻まれた聖術刻印せいじゅつこくいんがシオンの意識に反応して空気中のエーテルを取り込み、透明感のあるあおい刀身が淡い輝きを放ち始める。


 眼下で態勢を立て直し、離れていく飛行船へ向けて翼を広げようとしている幻妖種ニーズ・ヘッグへむけて、剣を振りきった。


 男の聖術が炎を生み出すものなら、シオンの扱う剣に刻まれた刻印は、取り込んだエーテルを破壊の力へと転化てんかするもの。


 刀身を包んでいた光がそのまま刃となり、蒼い軌跡を描いて竜へと襲いかかる。黒竜の長い尻尾が反応し、シオンの放った一撃はうろこで覆われた尾に弾かれ、空の彼方かなたへと呑み込まれていった。


 鱗に多少の傷が入ったのが遠目にうかがえたが、やはり本体にダメージを与えることは叶わない。しかし幻竜の注意をシオンへきつけることには成功したらしい。


 巨竜はぐるりと牙をむき出しにしてうなると凄まじい速度で距離をつめ、するどい右前脚が襲いかかってきた。振り下ろされた爪の間に刀身をませて剣を軸に身をよじり、さらに剣が弾かれた反動を利用して何とか竜の突進をかわす。黒い巨体はシオンの体の横すれすれのところで飛び去っていった。


 攻撃をかわすことはできたが、身体は重力に引かれて落下する。このままでは地上に向けて真っ逆さまだが、シオンは冷静にルクレティアの唱歌しょうかに耳を傾けていた。


真っ白なru eiuya海に焦がれるtiuo eiua uio人にeioit――神のaieu spe祝福をjeour


 ルクレティアの歌が終わると、周囲一帯に直径一メートルほどの光でできた丸い足場が出現した。そのうちの一つはシオンの真下へと現れ、くるりと宙返りして着地する。ブーツ越しに伝わる感触は、鉱石でできた床を踏むものと遜色そんしょくないしっかりとしたもの。


 ようやく足場を得てほっと息をき出しつつ、シオンは頭上の竜を見上げた。


「空の上で竜と戦うなんて、自殺行為だよね……ふつうに死ねるよ……」 


 一度上昇し、シオンから距離を取った幻竜は遠ざかっていく飛行船を追うよりも、自身に刃を向けた敵の排除を優先することにしたみたいだ。機動力ではあちらが上なのだからそのまま追いかければいいだけなのだけれど、この幻妖種ニーズ・ヘッグはそこまで知能は高くないようだ。


 ぐるる、と牙をむいてうなる黒竜の瞳は怒りに燃えている。


 しっかりとした足場があればまた別かもしれないけれど、身動きのままならない空中でこんなバケモノを相手にするのなんて自殺行為に等しい。

 一連の挙動を見る限り、向こうに遠距離から放てる攻撃手段がないことは僥倖ぎょうこうかもしれないが、こちらはそもそもダメージを与えることができないのだから、やはり不利だ。


『シオン、大丈夫?』


 心配そうなルクレティアの声。彼女は音だけでこちらの状況を判断しなくてはならないからか、声音には強い緊張がはらんでいた。


「今のところは大丈夫、かな。けど、ごめん、ティア。丸投げしてもいいかい?」


 あえて明るく言ってみたけれど、ルクレティアの緊張を和らげるには至らなかったらしい。返ってきた声は硬いもの。


『わかったわ。楽譜コードはどうすればいいの?』

 

 シオンは周囲一帯に生成された光の足場を見渡し、すばやく戦術を組み立てる。


投綱とあみがよさそう、かな」

『当たるかしら?』


 さきほどの機械人形ドールの聖術をすべてかわした黒竜の素早さを思い返しているのだろう。ルクレティアの答えは不安げだ。どれだけ強力な術でも、目標に当たらなければ何の意味もないのだから。


「その心配はいらないと思うよ。あの竜、スピードとパワーはすごいけど知能はあまり高くないみたいだから。足場を利用して……」

『あ、そういうこと……』


 皆まで言わずとも、彼女は察してくれた。


此に捧げるはryu rue光の書aoiud tue空の竜にRagunarok選ばれし守人がruw sjoa kodi aoiue創りしetea終わりの唄moid noisu


