キングゼロ

〜13人の王〜
朝月桜良
朝月桜良

罪の記憶

公開日時: 2022年2月11日(金) 12:00
更新日時: 2022年2月12日(土) 02:52
文字数:2,288

──十年前。


 庭園から一室を見つめるルナリスが不安げに呟く。

「シルファ、大丈夫かな?」

「大丈夫。少し熱があるだけだから、今日一日休めば元気になるさ」

 父親のタクルスはルナリスの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。

「そうですよね」


 異母妹のシルファは、実母に看病されて部屋で休んでいる。

 まだ幼いシルファは身体が弱く、よく熱を出した。

 その日も、前日にルナリスと遊んだ疲れからか、高熱にうなされている。

 よくあることではあるが、自分のせいかもしれないという考えが、ルナリスの不安を煽っていた。


 それを察したのであろうタクルスは、またもルナリスの頭を撫でる。ルナリスは頬を膨らませた。

「もう、子供扱いしないで下さい。私も来年には十歳になるのですから」

「すまない。だが十歳になろうと二十歳になろうと、お前は私にとって可愛い子供さ。もちろんシルファもね」

「そういうことではありません」

「そうだったか? しかし、お前こそ身内だけのときは言葉を崩して構わないのだぞ? 今は二人きりなのだから」

「いいえ、私は王の後継者なのですから」

「後継者か……」

 ふと、タクルスが神妙な面持ちとなった。

「ルナリスよ、私はお前に王を継がせる気はない」

「──どうしてですか? やはり私では力不足だと?」

「そうではない。我が子に戦いなどさせたくないという親心だ。可能であれば孫にも、その子供にも、継がせたくはない。私がファルカリアの最後の王であればと、真に思っている。だが如何せん、長年続いてきたキングゼロが簡単に終わるはずもない。せめて私が戦えるうちは、私がこの役目を背負い続けるつもりだ」

「ですが……ですがっ──」


 庭園に一人の兵士が大慌てで駆け込んでくる。

「タクルス様っ!」

「何事だ?」

「ご報告します! 他国の王の使者を名乗る者が門前に!」

「王の使者だと? それは真か?」

「はい! 彼の者は王より書状を預かっているとのことで、タクルス様との謁見を希望されております」

「わざわざ書状を? どこの国だ?」

「それが……」

 兵士はルナリスを一瞥したかと思うと、タクルスに耳打つ。

 国名を聞いたタクルスは難しい顔になった。

「なるほど……」

「どういたしましょう」

「にべもなく追い返すわけにもいかない。が、だからと言って、おいそれと城内に招くわけにもいかない」

 髭を剃ったばかりの口元を指で撫でる。

 一度、シルファの寝室を見上げた。

「少し考える。門の前で待ってもらってくれ。くれぐれも粗相のないようにな」

「かしこまりました」

 兵士は急ぎ門前に戻った。

「ルナリス、お前は母親のところに行っていなさい」

「……わかりました」

 身を翻すタクルスを見送り、ルナリスも走り出す。

 


 ルナリスが向かったのは城下町だった。

 いつもは賑わっているが、今は奇妙な緊張感が滲んでいる。それは門に近付くごとに強くなっていった。

 城門の脇にある木戸から顔を出す。

 兵士二人と、見知らぬ男が話していた。

 ルナリスは耳をすまし、話す男の目をじっと見つめる。


 ルナリスには、幼少期から不思議な力があった。相手の目を見れば嘘がわかるのだ。そのことは家族だけが知っている。知っている相手の、それも大したことには使ったことはないが、ちゃんと嘘を見抜ける自信はあった。この力こそが、自分の王である素質──才能だとも考えていた。

 ルナリスがここへ来たのは、件の人物を自分なりに見定めるためである。

 王を──父親を手助けしようとしたのだ。上手くいけば自分の力を認めてもらえるのではないか、という打算もあったかもしれない。


 いくつかの話を盗み聞きしたが、どれも嘘はなかった。

(だけど……何だろう、この気持ち)

 その男を目にしたルナリスは、自分でもわからない感情が浮かんでいた。何かはわからないが、悪いものではないだろうと思う。

 男の瞳は、どこか寂しげな色を帯びていた。

 それがルナリスの答えを決定付けた。

 


「父様」

 ルナリスは城へ戻り、タクルスのいる謁見の間に訪れた。

 よほど逡巡を重ねているらしく、顔も上げない。

「彼の者を見て参りました」

「……何? 今何と?」

「この目で、彼の者を見て参りました」

「バカな。母の元で待っていろと言っただろう」

「ですが父様」

「わかっている。すまないな。それで?」

「嘘は申しておりませんでした。それと……」

「それと?」

「いえ……──私は、彼の者は信じられると思います」

「……それはお前の意見か、ルナリス」

 低い声で訊ねる。

「はい」

「そうか」

 タクルスは小さく息を漏らした。


 玉座から立ち上がり、ルナリスに歩み寄って頭に手を伸ばす。癖のようにまた撫でようとしたのだろう。だが、庭園で子ども扱いするなと言ったからか、黙ってその手を引っ込めた。そのままルナリスの横を通り過ぎる。

「誰か! 門へと向かい、使者を丁重に招くよう伝えろ!」

 ルナリスは自分の意見が認められたのだと、嬉しく感じた。

 それが悲劇を生むとも知らずに。

 


 謁見の間に通された男は、入るなり顔が見えぬほど深く頭を下げた。

「どうか顔を上げてほしい」

 そう告げるタクルス。

 男はゆっくりと顔を見せた。

 それを見るや、何やらタクルスが驚きの声を上げる。

「お前は──まさかっ……」

 異変を示す王に、誰もが視線を奪われた。

 その一瞬の隙が命運を分ける。

 男は懐に忍ばせていた短剣を抜き放ち、タクルスの左胸に──突き刺した。


「──え?」

 ゆらりと倒れ込む、愛すべき王の姿。

 男はタクルスを見下ろし、呟く。

「お前が悪いんだ。お前が……お前が大事なものを奪うから……!」

「あ、あぁああぁぁ……いやぁぁっ!」

 ルナリスの悲鳴が木霊する。

 その日、一人の王が亡くなった。

 

──これは、一生許されないルナリスの罪だ。

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