キングゼロ

〜13人の王〜
朝月桜良
朝月桜良

はじまり

報酬

公開日時: 2022年2月21日(月) 12:00
文字数:3,028

【勝者、キングXIII シンリ】

 

「うわっ!?」

 不意に眼前に文字が浮かんだ。


 数回まばたきした後、

「あ、そっか……これって戦いだったんだよな。そっかそっか──ってか俺、勝っちゃったじゃん!?」

「何よ、今さら」

 ルナリスが手で口元を覆い、ふふっと小さく笑った。


「そういや、俺らで勝手に決めたけど、ちゃんと適用されたんだな、勝敗のルール」

 ルールの変更は、キングゼロの参加不参加を決めたときのような申請はしていない。ただ二人でやりとりをしただけだ。それなのに、二人が決めたルールがそのままキングゼロでの勝敗に反映されている。

 ルナリスが上体を起こす。

「王の言葉には責任が伴う。それが誰も聞いていない口約であっても。だからこの空間で申し出があり、受け入れられたとき、それが正式なルールとなる。私が提案し、シンリが受け入れたとき、ルール変更が確定されたのよ」

「ふへぇ。下手なこと言えないな。恥ずかしい独り言が黒歴史になりかねない」

 そんな冗談を言っている間に、ルナリスは立ち上がった。袖で顔の汗を拭う。

 怪我はないようだが、さすがに疲れたのか少しふらついている。


 ドレスの汚れを払い、姿勢を正した。

 そうしてシンリの方を向く。

 表情はいやに真剣だった。戦闘中のように顔が強張ってすらいる。

「さぁ、シンリ、選びなさい」

「……選ぶって何を?」

 シンリも身体を起こすが、さすがに立ち上がるまでの体力はなかった。

 仕方なく手を地面につき、座ったままルナリスを見上げる。

「言ってなかったかしら? キングゼロは賭けのようなものなの。勝てば得られ、負ければ失う、王にとって大事な戦い。勝てば報酬として、負かした相手の国から民、地、宝のいずれかを奪えるのよ」

 ルナリスの言葉で記憶が蘇る。

 

【それぞれが持つ三つの財──地、民、宝。その三つを賭けて、死力を尽くして戦ってもらう。勝者には、指定した財を敗者から最大三分の一奪う権利が与えられる】

 

 思い出し、パンッと膝を叩く。

「あぁそれね。はいはい」

「…………」

「そんなのいらないけど」

 即答すると、ルナリスは目をパチクリさせた。

 すぐに真面目な表情に戻り、再度シンリの続く言葉を待った。


 熱視線に続きをせがまれ、理由を捻り出す。

「だって俺、この世界の人間じゃないし。だから宝をもらってもだし、国がないから国民も……土地だって必要ないし?」

 しかし、ルナリスは静かに首を振った。

「残念ながら、それは無理よ」

 そう言いながら手を差し出す。

 その手を取ると、腕力も増しているからだろう、シンリを軽々と持ち上げて立たせた。


 ふらつきながらも、どうにか自分の力だけで地面を踏みしめる。

「嘘だろ? だってシルファが言ってたよ。ルナリスは俺から何も奪わないって。ってことは、奪わないっていう選択もできるんじゃ──あ、もしかしてそれって、俺が何も持ってないから?」

 持っていなければ奪いようもない。だとしたら納得のしようもある。

 だが、ルナリスはまたしても首を振った。

「私は貴方に挑戦した。そのときに、貴方には拒否権がないと言ったわよね」

「うん。だから戦いから逃げられなかったわけだし」

「その代わり、挑戦者は──私は、勝つ前提の戦いになるの。だからこそ、勝っても奪わない選択ができる。けれど指名された貴方は、無条件で挑戦を受ける必要がある。負ける前提でね。だって拒否権がない以上、指名を受ける側が不利なのは当然のことだもの。だから、勝って何かを得るのは至極当然の権利であり、指名されたことに拒否権がなかったのと同様、報酬の拒否権もないの」

「えっと……それ横暴じゃない? 戦うのも奪うのも拒否できないって」

 押し売りもいいところだ。

「そういうルールだもの、仕方ないでしょう」

「そう言われてもなぁ……」


 不満はあるが、当然と言えば当然かもしれない。

 本来キングゼロは奪い合うための戦いなのだ。奪い取ってこそ意味がある。奪わないなどという選択肢は、そもそも存在しないのだろう。

 しかしながら、この世界の住人ではないシンリはその限りではない。


 腕を組み、どうしたものかと考え込む。

 欲しいものはないが、拒否できない以上、何かを選ぶしかない。

(やっぱり宝とか? 金をもらって買い食いでもするか?)

