【キングゼロ、終了】
再び眼前に文字が浮かび上がる。
これで本当の意味で戦いは終わったのだろう。
「これって自動で帰れるの?」
「ええ。もう少ししたら、元いた場所に戻されることになるわ」
「というと……あの部屋か」
戦闘空間に来る前までいた、謁見の間。
今もシルファは謁見の間で、重苦しい空気の中、ルナリスをの帰りを待っていることだろう。
戦いの末、ルナリスとはすでに和解している。しかしながら、シルファとは喧嘩別れをしたような状態のままだ。帰ればまた一悶着あるだろう。
「……嫌だな」
考えただけで気が重くなり、肩を落とす。
「安心して、みんなにはちゃんと説明しておくから。もちろんシルファにもね」
「シルファが許してくれる気がしないんだけど……」
「あの子に何かしたの?」
「いや、したというか……してはいないけど……」
言葉を濁しながら思い返す。
ルナリスはじっとシンリの顔を見つめ、微笑んだ。
「大丈夫、きっとわかってくれるわ。あの子はとても優しい子だから。シンリにも気を許していたことだし」
「……あれで?」
怒られたり殴られたりした記憶ばかりがフラッシュバックする。
「まぁいっか。今後、ルナリスとは戦う気も敵対する気もない。それならいつかわかってもらえるだろ」
せめて殴られなければそれでいい……、と心の中で苦笑する。
「それに、俺の存在を知ってるのってルナリスたちだけだし。他の王たちは俺のことを知らないわけだから、帰る方法が見つかるまで大人しくして、気付かれずに済めば戦うこともない。ほら、大丈夫!」
そう自分に言い聞かせる。
するとルナリスが「えっ?」と驚きの声を発した。
「……あの、シンリ?」
「ん? どうしたの?」
「言い辛いのだけれど……貴方の存在はすでに他の王たちに知られているわ」
「──は?」
すぐにはルナリスの言葉を理解できなかった。
それなのに、顔中から汗が溢れ出る。
「……どういうこと?」
「キングゼロはね、観戦もできるの。今まで存在しなかった十三番目の王であるシンリが参加しただけあって、今回の戦いは王の全員が観戦しているわ。存在どころか、どんな人間か、どんな戦い方なのかも知られているでしょうね」
「なぁっ!? 嘘だろっ!?」
「それに今も──」
『今も見ておるぞ』
ルナリスの声を遮り、誰かの声が聞こえてくる。
普通の声ではなく、薄壁の向こうから聞こえてくるような、どこかくぐもった声だった。
シンリは声の聞こえた方に目を向けるが、
「あれ? 誰もいない」
「いいえ、いるわ。いる──という表現が正しいかはわからないけれど。私たちからは見えないけど、この空間には他の十一人の王が全員いる。今の声は──」
『吾輩の名はカドラ。カドラ・アイオール』
また声がした。
低く重い、威厳を感じさせる声だった。
声からして男なのは間違いない。正確な年齢はわからないが、しわがれた声質からそれなりの歳だろうことは窺える。
『お主はシンリだったな。今後もよろしく頼もう』
「え? あ、よろしく……」
つい見えない相手を探してしまい、声のする方に頭を下げた。
目には見えないカドラが愉快そうに笑った。
『ガッハッハッ! 面白い男ではないか』
『面白くないだろ、こんなガキ』
ふと、また別の方向から違う声がする。
今度も男性のようだが、こちらはまだ若そうだった。
シンリは反射的に目を向けるも、当然ながら誰もいない。
二方向から声がするのに誰もいないとは、何とも奇妙な現象だった。
『ヴァンテの小僧か』
『僕を小僧呼ばわりするな!』
『お主など、小僧で十分であろう?』
『うるさい! 黙れ、屑爺!』
ヴァンテという王を小僧呼ばわりするカドラ。
カドラを爺呼ばわりするヴァンテ。
年齢まではわからずとも、二人がどういう人物で、どういう関係なのかは容易に検討がついてしまう。
「えっと……カドラと、ヴァンテ」
姿こそ見えないが、それぞれの声がする方を向きながら名前を繰り返す。
視線を向けられたことが不服だったのか、はたまた呼び捨てが気に入らなかったのか、ヴァンテが鋭い声を発する。
『お前、何を睨んでいる?』
「いや、睨んでないよ」
刺激しない程度に素っ気なく返すと、ヴァンテは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
