【勝者、キングXIII シンリ】
「うわっ!?」
不意に眼前に文字が浮かんだ。
数回まばたきした後、
「あ、そっか……これって戦いだったんだよな。そっかそっか──ってか俺、勝っちゃったじゃん!?」
「何よ、今さら」
ルナリスが手で口元を覆い、ふふっと小さく笑った。
「そういや、俺らで勝手に決めたけど、ちゃんと適用されたんだな、勝敗のルール」
ルールの変更は、キングゼロの参加不参加を決めたときのような申請はしていない。ただ二人でやりとりをしただけだ。それなのに、二人が決めたルールがそのままキングゼロでの勝敗に反映されている。
ルナリスが上体を起こす。
「王の言葉には責任が伴う。それが誰も聞いていない口約であっても。だからこの空間で申し出があり、受け入れられたとき、それが正式なルールとなる。私が提案し、シンリが受け入れたとき、ルール変更が確定されたのよ」
「ふへぇ。下手なこと言えないな。恥ずかしい独り言が黒歴史になりかねない」
そんな冗談を言っている間に、ルナリスは立ち上がった。袖で顔の汗を拭う。
怪我はないようだが、さすがに疲れたのか少しふらついている。
ドレスの汚れを払い、姿勢を正した。
そうしてシンリの方を向く。
表情はいやに真剣だった。戦闘中のように顔が強張ってすらいる。
「さぁ、シンリ、選びなさい」
「……選ぶって何を?」
シンリも身体を起こすが、さすがに立ち上がるまでの体力はなかった。
仕方なく手を地面につき、座ったままルナリスを見上げる。
「言ってなかったかしら? キングゼロは賭けのようなものなの。勝てば得られ、負ければ失う、王にとって大事な戦い。勝てば報酬として、負かした相手の国から民、地、宝のいずれかを奪えるのよ」
ルナリスの言葉で記憶が蘇る。
【それぞれが持つ三つの財──地、民、宝。その三つを賭けて、死力を尽くして戦ってもらう。勝者には、指定した財を敗者から最大三分の一奪う権利が与えられる】
思い出し、パンッと膝を叩く。
「あぁそれね。はいはい」
「…………」
「そんなのいらないけど」
即答すると、ルナリスは目をパチクリさせた。
すぐに真面目な表情に戻り、再度シンリの続く言葉を待った。
熱視線に続きをせがまれ、理由を捻り出す。
「だって俺、この世界の人間じゃないし。だから宝をもらってもだし、国がないから国民も……土地だって必要ないし?」
しかし、ルナリスは静かに首を振った。
「残念ながら、それは無理よ」
そう言いながら手を差し出す。
その手を取ると、腕力も増しているからだろう、シンリを軽々と持ち上げて立たせた。
ふらつきながらも、どうにか自分の力だけで地面を踏みしめる。
「嘘だろ? だってシルファが言ってたよ。ルナリスは俺から何も奪わないって。ってことは、奪わないっていう選択もできるんじゃ──あ、もしかしてそれって、俺が何も持ってないから?」
持っていなければ奪いようもない。だとしたら納得のしようもある。
だが、ルナリスはまたしても首を振った。
「私は貴方に挑戦した。そのときに、貴方には拒否権がないと言ったわよね」
「うん。だから戦いから逃げられなかったわけだし」
「その代わり、挑戦者は──私は、勝つ前提の戦いになるの。だからこそ、勝っても奪わない選択ができる。けれど指名された貴方は、無条件で挑戦を受ける必要がある。負ける前提でね。だって拒否権がない以上、指名を受ける側が不利なのは当然のことだもの。だから、勝って何かを得るのは至極当然の権利であり、指名されたことに拒否権がなかったのと同様、報酬の拒否権もないの」
「えっと……それ横暴じゃない? 戦うのも奪うのも拒否できないって」
押し売りもいいところだ。
「そういうルールだもの、仕方ないでしょう」
「そう言われてもなぁ……」
不満はあるが、当然と言えば当然かもしれない。
本来キングゼロは奪い合うための戦いなのだ。奪い取ってこそ意味がある。奪わないなどという選択肢は、そもそも存在しないのだろう。
しかしながら、この世界の住人ではないシンリはその限りではない。
腕を組み、どうしたものかと考え込む。
欲しいものはないが、拒否できない以上、何かを選ぶしかない。
(やっぱり宝とか? 金をもらって買い食いでもするか?)
