だが、ルナリスは憂いの表情を浮かべた。
「確かに許せない行為だけど、ルールを破ったというわけじゃないの。軽蔑することはできても、責めることはできない……」
どうにか搾り出したような声だった。
必死に王であろうとする彼女の代わりに、何の気負いもないシンリが答えた。
「関係ないよ。大事な人たちに酷いことをされたんだから」
「けれど、それは私情よ」
「私情でもいいじゃん。向こうだって私情で俺を指名してくるんだ。だったら、私情同士の戦いをすればいいだけだよ」
「そんなこと……」
ルナリスは目を伏せてしまう。気持ちが揺れているのが見て取れる。
「それに、何も仇討ちをしようって話じゃないよ。正々堂々と戦って、勝つ。それで奪われた人たちを取り返す。それだけ」
「それだけって……」
「キングゼロってそういうものなんだろ?」
ルナリスは私情だからと自分の感情を抑え込んでいるが、どんな想いを抱いていたとしても、倒した相手から奪い取るというキングゼロの是に則っている。
これこそキングゼロの在り方そのものなはずだ。
しかし、それでもルナリスは頷かなかった。
「それではシンリに申し訳ないわ。本来、この件に貴方は関係なかった。私のせいで巻き込まれたようなものだもの。それも、貴方が嫌う形で」
シンリが戦うことを嫌がっていると一番知っているルナリスだからこそ、憂いが晴れないのだろう。
その気遣いは素直に嬉しい。もちろん戦うのは嫌だ。だけど、今回だけは別である。
「そんなの別にいいよ。これは元々、俺が買った喧嘩なんだから。……あれ? 俺が間違って売ったのかな? まぁ、どっちでもいいや。ヴァンテとの戦いは、最初からなるようにしてなったんだよ、きっと」
その言葉がキッカケとなった。
「……それもそうね」
ふっと、ルナリスから醸し出されていた柔らかな雰囲気が消える。
シンリの目と、ルナリスの目が合った。
「どちらにしてもシンリは、今後も戦うことになるでしょう。それも近いうちに、否応なくね。貴方が十三番目の王である限り、ずっと」
重みのある言葉がシンリの胸に突き刺さる。
「改めてそう言われると億劫だな……なはは……」
自然と乾いた笑いがこぼれた。
ゆっくりと深く息を吐き、一緒にネガティブな考えも吹き飛ばす。
「まぁでも、俺なんかに勝ったところで大してメリットもないし、すぐにみんな飽きるんじゃない? ほら俺、民とか宝とか持ってないし」
所有しているのは精々、今回勝ち得た家一軒分の小さな土地くらいのものだ。キングゼロは奪い合うのが目的の戦い。わざわざそんな小規模なものを目的に、戦いを仕掛けてくるようなこともないだろう。
ヴァンテとの戦いを見ることで、興味が失せるかもしれない。
上手くいけば、次の戦いが終わればもう戦わくて済む。
「それにもし戦いを挑まれても、すぐに降参すればいいだけだろ。だって俺には、他の王たちと戦う理由なんてないんだから」
戦う意志すらなく、勝って得られるメリットもない相手を、何度も指名する物好きはいないと信じる。
「そうね……」
ふと、ルナリスが言葉を詰まらせた。人差し指を顎に当て、何やら考え込んでいる。
スカイブルーの瞳でシンリを見つめた。
「シンリはこれからどうするか決めているの?」
「それは……」
腕を組み、唸りながら深く考え込んだ。
今後どうするか、全く考えなかったわけではない。異世界に来てしまい、帰り方がわからない。自分にできることは帰る方法を探すか、諦めてこの世界に住むか。諦めるのは最終手段として……帰る方法と言っても皆目検討がつかない。そもそも本当にそんな方法があるのかもわからない。
今言えることは一つだけだった。
「元の世界への帰り方がわかるまでは、これから建ててもらう家に住むことになるかな」
そのために建ててもらう家なのだから。
