そこは、何もない闇の中。
そこは、何も見えない混沌とした空間。
深い闇の中、たゆたう。
流れに身を任せる形で。
まるで夜の海に浮かんでいるかのように。
徐々に意識が回復し、ゆっくりと目を開ける。
同時に、声が聞こえてきた。
【お前の名前は?】
いや、声ではない。耳に届くものではなく、頭の中に直接響くものだった。
そんな声ではない声の問いに答える。
「俺は──シンリ」
ふと、自分の名前に言いようもない違和感を覚えた。
言い慣れたはずのものとはどこか違うような、そんな感覚である。
だが、違和感はまるで溶けるようにやがて何も感じなくなった。気のせいだったのだろう。
【──シンリ、お前は選ばれた】
「選ばれた? 俺が? 選ばれたって、何かの懸賞に当選したとか? 何が当たったの? もしかして世界一周旅行とか?」
あまりにも唐突で、何に選ばれたのかもわからないが、選ばれたというその言葉だけで心が弾んだ。
対照的に謎の声は淡々と告げた。
【お前は、王に選ばれた】
「王? って、どういうこと?」
【世界の王たる器だと認められ、王位が与えられる。そして王同士の戦い、キングゼロへの参加が認められた】
「キング、ゼロ? えっと……ゲームか何か?」
いくら説明を重ねられても、シンリの頭では理解の外だった。
首を傾げることしかできないでいると、謎の声は無視して話を続ける。
【ルールを説明する。お前を含めた十三人の王たちに戦い合ってもらう。ただの戦いではない、奪い合いだ】
「奪い合いって……何を?」
【それぞれが持つ三つの財──地、民、宝。その三つを賭けて、死力を尽くして戦ってもらう。勝者には、指定した財を敗者から最大三分の一奪う権利が与えられる】
「ははぁん、なるほどね、そういうイベントなわけか」
自分なりの解釈で納得する。
そう考えれば、大袈裟な言葉選びも自然と聞き流せた。
「それで俺は、そのイベントの出場権が懸賞か何かで当たって──って、そんなの応募したっけ? まぁいいや」
謎の声が答えない以上、考えてもわからない。
訂正されないのだから間違ってはいないのだろうと、疑問を保留する。
【戦うのは好きなときで構わない。好きに申請し、好きなように戦え】
「好きなようにって……休むヒマないじゃん」
【他の国の王と『同盟』を組むのも有りだ】
謎の声は、なぜか同盟という言葉を強調した。
【ただし、民を戦わせることは決して許されない。戦う資格を持つのは王だけである】
「つまり残りの十二人に気をつけたらいいのか」
【キングゼロには、各王に一つの武器が与えられる。その武器はそれぞれに特性があり、優れた力を持つ。その力を使いこなせ】
「武器? ガンシューティングみたいな感じ?」
やはり答えなかった。
【戦いは相手が降参するか、戦闘不能にすれば勝ちとなる】
「なるほど。降参させるか倒すかね。だったら倒す方が簡単だよな」
ふと、あることを思いつく。
「そういや、勝ったら何かもらえたりするの? 賞品的な」
すると、今回は謎の声もまともに答えた。
【他の王たちを下し、戦いに勝利した者は、世界を統べる王となる】
偶然かもしれないが、初めて会話が成立した。そんななんてことない嬉しさを盛大に噛み締める。
だがすぐに喜びは溶けて消え、疑問へと形を変えた。
「世界の王って? それになったら何かあるの?」
王になって王を目指す。その二つの違いは何となくわかる。国を統治する王から、世界そのものを統治する、言わば王の中の王になれということで、そうなることが目的のゲームなのだろう。
しかし、そんな肩書きが賞品だと言われてもモチベーションは上がらない。
すると、謎の声はハッキリとこう言った。
【欲するものは全て得られるだろう】
思わず息を呑む。
けれど、さすがに大袈裟に言っているだけだろう。
「それってつまり、今後のそのイベント会場での優待券みたいなものがもらえて、それで何かご奉仕してもらえるってわけか」
訂正は入らなかった。
【さらに、どんな願いも一つだけ叶えられる。どんな願いでもだ】
「マジで!? どんな願いでもって……大きく出たな。そういえば、願いを叶えるとかってテレビの特番が正月とかにやってたな。あんな感じか」
さすがに大袈裟に言っているだけだろう。話半分に聞いておく。
どちらにせよ、シンリは俄然興味が湧いた。
「それで、その戦いってどうやったら終わるの? やっぱり全員倒したら?」
【世界の王となるのは、全てを背負いし者である】
やけに回りくどい言い方だった。シンリの投げ掛けに、答えているのか答えていないのかもわからない。
「……つまり、さっき言ってた宝とかを全部集めろってこと? それはまた随分と長期戦になりそうだな。だけど楽しそうだ」
大変そうだからこそ燃える、とシンリは胸を躍らせる。
深く考えずに力強く頷いた。
「よっし、参加する!」
そう答えると、謎の声が小さく溜め息を漏らした気がした。
けれど続く言葉は今まで通り、感情など微塵も感じさせぬものだった。
【ならばもう一度名乗れ、お前の名前を】
そのとき、異様な緊張感が走る。
だがそれが言いようもない高揚感へと姿を変えた。
心の思うままに、答える。
「俺の名前は──シンリだ」
次の瞬間、何も見えなかった暗闇の世界に一筋の光が差した。まるで光に向かっているかのように、光は次第に強く大きくなっていった。
「うっ、眩しい……」
不意に謎の声が最後に告げる。
【戦え、シンリ。お前がこれから行く世界クローヴェリアの王となるために】
聞き慣れぬ言葉が紛れていた。
それを理解するよりも早く、
【勝て、この果てしなく続く終わりなき戦いに】
謎の声は次第に小さくなっていき、
【そして──……】
その言葉を最後に、完全に聞こえなくなった。
シンリの意識も静かに薄れていき、やがて完全に消えてしまう。
意識が深いところへと沈んでいく。
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