 ルクレティアが歌い出すのとほぼ同じタイミングで、竜も動いた。


 こちらをくだかんと迫ってくるあごを跳躍してかわし、その肩口に飛び乗り、剣を突き立てる。が、


「……っ! か、たッ!」


 刃は硬質なうろこはばまれてしまい、肉まで到達させるにはシオンの筋力では足りない。弾かれた剣を逆手に持ち替え、振り回された尾による鋭い一撃を剣の腹で受け止め、流す。

 身を低くして翼をかいくぐり、竜の背から飛び降りると足場の一つへと着地。追ってくる竜の攻撃をギリギリのところでかわしていく。


 足場から足場へと飛び移りながら、かわしきれない際どい一撃はなんとか剣で弾きつつも、鋭い爪が頰を浅く切り裂き、腕にも裂傷ができていく。

 時間にすれば三分にも満たない攻防だと思うのだけれど、凄まじい膂力りょりょくを持つ竜の攻撃は重く、まともにらうわけにはいかないという緊張も手伝ってか、ときは永遠に思えた。

 すっかりシオンの息も上がり始めたころ、


反逆者にewas dg神の槍がetere doiu降り注がんmnout diu――光の投網Ragunarok ryue ru


 ようやく、歌が終わった。


 ルクレティアの聖歌が完成すると、空中から一条の光の槍が放たれ、竜へと襲いかかった。黒竜は飛び上がって回避するが、さらに別の空間から二本の槍が放たれる。竜はたくみに翼を操って光の足場を避けながら、槍をかわしていく。

 すると、れた槍の一本が足場に当たり、光の槍は威力いりょく減衰げんすいさせることなく角度を変えて跳ね返り、再度竜へと牙をむく。


 これは幻妖種ニーズ・ヘッグにとっては予想外だったのか、辛くも避けるが新しく生成されたいま一本が、太い左の後ろあしを貫いた。硬い鱗をあっさりと貫通し、肉を焼かれた竜は咆哮ほうこうを上げて身をよじる。


 光の槍は周囲一帯に散りばめられた光の足場内で反射を繰り返し、次々と黒竜の身体を撃ち抜いていく。しかし、槍自体の幅は五センチにも満たない細さ。いくら攻撃を受けようと致命傷には至らない。


 そのうちの一本が、シオンへと向かってきた。


 聖術で生成された光の槍は、つまりは高濃度のエーテルの集合体だ。シオンが剣で槍を斬り払うと、刀身の刻印が反応してエーテルを吸収し、光の槍は霧散むさんしてかき消える。代わりに、さきほどとは比べ物にならないあおい輝きが剣からあふれだす。


 空中で静止状態にある竜に向けて、シオンは勢いよくその剣をいだ。


 目を焼きそうなほどのまばゆい蒼の剣閃が、一直線に竜へと走る。槍に意識を向けていた幻竜はシオンの一撃をまともに喰らい、右翼うよくが付け根から真っ二つに引き裂かれた。


 青い血が飛び散り、黒竜の咆哮が空をビリビリと振動させるようだった。人間ならひるんでしまいそうな迫力ある叫びだけれど、当然ながら聖術に意志などない。


 動きをにぶらせた竜に淡々と槍が突き立ち、最期の一本が血の噴き出た背中に刺さると、とうとう幻竜はふらりとよろけ、態勢を立て直す気力もなかったのか、境界へと真っ逆さまに落ちていった。


 ぼふり、と。新雪のような雲の海にまれて行った竜の姿を見届けてから、シオンはルクレティアに呼びかける。


「ティア、聞こえる?」

『まだ……聞こえ……。どう……なった、の?』


 飛行船がだいぶ離れてしまったのか返ってくる音声はノイズまみれで、聞き取るのは一苦労だった。


 空をふり仰ぐと、飛行船らしき黒点はまだギリギリ見える。


「トドメはさせなかったけど、ちゃんと追い払えたよ。たぶんもう襲ってこないと思う。エーテル濃度が高い雲の中で、しばらく休むんじゃないかな」

『いま、操縦室に……ってるの。シオンの……まで戻ってくれるように……いして……』


 たぶん、操縦室に向かっているところで、シオンのいる空域まで戻ってくれるよう頼んでみるとかそんな感じの内容だろう。


 聖術で作り出した物質が現世で形を留められるのはせいぜい十分程度なので、このまま放置されてしまうとシオンは地上に向けて真っ逆さまだ。


「ありがとう、大人しく待ってるよ」


 ルクレティアに返事を返し、シオンは剣を鞘に納めた。

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