フレイルと話し合った翌日。
ヨーランとホランドをデメギニス級の艦長室に呼び出した。
ホランドはいつもと変わらずひょうひょうとしているけど、ヨーランはやや不機嫌そうだ。
マルレーネが、テーブルにカップを並べ紅茶を注ぐ。
「今日の紅茶はウバにしてみました」
「ありがとう」
マルレーネは丁寧に一礼して、壁際に控える。
ホランドが、マルレーネの方をちらりと見た。
というか、マルレーネの隣に立っている女を見たのだろう。
どう説明するべきか迷っていると、ヨーランが口を開く。
「ねえ。アンタさ、どうしてあんなもの用意してたの?」
「あんな物って?」
何の話かは予想がついていたけれど、私はあえて惚けた。
ヨーランはため息交じりに言う。
「戦艦を足止めするのにちょうどいいミサイルがあった……アタシはあんなの聞いてない」
「それは俺もだぞ。機密文章を見るまで、自分の船にあんなのが積んであるなんて知らなかった」
ホランドはなだめるように言う。
「アタシの方にはその文章も回ってきていない」
「……」
そりゃ、チェン傭兵団が裏切った時の保険だからね。ヨーランに教えるわけがない。
ホランドにも秘密にしていた。何かのタイミングで情報漏れするとマズいから。
ヨーランは真剣な目で私の方を見る。
「あれってさ、アタシのせいなの?」
「……」
ヨーランが言っているのは、チェン傭兵団がナニモ74にやってきた直後の話だろう。
あの「無届け演習」をやらかした件だ。
確かにあの時は、かなりマズかったからな。
隠しても仕方ないので、私は認める。
「あの件があってから用意した物なのは事実だけど」
「そうなんだ……」
「でも、もういいでしょ。今回は役に立ったわけだし……」
「敵には逃げられたけど」
「それは……私が指揮してる時のことだから、私の責任よ」
たぶん、あの戦場の主導権は敵に握られていた。
敵は、やろうと思えばもっと多くの船を私に差し向けることも可能だったはず。
その一方で、トゥシャール派が私に戦艦を貸す可能性もあった。
それをしなかったのは、私が断ったのもあるけど……なくてもギリギリ何とかなる範囲だったからだ。
敵の数があの二倍だったら、さすがの私も援軍を要請するしかなかった。
だから敵は、船の数をあの程度に抑えた。
そして、私に戦いを挑み、お互いに収穫がない引き分けにもちこんでから、帰った。
物量を用意して使い捨てにできるのは、アウジェレだから仕方ないとしても、カーリア29の艦隊は完全に手玉に取られていた。
……私がたどり着けない領域だ。
「相手の方が一枚も二枚も上手だったって知れただけでも、意味はある」
少なくとも、知らないまま再戦させられるよりはマシだ。
いや、再戦?
私はあんなのとまた戦うのか?
そんな状況になったら、絶対逃げるぞ。
「ちなみに、俺たちの方が裏切った場合の秘密兵器もあるのか?」
ホランドが言う。
「いらないでしょ。戦艦にどうやって勝つつもりなの?」
「それは……あのミサイルを使えば、なんとかなるだろ」
「……はぁ」
それが問題なのだ。
こういうのも、対戦艦用の装備の存在をホランド達に隠していた理由の一つだ。
明かしてしまった以上、今のままではいられない。
「あのミサイルはカーリア29で全部消費する。一発も持ち帰らないし、再配備もしない」
「わかった。俺はそれでいい」
ホランドは納得したように頷く。
逆にヨーランは、少し困惑していた。
「本当にそれでいいの?」
「何がいけないの?」
「いや、アタシはもう変なことしないけど、だからって、ああいう物はもういらない、ってわけにはいかないんでしょ?」
「それは……方法は、まだいくつかあるから」
どうせ出番はないと思っている。
それでも、念のため用意しないといけない。星系を運営するって難しいよね。
「ところで、話は変わるんだが。あれは誰だ?」
ホランドが指さす先。
部屋の端にメイド服を着たマルレーネが立っている。
その隣、スーツを着た目つきの鋭い女。年齢は私の一つ下らしいけど、大人びているようにも見える。
どうやって説明したものかな。
「名前はエリンよ」
「使用人を増やしたのか? まあ、それはあんたの自由なんだが……」
ホランドは、警備上の理由で気にしているようだ。
頻繁に出入りする人なら、情報を登録しておくとか、そういうの。
