音が収束し、嘘のような静けさが戻る。
ルナリスの荒れた呼吸音だけが聞こえていた。
大技を放った疲れが全身に重く圧し掛かっている。
爆発の余韻で、まだ大気が痺れていた。
一瞬にして、辺りを焼け野原に変えてしまった。
真っ黒な爆煙と煤けた砂煙が舞い上がり、視界が遮られている。それでもルナリスは、シンリが飛ばされた方向から目を逸らさなかった。
バサッと、風で靡く後ろ髪を手で払う。
「……縮」
呼吸を整えつつ、先端が地に着いたままの槍を元の長さに戻した。
シンリがいるであろう方向に歩き出す。
「大丈夫、威力は抑えたから死にはしないわ。大して怪我もしないでしょう」
ルナリスは勝利を確信していた。
爆発は見た目こそ派手だが、焼いた規模などは大したことない。どちらかといえば、爆風の方が凄かった。シンリを軽々と吹き飛ばしてみせた。それがルナリスの目的だった。威力を加減し、爆発ではなく爆風による攻撃。シンリが極力、怪我を負わないように。それでいて、今回のルールでは最も勝率の高い方法。
「まったく、貴方には驚かされっぱなしよ」
今までのことを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
数えきれないほど驚かされてきた。あるいは、呆れの方が多かっただろうか。
怒りもしたし、泣きもした。それらに負けないくらい笑いもした。
これほど様々な感情を味わったのはいつぶりだろう。
まだ一日しか経っていないのに、思い返すととても長く感じられた。
「今の攻撃、後ろに跳んで直撃を避けたでしょう。そして反射的に、剣を盾にして防ごうとしたはず。すると握られた剣は爆風に耐え切れず、貴方の手を放れて吹き飛ぶわ。つまり──私の勝ちよ」
まだ煙る爆心地の手前で立ち止まる。
煙は次第に晴れていき、仰向けで倒れるシンリの姿が露わになった。
シンリはぴくりとも動かず、何も喋らない。だが、死んでいないことは呼吸で胸が上下していることからも窺える。
見える範囲に大した外傷も見当たらない。あるのは精々、地面を転がった際にできたのであろう軽い打撲や擦り傷だけ。
怪我の有無を確認し、人知れず胸を撫で下ろす。
「シンリ、貴方はよく戦った。初参加でここまでやれた例は少ないわ」
構えていた槍先を下ろし、改めてシンリに向かって歩き出した。ルナリスの位置からでは、勝敗を決めるサクトゥスの有無がちゃんと確認できないためだ。
一歩、また一歩と近付いていく。
「普通なら、この空間での動きに慣れず、慣らし切る前に負けてしまう。だけど貴方は戦いの間に慣らし、私の攻撃を幾度となく躱して、善戦してみせた。それだけでも称賛に値するわ」
自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……相手が私だったから、というのもあるのかもしれないけれど、誇りなさい。初参加で善戦してみせたと」
サクトゥスの有無がわかる距離で立ち止まった。
右手に刀は握られていない。
周囲を見回すが、どこにも転がっていなかった。
もしもあの爆風で吹き飛ばされたのなら、近くに落ちていなくとも不思議はない。どちらにせよ、シンリの手に握られていなければ戦いは終わりだ。
再び歩き出し、シンリに近付く。
地面を転がった拍子に身体の下に潜り込んだらしい左手を確認し、憂いなく確信している勝ちを本物にするために。そして、気絶しているシンリを起こし、自ら勝ち名乗りを上げるために。
これでルナリスの、
「だけど残念ながら」
勝ちが、
「今回は」
決まる、
「私の勝──」
はずだった。
「油断大敵火の油ってか!」
不意にルナリスの声が遮られた。
二人の距離が二メートルにまで近付いたところで、シンリは右手で地面を叩くように押し出して一気に飛び起きる。
「なっ!?」
突如として起き上がったシンリに驚きながらも、ルナリスは咄嗟に後ろへ跳んで距離を取り、構えようとした。だが、一瞬遅かった。シンリは立ち上がると同時に、下がろうとするルナリスに飛び掛かる。
槍を獲物とするルナリスが得意とする間合いよりも近くまで、すでに踏み込んでいた。
刀の──シンリの間合い。
「決めるぜ! はぁぁぁぁッ!」
左手で持っていた刀を振り上げ、ルナリスの持つ槍に思い切り振り下ろす。
激しく金属音が打ち鳴らされ、手だけではなく全身を痺れさせた。
ルナリスはその一撃を、構え不十分のまま弾かんと応戦する。
下に向かう力と、上に向かう力がぶつかり合う。
だが、両者の力は拮抗していなかった。
シンリの一撃が思ったよりも軽い。利き手ではないせいか、はたまた先ほどのダメージのせいか。どちらにせよ、無駄な足掻き。
「甘いと言っているでしょう!」
槍を一気に振り上げ、シンリの一撃を弾き返す。
破裂したような衝撃が走り、火花が散った。
弾かれた衝撃に押され、シンリの身体が回る。シンリはその回らんとする力に抗わず、むしろ身体を捻って自ら回転しようとしていた。
ルナリスはここぞとばかりに後ろへ下がり、体勢を立て直そうとする。
しかし、シンリはそれを許さなかった。
「だぁぁぁぁッ!」
反時計回りに回転するシンリは、一周して正面向きになろうかという瞬間、回りながら軽く真上に跳んだ。高さはない。現実での跳躍程度だ。だがしかし、回転の力が加わり、猛然たる勢いがある。
ふと、あることに気付いた。
シンリの持っていた刀は、回っている間に左手から右手へと持ち替えられている。
利き手である右手に握られ、振り上げられた刀。
回転により生まれる勢い。
瞬時に二つの状況が重なり合い、嫌な予感が駆け抜けた。
シンリは力いっぱい刀を握り締める。
まるでどんな衝撃が訪れても、絶対に落としてしまわぬように。
それが意味することを察したが、すでに遅かった。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇッ!」
シンリは振り上げた刀を、全力で振り下ろす。
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