キングゼロ

〜13人の王〜
朝月桜良
朝月桜良

忘れていた記憶

公開日時: 2022年2月3日(木) 19:00
文字数:2,406

 食事を終えたシンリは、ルナリスが用意させた一室に通された。


 ルナリスは自室に戻るため、途中で別れている。

 部屋まで案内したのはシルファだったが、彼女もシンリに悪さをしないように言い含めた後、どこかへ行ってしまった。

 気付いたときには、シンリは部屋で一人になっていた。


 案内された部屋は、一人で使うにはあまりにも広い。

 部屋内には、ちょっとした物を置く台と、二人で寝られそうなほど大きなベッド、机と椅子、それとやや大きな丸テーブルが置かれている。

 逆に言うと、それ以外は何もない。

 それなりに家具はあるのに、殺風景というか、生活感がまるで感じられない。客室なのだろうから当然かもしれないが、それにしても少し違和感があった。漂う雰囲気に妙な冷たさを感じさせている。


 音がする物もないので、いやに静まり返っていた。

 シンリは持っていたものを適当に放り捨て、ベッドに飛び込んだ。

「疲れたぁ……」

 静かなのを嫌い、独り言で静寂を誤魔化す。

 ベッドは軋む音を鳴らし、シンリを呑み込むように全身を埋めていく。

 寝返りをうち、ぼんやりと天井を見上げる。

「……本当に夢みたいだ」

 大きな欠伸を一つ。

「起きたら夢だった、なんてオチだったりして」

 目を擦り、冗談めかしてそう言った。

「楽しいこともいっぱいだし、食べ物も美味しいものばっかりで幸せだ。それで、それ以上に──ルナリスとシルファが美人!」

 なははっ、と笑う。


 泳ぐように足をバタつかせる。すると何かが足に当たって、カチャンッ、と金属音が鳴った。

 立て掛けておいた刀が床に転がっている。

「そういやこれ、持って来ちゃったんだよな」

 疲労で微妙に重い身体を起こし、刀を持ち上げる。

 しげしげと見つめていると、視線は自然と鞘部分で止まった。

「んー……」

 いけないとは思いながらも、気になってしょうがない。

「どれどれ」

 引き抜こうと力を入れる。鞘はカチンと音を鳴らし、するすると動いた。あまりにも簡単で、まるでひとりでに動いていると錯覚させるほどだった。

 だがシンリは、湧き上がる強い衝動に突き動かされ、そんなことなど気にも留めずに鞘を動かし続けた。

 徐々に白銀の刀身が姿を現していく。


 不意に刀身が強い光輝を放った。

「眩しっ──」

 咄嗟に顔を背け、固く目を閉じた。

 少しすると、光は弱まっていく。

 一つ、疑問がよぎる。

「……あれ? 何で刀が光ったんだ?」

 何かの光に反射したのならまだしも、今のは明らかに違う。この部屋には、反射で強力な光を放つものはない。部屋内を明るく照らしている光も、淡く光る石が天井に付いている程度なので、反射してもぼんやりと輝く程度だ。少なくとも、目が眩むほどの光は生まれないはずだ。


「あー……ようやく見える」

 まばたきを数回繰り返す。

 まだ半分以上が鞘に納まったままの刀身に焦点を合わせる。

「何で光ったんだろう?」

 試しに天井の明かりに照らした。

 刀身は人を魅了するような怪しい光を放っているが、先ほどのような強い光とは違う。

 美しい白銀色の刀身。

 汚れどころか曇り一つないその刀身は、シンリの顔を綺麗に映している。

 やはり、目が眩むほど輝く要素はどこにもない。

「気のせいなのかな?」

 再び鞘を滑らせていく。刃はどんどん露わになっていった。

 何でも斬れる刀──そう思わせるほどの存在感を放っている。模造刀が発せるようなものではない。この刀自身が、自分は真剣なのだと訴えてやまなかった。

「本物の……刀……」

 息を呑み、首を強く何度も振る。

「い、いやいやいや、そんなわけないって。何で本物の刀があんなところに落ちてるんだよ。有り得ないって」

 恐怖を振り払うように軽く笑い飛ばす。


 間もなくして、鞘から完全に刀身が抜き出された。

 解き放たれた一振りの刃。

「よっ、と」

 試しに軽く振り下ろす。

 しかし、刀の重さも相まって、勢いがつきすぎた。危うく切っ先が絨毯の敷かれた床に触れそうになる。

 慌てて下に向いた力を、上に向けた力で相殺しようとした。

「危なっ──うわぁっ!?」

 どうにか踏ん張り、床に振り下ろされようとした動きを寸でのところで止める。だがあまりにも急だったので、つい力を入れ過ぎてしまった。

 反動で仰向けで倒れ込んだ。

「痛てて……」

 幸い、ベッドの上だったので怪我はなかった。

「危なかったなぁ。もう少しで床に傷をつけるところだった。そしたら、またシルファに怒られて殴られてたかもな。なはは……」


 握られた刀を見つめる。

 刹那、心臓が──いや、もっと奥の方にある何かが高鳴った。

 違った意味の溜め息がこぼれる。

「刀……」

 強く握った刀を掲げる。

「武器……」

 それは何てことない呟きだった。

 だが次の瞬間、頭の中に電気のような衝撃が走る。

「……キングゼロ?」

 その言葉は知っている。

「ルナリスから聞いた──王同士の戦い、だよな?」

 だが違う。初めて聞いた言葉ではない。

 いつだ? いつ聞いた?

 記憶を探った。

 キングゼロという言葉の記憶を。

「特別な力を持った武器があるって……」

 刃が剥き出しになった刀をじっと見つめる。

 刀身にはシンリの顔が映っていた。

 自分の浮かない表情を見つめ、大きく目を見開く。

「いや、違う……知ってたじゃないか。俺はあの声から……キングゼロのことも、武器のことも、全部聞いてたんだ」

 勢いよく起き上がった。

 頭痛がするくらい、より深く思い出そうとする。

「それから……それから──」

 辿り着いた、忘れていた記憶。

 その先を、さらに辿った。

 

【――シンリ、お前は選ばれた】


【世界の王たる器だと認められ、王位が与えられた。そして王同士の戦い、キングゼロへの参加が認められた】

 

 ようやく掴み取った記憶の欠片。言葉の破片。

 これらはシンリを指した言葉だ。

 つまりシンリは……

「俺が、王に選ばれた!?」

 世界を統べる王の候補として。

 シンリは選ばれていた。

 選ばれてしまっていた。

 ルナリスと同じ、王の一人に。


「……待てよ?」

 そこまで理解し、勘付く。

「じゃあ何か? 俺がこの世界に来たのって──」

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