食事を終えたシンリは、ルナリスが用意させた一室に通された。
ルナリスは自室に戻るため、途中で別れている。
部屋まで案内したのはシルファだったが、彼女もシンリに悪さをしないように言い含めた後、どこかへ行ってしまった。
気付いたときには、シンリは部屋で一人になっていた。
案内された部屋は、一人で使うにはあまりにも広い。
部屋内には、ちょっとした物を置く台と、二人で寝られそうなほど大きなベッド、机と椅子、それとやや大きな丸テーブルが置かれている。
逆に言うと、それ以外は何もない。
それなりに家具はあるのに、殺風景というか、生活感がまるで感じられない。客室なのだろうから当然かもしれないが、それにしても少し違和感があった。漂う雰囲気に妙な冷たさを感じさせている。
音がする物もないので、いやに静まり返っていた。
シンリは持っていたものを適当に放り捨て、ベッドに飛び込んだ。
「疲れたぁ……」
静かなのを嫌い、独り言で静寂を誤魔化す。
ベッドは軋む音を鳴らし、シンリを呑み込むように全身を埋めていく。
寝返りをうち、ぼんやりと天井を見上げる。
「……本当に夢みたいだ」
大きな欠伸を一つ。
「起きたら夢だった、なんてオチだったりして」
目を擦り、冗談めかしてそう言った。
「楽しいこともいっぱいだし、食べ物も美味しいものばっかりで幸せだ。それで、それ以上に──ルナリスとシルファが美人!」
なははっ、と笑う。
泳ぐように足をバタつかせる。すると何かが足に当たって、カチャンッ、と金属音が鳴った。
立て掛けておいた刀が床に転がっている。
「そういやこれ、持って来ちゃったんだよな」
疲労で微妙に重い身体を起こし、刀を持ち上げる。
しげしげと見つめていると、視線は自然と鞘部分で止まった。
「んー……」
いけないとは思いながらも、気になってしょうがない。
「どれどれ」
引き抜こうと力を入れる。鞘はカチンと音を鳴らし、するすると動いた。あまりにも簡単で、まるでひとりでに動いていると錯覚させるほどだった。
だがシンリは、湧き上がる強い衝動に突き動かされ、そんなことなど気にも留めずに鞘を動かし続けた。
徐々に白銀の刀身が姿を現していく。
不意に刀身が強い光輝を放った。
「眩しっ──」
咄嗟に顔を背け、固く目を閉じた。
少しすると、光は弱まっていく。
一つ、疑問がよぎる。
「……あれ? 何で刀が光ったんだ?」
何かの光に反射したのならまだしも、今のは明らかに違う。この部屋には、反射で強力な光を放つものはない。部屋内を明るく照らしている光も、淡く光る石が天井に付いている程度なので、反射してもぼんやりと輝く程度だ。少なくとも、目が眩むほどの光は生まれないはずだ。
「あー……ようやく見える」
まばたきを数回繰り返す。
まだ半分以上が鞘に納まったままの刀身に焦点を合わせる。
「何で光ったんだろう?」
試しに天井の明かりに照らした。
刀身は人を魅了するような怪しい光を放っているが、先ほどのような強い光とは違う。
美しい白銀色の刀身。
汚れどころか曇り一つないその刀身は、シンリの顔を綺麗に映している。
やはり、目が眩むほど輝く要素はどこにもない。
「気のせいなのかな?」
再び鞘を滑らせていく。刃はどんどん露わになっていった。
何でも斬れる刀──そう思わせるほどの存在感を放っている。模造刀が発せるようなものではない。この刀自身が、自分は真剣なのだと訴えてやまなかった。
「本物の……刀……」
息を呑み、首を強く何度も振る。
「い、いやいやいや、そんなわけないって。何で本物の刀があんなところに落ちてるんだよ。有り得ないって」
恐怖を振り払うように軽く笑い飛ばす。
間もなくして、鞘から完全に刀身が抜き出された。
解き放たれた一振りの刃。
「よっ、と」
試しに軽く振り下ろす。
しかし、刀の重さも相まって、勢いがつきすぎた。危うく切っ先が絨毯の敷かれた床に触れそうになる。
慌てて下に向いた力を、上に向けた力で相殺しようとした。
「危なっ──うわぁっ!?」
どうにか踏ん張り、床に振り下ろされようとした動きを寸でのところで止める。だがあまりにも急だったので、つい力を入れ過ぎてしまった。
反動で仰向けで倒れ込んだ。
「痛てて……」
幸い、ベッドの上だったので怪我はなかった。
「危なかったなぁ。もう少しで床に傷をつけるところだった。そしたら、またシルファに怒られて殴られてたかもな。なはは……」
握られた刀を見つめる。
刹那、心臓が──いや、もっと奥の方にある何かが高鳴った。
違った意味の溜め息がこぼれる。
「刀……」
強く握った刀を掲げる。
「武器……」
それは何てことない呟きだった。
だが次の瞬間、頭の中に電気のような衝撃が走る。
「……キングゼロ?」
その言葉は知っている。
「ルナリスから聞いた──王同士の戦い、だよな?」
だが違う。初めて聞いた言葉ではない。
いつだ? いつ聞いた?
記憶を探った。
キングゼロという言葉の記憶を。
「特別な力を持った武器があるって……」
刃が剥き出しになった刀をじっと見つめる。
刀身にはシンリの顔が映っていた。
自分の浮かない表情を見つめ、大きく目を見開く。
「いや、違う……知ってたじゃないか。俺はあの声から……キングゼロのことも、武器のことも、全部聞いてたんだ」
勢いよく起き上がった。
頭痛がするくらい、より深く思い出そうとする。
「それから……それから──」
辿り着いた、忘れていた記憶。
その先を、さらに辿った。
【――シンリ、お前は選ばれた】
【世界の王たる器だと認められ、王位が与えられた。そして王同士の戦い、キングゼロへの参加が認められた】
ようやく掴み取った記憶の欠片。言葉の破片。
これらはシンリを指した言葉だ。
つまりシンリは……
「俺が、王に選ばれた!?」
世界を統べる王の候補として。
シンリは選ばれていた。
選ばれてしまっていた。
ルナリスと同じ、王の一人に。
「……待てよ?」
そこまで理解し、勘付く。
「じゃあ何か? 俺がこの世界に来たのって──」
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