空気がまるで汚染されたみたいに重くなった。
気にせずカドラが声を弾ませる。
『それにしても此度のキングゼロ、実に良き戦いであった』
ガッハッハッ! と豪快に笑う。
険悪な空気はそれだけで多少は払拭された。
「えっと……ありがとう?」
「光栄です、カドラ王」
ルナリスはドレスの裾をつまみ、小さくお辞儀する。
だが、横からヴァンテが噛みついた。
『どこが良い戦いだ。十三番はサクトゥスの力を使わず、屑女に至ってはそんな相手に力を使いながらも負けた。ひどく稚拙な、見苦しい戦いだったじゃないか』
ヴァンテの悪辣な言葉に、恐らく彼がいるであろう場所をルナリスが睨んだ。まるで親の仇を見るような鋭い眼光である。
険悪な雰囲気に、シンリは彼女とヴァンテの間に割り込んだ。
「俺はこいつを使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ。手に入れたばっかりだから、使い方を知らなくて、能力があるのかさえわからないんだ。ルナリスはそんな俺に合わせてくれたんだよ。間違ってもルナリスが弱かったんじゃない」
『そうだ、お前は弱い。だがそんなお前に負けたのは、屑女も弱かったからだ』
「だから弱くないって! お前なんかより、絶対に」
『何だと? ふざけるな!』
「とりあえず、その屑女ってのを訂正しろ!」
『屑な女を屑女と呼ぶのは当然のことだろう』
言い合っていると、カドラがわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
『そんなだからお主は小僧だというのだ』
『何だと!? お前、僕に負かされたいのか』
『構わんぞ? 吾輩はいつでも、誰の挑戦をも受けよう。全力で相手をする』
そのたった一言が、大気をこれでもかと震わせた。
何も見えない場所から、圧倒的な迫力が発せられている。
『くっ……』
ヴァンテはばつの悪そうな声を漏らし、黙り込んだ。
場が一瞬の静寂に包まれる中、ふふっとルナリスが笑う。彼女にしては珍しく、明らかな嘲笑だった。
『おい、屑女。今僕を笑ったな?』
やや高めなヴァンテの声が低く絞られる。
さすがは王の一人と言うべきか、姿は見えずともヴァンテもまた、殺気や威圧感をこれでもかと発する。
だが、ルナリスもまたさすがと言える。多少の恐怖を覚えるシンリに対して、震えるどころか全然臆していない。
「見間違いではないでしょうか」
さらりと言ってのける。
『ふんっ。屑女如きが僕を笑うなんて百年早いんだよ』
またもルナリスを屑女と呼ぶヴァンテに、シンリは無性に腹が立った。今すぐにでも殴り掛かってしまいそうなほどに。
拳を握り締めると、シンリを含めた全員を諫めるようにカドラが口を挟んだ。
『お主らは相変わらず仲が悪いのう』
『僕を屑女と一緒にするな。こいつが噛みついてくるだけだ』
「私も、六の王と一緒にされるのは我慢なりません」
ぴしゃりと言い放つ二人。どちらも引く気はない様子。
二人のそんな態度に、ふと違和感が浮上する。
(ルナリス、やけにこの人にだけ当たりがキツいような……)
和解するまでのシンリに向けていたような──いや、もっと刺々しい。何かあったのだろうかと、つい勘繰ってしまう。
それを察したのか、カドラが言った。
『十二人もおるのだ、相性の悪い者の一人や二人おるだろう。人それぞれ──いや、王それぞれに、考え方や価値観の違いがあるのだからな。おっと、今はもう十二人ではなく、十三人であったな』
好奇の視線がシンリを容赦なく突き刺す。
言わずもがな、視線を放つ存在はカドラだ。
『お主もこれからは王の一人となる。他の王と言葉を交わす機会もあるであろう』
いや、カドラのものだけではない。
もっと多くの視線。
『もちろん──』
カドラ、ヴァンテ、そしてルナリスと──……
もっとだ、もっといる。
一つ、二つ、三つ、四つ……
ルナリスたちを含め、
『戦うことも、な』
十二の視線がシンリを射抜いていた。
十三人目の王である、シンリを。
視線は全て好奇の、まるで値踏みをするようなものだった。
シンリはいくつもの威圧感や殺気など、凄まじい気迫にたじろいだ。
