キングゼロ

〜13人の王〜
朝月桜良
朝月桜良

ルナリス・ファルカリア

訳あり

公開日時: 2022年2月6日(日) 12:00
文字数:1,896

 微睡みの中から意識がゆっくりと浮上する。

「……んぁ? あれ? ここは?」

 寝惚け眼を擦り、辺りを見回す。

 自分の部屋ではない。けれど見覚えがある。

「あぁ、そっか……何とかって国の……」

 大きな欠伸をして頭を働かせる。

 頭を掻きながら現状を再確認した。

 

 ここはクローヴェリアという世界。

 ここはファルカリアという国。

 ここはファルカリアの城内にある一室。

 そして明日──今日、王であるルナリスと戦う。

 

 正確な時間まではわからないが、目が覚めたということは朝なのだろう。

 ベッドから起き上がり、ややふらつく足取りでドアの前まで行き、ドアノブに手を掛ける。当然ながら、びくともしない。

「まだ閉まったままか」

 仕方なくベッドまで戻って腰掛けた。

 座るや突然、ぐぅぅぅ、と腹が寂しげに音を鳴らす。

「誰かー、俺、腹減ったよー」

 待っても返事はなく、誰も来ない。

「ねぇ、ちょっとー、誰かいないのー? 何か食べ物持ってきてよー」

 やはり返事はない。

「まさか……戦いがどうのとか言っといて、俺を飢え死に──」

「うるさいっ!」

 唐突にドアが大きな音を立てて開かれる。

 現れたのは苛立ちを露わにしたルナリスだった。

「おはよう、ルナリス」

「うるさいと言っているでしょう。まったく。ほら、食事よ」

 持っていたトレイをテーブルの上に置いた。ガチャンッ! と乱暴な音が響く。

 目が合うなり、ルナリスは顔を背けた。

 トレイの上には、湯気の立ち込める料理が盛られた皿が乗っている。

 思わずシンリはもう一度腹を鳴らした。

「これ、食べていいんだよね?」

「どうぞ。毒が入っているかもしれないけどね」

 ルナリスは口の端を上げ、意地悪な笑みを浮かべる。

 しかし、言い終える前──どうぞ、と言われたときにシンリは食べ始めていた。

「はぐっ……むぅ?」

 パンパンになるまで口の中に料理を詰め込んだまま、首を傾げる。

 ごくん、と一気に飲み込んだ。

 腹を軽く叩き、異常がないことを確認する。

「何ともない。大丈夫だったよ」

 なははっ、と笑う。

 シンリの顔と、ティーカップの破片が拾い集められたトレイを見て、ルナリスは気まずそうに顔をしかめた。


「悪いけど、キングゼロまではこの部屋で大人しくしていてもらうわ」

「キングゼロねぇ。それってどこで戦うの?」

 ルナリスは訝しげにシンリを睨んだ。

「それは本気? それとも下らない冗談?」

「本気」

 ルナリスは深い溜め息を漏らす。

戦闘空間リアードと呼ばれる異空間よ」

「戦闘空間? 異空間?」

「キングゼロは、その戦いのためだけに創られた異空間の戦闘空間で戦うの。異空間とは言っても、あまり現実と遜色ないけれど」

「へぇ。どうやって行くの?」

「キングゼロ開始時刻になると、昨日の申請と同じように開始が告げられるわ。そのときに名乗りを上げるのよ。そうしたら勝手に送られるわ」

「ってことは、俺の場合は──」

 食事の手を止め、立ち上がって肩幅に足を広げる。

 小さく深呼吸し、唱えた。

「キングXIII シンリ、キングゼロ!」

 教わった通りにやった。

 当然のように何も起こらない。

「言っておくけど、キングゼロまではまだ時間があるから、今やっても無駄よ。それと声に出さなくても、心の中で唱えればいいの」

「わ、わかってるよ?」

 嘘である。まるで本気で戦隊モノの変身ポーズをやって、それを誰かに見られてしまったような恥ずかしさだった。

 羞恥を誤魔化すためにも食事を再開した。

「……昼食もまた持ってきてあげる。それを食べ終えたくらいにキングゼロは始まるわ」

──キングゼロがもうすぐ始まる。

 その事実を知り、手が再び止まった。

「それまではこの部屋で大人しくしていなさい」

 ルナリスは昨夜のトレイを抱え、踵を返した。

 早々に立ち去ろうとする彼女に、シンリは何度目かになる返答をした。

「俺は戦わないよ」

 ルナリスは振り返らず、足を止める。

 一瞬だけ顔を見せた無音が、続く会話を異様なまでに響かせる。

「どうして?」

「俺には戦う理由がない」

「民のため」

「言ったろ、俺はこの世界の人間じゃない。国民なんて最初からいないよ」

「それじゃあ──負けて」

 音も立てずにドアが閉まった。

 静まり返る室内。

 だが、静寂の中で残り続ける重い声があった。

 

『──負けて』

 

 そのたった一言が、いつまでも消えない。

 シンリはぼんやりと天井を見上げた。

「民のため、か。それに……負けて、ねぇ」

 ぽつりと呟く。

 彼女が残した言葉の重みがシンリに圧し掛かる。どんな気持ちで言ったのか計り知れない。

 同時に、違和感を覚える。果たしてルナリスは、いくら大事な戦いとはいえ、そんなことを言うだろうか。


 何かあるのかもしれない。

 王である彼女が抱えている、何かが。

 あるいは彼女自身が抱えてしまった、何かが。

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