「決まったよ、例の権利」
「────っ」
辛い気持ちを堪えるように固く目を瞑り、黙って待つルナリス。
そんな彼女に告げる。
「俺が欲しいのは、土地だ」
「……そう」
ルナリスの口から重い溜め息がこぼれた。
大して表情は崩れなかった。だが、必死に堪えているのは見ただけでもわかる。震えるほど強く拳を握り締めて我慢していた。見ていてあまりにも痛々しい。
ルナリスは優しいからこそ、割り切れない想いもあるのだろう。
しかし、シンリが選ぶことを彼女自身が望んだ。ならばシンリもそれに応えるしかない。
「……それでは、私の領地から土地を──」
「それでさ、場所、指定していい?」
沈痛を押し隠すルナリスの言葉を遮った。
不安そうに表情が曇る。
「……どうぞ」
「俺が初めてこの世界に来たときに寝てた場所。ここみたいなところで、大きな木が一本だけ生えた場所があるんだけど、そこから家一軒分の土地を指定させてもらうよ」
「……はい?」
「だからさ……何だったっけ? あの、何とか草原?」
「ラシール原野?」
「それ! ラシール原野から家一軒分の土地をくださいな」
ルナリスが眉間に皺を寄せ、遠慮がちに挙手する。
「……ちょっといいかしら?」
頷き、発言を許可した。
「私はこれでも十二──いえ、十三人いる王の一人なのよ?」
「うん、わかってるよ? 俺もその一人だし」
「ファルカリアは、世界を約十二等分にした土地と国民を有しているの」
「まぁ、そうだろうね」
「……正確にはもっと少ないけど」
と、小声でひっそりと付け加える。
「きっと、どちらも貴方の考えている数十倍か数百倍、あるいはもっと多くを有していると思うわ」
「というか端から予想もできないけどね」
「そして、一つのキングゼロでの勝敗で動く権利の規模もまた、貴方の予想を遥かに上回っていると思う」
「へぇ、そりゃ凄いな」
「それで、だから……」
ルナリスが一瞬言い淀んだ。
深く息を吐き出し、意を決した様子で言った。
「仮にラシール原野を全部指名されても、まだ足りないということよ」
「まぁ、そうだろうね」
「貴方が言っているのは、得られた権利のほとんどを拒否するようなものなの。わかっているの? 貴方も王の端くれなのよ? 奪えるものは全て奪い、自国をより豊かにすることが王の義務なの。本当にわかっているの?」
ルナリスが物凄い剣幕で詰め寄る。
シンリは気圧され、思わず後退った。
「いや、俺、国民どころか一緒に住む人もいないから、そんなに広いスペースはちょっとね。必要ないっていうか、持て余すっていうか……むしろ邪魔になる。広過ぎると落ち着かないしさ。やっぱり俺、王なんて向いてないんだよ」
「だけど今後──」
「いや、俺はいつか元の世界に帰るんだし、王になる気はこれっぽっちもないよ。あっ、帰るときには、ちゃんと奪った土地も返すから安心して」
シンリは、えっへんと胸を張った。
この案ならばルナリスに──ファルカリアにあまり損害はないはず。移動の手間が掛かる国民とは違い、土地なら返すのも簡単だろう。これで心置きなく借り受けられるというもの。
ひとまずの居場所も得られるので一石二鳥だ。
だが、暴走でもしているかのようにルナリスが止まらない。
「けれど、それじゃあ私の気が済まないわ! 私は嫌がる貴方を無理矢理戦わせた。そして、正々堂々と戦って負けたの。貴方にはもっと得る資格も権利もある」
もっと要求しないと引くに引けないようだった。
(わざわざ自分の首を絞めることを言うなんて、不器用というか生真面目というか……)
どうしたものかと、妥協点を探す。
「あっ! だったらさ、代わりに家を建ててもらえないかな? ルナリスの国の大工に頼んでもらってさ。費用はそっち持ちで。これでどう?」
「……でも」
ルナリスはまだ納得できずに渋る。
仕方ないと、シンリは言葉を続けた。
「まだ納得いかないっていうんなら、可愛い女の子──メイドの子たちをもらってもいいんだよ。言っとくけど、俺に甲斐性はないから幸せにしてあげられないけど、それでもいいの? 俺のハーレムができちゃうよ?」
なははっ、と大きく笑っておく。
もちろん冗談だ。半分は。
ルナリスは口を噤んだ。
まだ不服の拭い切れていない様子を見て、シンリはまた一つ冗談を重ねる。
「ちなみにハーレム要員は、ルナリスとシルファも大歓迎ですよ」
こちらはさすがに混じりっ気なく冗談だった。もしもこの場にシルファがいれば、間違いなく鉄拳が飛ぶだろう。想像するだけでわずかな緊張が走った。
ルナリスは微笑み、
「そうね、それも悪くないかもね」
と返した。
「うぇぇぇぇっ!?」
「ふふっ。冗談よ」
「わ、わかってるよ!?」
そんななんてことないやりとりが嬉しく、自然と笑みがこぼれた。
「なははっ」
「ふふっ」
シンリが笑う。
一緒にルナリスも笑う。
戦いは終わったのだと実感した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!