「私としてはずっとこの世界にいてもらっても構わないけれど……やっぱりすぐにでも元の世界に帰りたい?」
考えるまでもなく、シンリは遠慮がちに頷く。
「すぐにでもってほどじゃないけどね。ただまぁ、なるべく早く帰らないと。もしかしたら家族が心配してるかもしれないから」
一日二日程度ならまだしも、数か月、数年となると問題だろう。警察沙汰にもなるかもしれない。そう考えるとあまり悠長にもしていられない。
「それに、妹の世話もあるからさ」
「シンリにも妹がいたの?」
「まぁね。父さんと母さんは忙しい人だから、俺がやらないと」
「そう。だったら早く帰らないとね」
ルナリスは少し寂しそうに笑う。
彼女の反応に申し訳なさを感じる反面、嬉しさを感じた。
顔が綻びそうになるのを静かに堪えるシンリを尻目に、ルナリスはまた何やら難しい顔になっている。
「それでなんだけど、シンリには元の世界に帰る当てはないのよね?」
「うん。異世界に来たなんて夢みたいな話だし、どうやって来たのかもわからないから、帰る方法も全然わからないや」
何の手掛かりもない。完全に手詰まり状態だ。
するとルナリスはたった一つの希望を示す。
「シンリはキングゼロのこと、どこまで知っているの?」
「どこまでって……長年続く王同士の戦いで、勝ったら相手から宝か、土地か、国民のどれかを最大で三分の一奪えるって──……あれ?」
ふと、疑問が頭をくすぐる。
(シルファの話だと、キングゼロってもう数百年は続いてるんだよな? だけど、いくら大事な戦いって言ったって、さすがに長過ぎない?)
すでにいくつかの国が負けたというならまだしも、国の数はずっと変わらず十二。
勝敗による奪い合いで多少の変化はあるのだろうが、シンリから見て、キングゼロはあまり進展しているようには思えなかった。一進一退を繰り広げているのかもしれないが、だとしたらいつまでも決着はつかない。
(……いや、そもそも勝つことで奪えるっていう、最大三分の一って……)
疑問が違和感へと切り替わる。
何かがおかしい。
大きな見落としがあることに気付いたような気分だった。いや、実際そうなのかもしれない。
引っ掛かる何かを懸命に引き上げる。
そして、ある真実に辿り着こうかという瞬間、
「その目的は?」
「──え? 目的? あぁ、そういえば……」
不意に声を掛けられ……というより、話を本題に戻された。
話の途中だったことを思い出した。と同時に、ルナリスの問いで、今の今まで考えていたと思われることが逃げるように霧散してしまう。
(あ、あれ? 何だったかな? 何か大切なことだった気がするんだけど……うーん、思い出せない。まぁでも、忘れたってことは大したことじゃないのかな? 本当に大切なことだったら、いつか自然と思い出すよな?)
思い出せないことは諦め、改めて記憶を探る。
キングゼロで戦う目的とは。
こちらはどうにか掴み取った。
「──世界の王になること」
ルナリスは大きく頷いた。
だが「もう一つ」と付け加える。
「世界の王になったら、どんな願いでも叶うと言われているわ」
「そういえば、そんなことも言ってたな。すっかり忘れてた」
話半分にしか聞いていなかったので、聞いた事実すらも抜け落ちていた。言われなかったら思い出せなかっただろう。
「えっ!? もしかしてあれって本当だったの!?」
ルナリスがこくりと頷く。
信じられない。いや、今なら信じられるかもしれない。少なくても、ルナリスの言葉なのだから信じるしかなかった。
「だからね、思ったんだけど──シンリが元の世界に帰るには、世界の王になって、元の世界に帰るっていう願いを叶えてもらうしかないんじゃないかしら」
「あっ」
どうにか話を飲み込むなり、逆に現実に呑み込まれた。
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