──ぐぎゅるるるぅ。
食べ物のことを考えたばかりに、シンリの腹が鳴った。
なははっ、と笑い掛ける。
ルナリスは笑わなかった。
今の状況は、ルナリスからすれば判決待ちの囚人みたいなものなのだろう。どんな罰を与えられるか、恐々と待つことしかできない。
その証拠に、緊張した面持ちのまま、不安そうにシンリの言葉を待っている。
仕方なく真面目に考えた。
(民は……まぁ論外だな、うん。養えないし)
そのとき、シンリの脳裏を欲望に満ちた考えがよぎった。悪魔の囁きだ。
(待てよ。いっそ女の子たちをもらったらハーレムなんじゃ!?)
想像する。玉座に座り、女の子たちに囲まれてワイングラスでジュースを飲む姿を。まさにシンリの思い描く王様のあるべき姿だった。
その光景はあまりにも魅惑的で──
「たまらんっ!」
「えっ?」
思わず漏れ出た大声にルナリスが驚いた。
ルナリスは怪訝な表情を浮かべてシンリの正面に移動する。顔を覗き込むなり、険しい顔つきになった。
「シンリ?」
冷ややかな眼差しが向けられる。
たるんでいた顔が否応なく引き締まった。
「あ、お……ゴホンッ」
わざとらしく咳払いを一つして誤魔化す。
(今のは冗談として……やっぱり民はないな)
うんうんと何度も頷いた。
(あと考えられるのは……土地?)
どうもそれもピンとこない。
(土地があってもなぁ。元の世界に帰ったら無駄になるし……あれ?)
不意にある疑問が浮かぶ。それは次第に大きくなり、思考を埋め尽くした。
どうして今頃になって思い至ったのか。むしろ真っ先に考えるべきだったのに。現実離れしている状況に、襲い掛かる出来事が重なって、そこまで頭が回らなかった。
「──なぁ、俺って……どうやって元の世界に帰ればいいんだ?」
この世界からすれば異世界である、元の世界。
異世界に来た理由も、原理も、果ては帰る方法すらシンリは知らない。
藁にも縋る気持ちでルナリスに尋ねるも、
「え? 知らないけど」
「ですよねー」
思わず笑う。笑うことしかできない。
乾いた笑いが寂しく木霊した。
徐々に冷や汗が顔中に浮かび上がる。
「どうしたもんか……」
ここはシンリが元いた世界から見ての異世界。
当然ながら、今のシンリには何もない。家や金どころか、知人すら一人もいない。住む場所もない。だというのに、自分の世界に帰る術を知らない。
曲がりなりにもシンリは王の一人。さすがにいつまでもルナリスの国に居座ることもできないだろう。文無しの宿無しだ。
冷静さがみるみる小さくなり、代わりに大きくなる焦燥感が駆り立てる。
「俺、ヤバくない!? どうすればいいの!? どうすれば帰れるの!?」
大声で不安をそのまま声に出した。
混乱する頭──後ろ頭を撫でる。
すると次第に心が落ち着いてきた。
「……まぁいいか」
ひとしきり考えて何も思い付かないのだから、頭を抱えていても何も始まらない。今は少しでも前向きに考えようと、そう思ったのだ。
「せっかくルナリスたちに会えたんだし、もうちょっと一緒にいたいしね。それに、来れたんだから帰れるに決まってる」
来ると帰るはイコールである、というのがシンリの持論である。
「でもいつになるかわからないからな。だったら……」
ルナリスに視線を向ける。
互いに見つめ合い、決断した。
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