多くの強い感情に心が呑まれそうになる。
「シンリ、大丈夫?」
声を掛けられて我に返る。
「大丈夫。ありがとう、ルナリス」
「初めてだもの、無理ないわ」
『何だ、自分のときのことを思い出したか?』
ヴァンテの嘲笑うような声が耳につく。
堪らずルナリスが声のした方向を睨めつけた。
「……どういう意味?」
『言われなきゃ理解できないか? お前が初めて戦い、負けたときのことさ。惨めなものだったよな?』
「くっ……!」
『愚かな屑女には似合いの姿だった。ハハッ。今思い出しても笑えてくる』
不快な笑い声に、ルナリスの顔が苦々しげに歪む。
二人のやりとりを聞いていたシンリは、シルファから聞いた話を思い出した。
ルナリスとシルファの父親であり、先代のファルカリア王は、身分を偽った他国の王に暗殺されたのだと。
つまりこの場にいる姿の見えない王たちの中に、今もその犯人がいるかもしれないということ。
ある可能性が頭をよぎる。
──先代の王を殺したのはヴァンテではないだろうか。
ともすれば、これだけルナリスがヴァンテを敵視している理由にも頷けた。むしろそうとしか考えられないほどに辻褄が合う。
父親を失った姉妹の悲しみに暮れる姿が、
王を失い嘆き苦しむ多くの民の姿が、
脳裏をかすめていった。
その瞬間、シンリの頭の中が鮮血のように赤く染まった。
腹の奥底で猛火が暴れているかのように熱い。冷ます暇もなく──冷まそうともせず、むしろその熱を原動力として勢いに任せた。
「おい、ヴァンテ」
シンリの声が短い静寂を呼ぶ。
これでもかと圧力の込められた声が返ってくる。
『馴れ馴れしく僕を呼んだか? 出来損ない』
「確かに俺は出来損ないの王様だよ。けどそれはあんたもじゃないか?」
『何? 今、何て言った?』
ヴァンテの声が唸るように低くなった。
気圧されそうになるのを、地面を踏み締めることで必死に堪える。
誰もいないが、確かに存在している場所を睨み返した。
「あんたも俺と同じ、王に向いてないって言ったんだよ、ヴァンテ」
『――お前ッ!』
落ちていた刀を拾う。
改めて持ってみると、驚くほど軽く感じられた。身体能力が向上しているからだろう。その軽さが後押ししてくれているように思えた。
「さっきから他人をバカにしてばっかりで、小物っぽいぜ」
『いい度胸だ……っ!』
バチリと、二人の間で何かが弾ける。
『おい、出来損ない。シンリとか言ったか』
「何だよ、ヴァンテ」
目には見えないヴァンテが、ニヤリと笑ったように見えた。
『喜べ。次のキングゼロ、僕がお前を指名してやるよ。これが僕からの初参加、初勝利のお祝いだ。可愛がってやるから期待していろ』
キングゼロの指名に拒否権はない。
これでヴァンテとの戦いは避けられなくなった。
誰とも戦いたくないシンリからすれば最悪な状況である。
だとしても関係ない。
「シンリ……」
不安そうな表情のルナリスを一目し、
「へんっ! 上等だ!」
鞘越しの切っ先を、ヴァンテがいるであろう場所に向ける。
「あんたには負けない」
堂々とそう言い放った。
不思議と不安や恐れは感じない。
目と眼が合う感覚。
ヴァンテが大きく舌を打った。
『ガッハッハッ! よいぞ、二人とも。面白いではないか。やはり王とはそうでなくてはな。次のキングゼロも楽しみにさせてもらおう。その次は最年長である吾輩が、新たな王となったシンリの相手を願いたいものだ』
カドラの気迫が混じり、空気はさらに加熱していく。
触発されたのか、他の場所からも威圧感がシンリに狙うように発せられ、混沌とした雰囲気が漂った。
不意にシンリはある予感に胸を締めつけられた。
──近いうち、自分は全ての王と戦うことになるだろうと。
そのとき、熱を冷ますように、
【終了します】
という文字が浮かぶ。
途端に静寂が走り抜ける。
向けられた圧力が鳴りを潜めることはない。
突然、視界が暗転した。
続けて浮遊感に襲われる。戦
同時に、心臓を掴み離さなかった視線が一瞬で消え失せた。
それからはあっという間の出来事だった──。
こうして、シンリにとって初めてのキングゼロが幕を閉じた。
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