──ぐぎゅるるるぅ。

 食べ物のことを考えたばかりに、シンリの腹が鳴った。

 なははっ、と笑い掛ける。

 ルナリスは笑わなかった。

 今の状況は、ルナリスからすれば判決待ちの囚人みたいなものなのだろう。どんな罰を与えられるか、恐々と待つことしかできない。

 その証拠に、緊張した面持ちのまま、不安そうにシンリの言葉を待っている。


 仕方なく真面目に考えた。

(民は……まぁ論外だな、うん。養えないし)

 そのとき、シンリの脳裏を欲望に満ちた考えがよぎった。悪魔の囁きだ。

(待てよ。いっそ女の子たちをもらったらハーレムなんじゃ!?)

 想像する。玉座に座り、女の子たちに囲まれてワイングラスでジュースを飲む姿を。まさにシンリの思い描く王様のあるべき姿だった。

 その光景はあまりにも魅惑的で──

「たまらんっ!」

「えっ?」

 思わず漏れ出た大声にルナリスが驚いた。

 ルナリスは怪訝な表情を浮かべてシンリの正面に移動する。顔を覗き込むなり、険しい顔つきになった。

「シンリ?」

 冷ややかな眼差しが向けられる。

 たるんでいた顔が否応なく引き締まった。

「あ、お……ゴホンッ」

 わざとらしく咳払いを一つして誤魔化す。


(今のは冗談として……やっぱり民はないな)

 うんうんと何度も頷いた。

(あと考えられるのは……土地?)

 どうもそれもピンとこない。

(土地があってもなぁ。元の世界に帰ったら無駄になるし……あれ?)

 不意にある疑問が浮かぶ。それは次第に大きくなり、思考を埋め尽くした。

 どうして今頃になって思い至ったのか。むしろ真っ先に考えるべきだったのに。現実離れしている状況に、襲い掛かる出来事が重なって、そこまで頭が回らなかった。


「──なぁ、俺って……どうやって元の世界に帰ればいいんだ?」


 この世界からすれば異世界である、元の世界。

 異世界に来た理由も、原理も、果ては帰る方法すらシンリは知らない。

 藁にも縋る気持ちでルナリスに尋ねるも、

「え? 知らないけど」

「ですよねー」

 思わず笑う。笑うことしかできない。

 乾いた笑いが寂しく木霊した。

 徐々に冷や汗が顔中に浮かび上がる。

「どうしたもんか……」

 ここはシンリが元いた世界から見ての異世界。

 当然ながら、今のシンリには何もない。家や金どころか、知人すら一人もいない。住む場所もない。だというのに、自分の世界に帰る術を知らない。

 曲がりなりにもシンリは王の一人。さすがにいつまでもルナリスの国に居座ることもできないだろう。文無しの宿無しだ。

 冷静さがみるみる小さくなり、代わりに大きくなる焦燥感が駆り立てる。

「俺、ヤバくない!? どうすればいいの!? どうすれば帰れるの!?」

 大声で不安をそのまま声に出した。


 混乱する頭──後ろ頭を撫でる。

 すると次第に心が落ち着いてきた。

「……まぁいいか」

 ひとしきり考えて何も思い付かないのだから、頭を抱えていても何も始まらない。今は少しでも前向きに考えようと、そう思ったのだ。

「せっかくルナリスたちに会えたんだし、もうちょっと一緒にいたいしね。それに、来れたんだから帰れるに決まってる」

 来ると帰るはイコールである、というのがシンリの持論である。


「でもいつになるかわからないからな。だったら……」

 ルナリスに視線を向ける。

 互いに見つめ合い、決断した。

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