「アタシもちゃんと説明されてないよ。一時間ぐらい前に、急にこの船に乗り込んできたんだけど……」
ヨーランも少し困惑したように言う。
「あれは、フレイルの所にいた秘書官」
「それがどうしてここにいる?」
「フレイルといろいろ話し合って、貸してもらったと言うか、押し付けられたと言うか」
私が言うと、ホランドは微妙な顔になる。
たぶん「監視役」みたいな言葉を思い浮かべたのだろう。
ホランドは声を潜めるように言う。
「トゥシャール派やヤーフィン派にも、そういうのは派遣されてるのか?」
「さぁ?」
レティシアの所には、そんなのいなかったけど。
「領主から信用されていないのか?」
その辺り、何とも言えないんだよね。
「とりあえず、こっちに来て」
私が呼ぶと、エリンは隣のマルレーネの方を気にするようなそぶりを見せる。
「じゃあ、マルレーネもこっちに」
エリンは席に着く前に、丁寧に頭を下げる。
「チンジュカン・エリンです。エリンとお呼びください」
私もホランドとヨーランを紹介。
ホランドは、疑うような目を向ける。
「何のために来たんだ?」
「クルミアさんを補佐するためです」
「……本当に補佐とか必要なのか? そんなのナニモ74で手配できると思うんだが」
おいやめろ。
本当に監視役だったとして、それを本人に問いただしても意味ないだろ。
エリンは平然と答える。
「私を同行させれば、この星系で入れない所はありません」
「本当に? 反物質炉の中とかでも?」
ヨーランが余計なことを言うと、エリンはムッとしたように言い返す。
「揚げ足を取るようなことはやめてください」
「冗談は抜きにしても、入れない所ぐらいあるでしょ」
「私の権限で無理ならフレイル様に頼むまでです」
「それも通じない場所は?」
「カーリア29の中にはありません」
そうかな?
ヤーフィン派の艦隊に乗り込むのは、エリンの権限の外だ。
トゥシャール派の艦隊も、エルネストに話をつける必要がある。
傭兵施設には入れるだろうけど、面倒な手続きを避けられないはず。抜き打ち検査とかはできない。
ジャンプゲートのコントロールセンターとかも、エリンの権限では入れるだろうけど……。私の侵入をエリンが快く承諾してくれるかは微妙だろう。
ただ、それらを差し引いても……破格の待遇なのは事実だ。
私の要求をフレイルに直接伝えることができるホットライン、として使うこともできる。
ホランドは、エリンと私の顔を交互に見る。
「随分と権限を与えられているみたいだが、これは領主から特別に信用されている、と考えていいのか?」
どうなんだろう?
あ。あの件をまだ話してなかったな。
「実は、エリンの紹介で後回しになってたけど、今日呼び出した本当の目的は別にあるんだよね」
「別?」
「フレイルは、私を指揮官にして大艦隊を編成するって言ってた」
ホランドは一瞬ポカンとしたあと、慌てたように言う。
「待て待て。そういう大事な話は昨日のうちに教えてくれ。先の計画を立て直さないといけないじゃないか」
「まだ何も決まってないよ。あと、そんなに規模の大きな艦隊にはしない」
あちこちから引き抜いたら、不満が出るから。あまり大げさなことはできない。
だがエリンは言う。
「別に良いのですよ。防衛ラインさえ崩れなければ、残った船を全てを持って行っても……」
「いや、それはいらない」
予備の船がなくなったら、不測の事態に対応できなくなる。
「そういうことになってるから、連絡役を付けてくれたのかも?」
「……」
ホランドは無言で首を傾げる。
ヨーランも言う。
「それは、いくらなんでも信用され過ぎじゃない? 嫌な予感がするんだけど……」
「嫌な予感って?」
「たとえば、失敗したら全部の責任をアンタに押し付けるとか?」
「うーん……」
そういうのもあるか。
エリンが口を挟む。
「それは違うと思います。フレイル様は、クルミアさんを全面的に信用しているようです。そこに裏はありません」
そして、私を挑むように見る。
「もっとも、私はあなたを全く信じていませんがね」
「……」
おかしい。
なんか好感度が低いな。
私、まだこの人の前では、何も悪いことはしてないはずなんだけど。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!