バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.21「中途半端な自信なら失った方が身軽でよかったりする」

公開日時: 2021年2月5日(金) 18:41
文字数:6,348

風陣ふうじん……螺旋らせんッ!!」

 

 スナは抜刀した切っ先を螺旋状に回し、自身の身体も捻りながら飛び上がった。左足、左脾腹ひばら――硬いはずの表皮があれよあれよと斬れていく。

 

――やっぱスナの攻撃力はバケモンだッ!

 

 リンドウはスナとは反対側――愚魔の右側に回り込んだ。

 

「術発動ッ! 銀盤廻スクラッチ!」

 

 右手の人差し指と中指をまっすぐ合わせ、愚魔の右足に触れた。瞬間ピタりと止まる大きな身体。

 

「うおらッ!」

 

 隙を逃さずに右目に含魔銃ガンマガンの弾丸を撃ち込むリンドウ。そして、スナももう一太刀入れた。

 

 

「ちょっと! 崖にまで誘導するって作戦は!?」

 

 エマが遠くから叫ぶ。これには横にいたスバルも苦笑いだ。

 

「馬鹿野郎! お前が意識を割いているおかげで攻撃が通るんだ!」

 

 リンドウが叫び返す。

 

「ツンデレかよ!」

 

 次はスバルが叫ぶ。

 

「ちょい、みんなふざけてる場合じゃないでしょ。リンドウの術、効果何秒?」

「1回分だからざっと5秒! じきに動き出すぜッ!」

 

 沖見は冷静に遠くから含魔銃を撃ち込む。

 

「スナが足に入れたダメージが大きいみたいだ。動けないぞ」

「登れよ」

「できっかよ」

 

 沖見とスナが問答する。ここでリンドウが笑った。

 

「しゃーねえ。ま、こうなることも想定内ってわけで、もう一個の術を発動するぜ!」

 

 次は右手の人差し指と親指で何かをつまむように、反時計回りに手首をひねった。

 

縮小ボリュームオフ

 

 みるみるうちに縮小されていく愚魔。人間大サイズになった瞬間、スナがピタリと動きを止めた。

 

「風陣……虚空こくう

 

 目にもとまらぬ速さで、刀を振り抜いた。次の瞬間には愚魔の首が飛んでいる。スナは余裕の表情でリンドウに話しかけた。

 

「……しかし、リンドウ……それ便利な術だな」

「へ? まーな。今の術はボリュームオフとターンナップっていう二種類があんだけど、体積にしか干渉できねえから、戦闘力はかわんねえのよ」

 

「あの動きを止めたのはどーいう仕組み?」

 

 沖見が話しかける。

 

「あれはDJのよくするレコードを指で回す動作あるだろ。指で押さえられたレコードは音楽が止まるのよ。そこから着想を得て作った術、銀盤廻スクラッチ

「愚魔の動きを止められるのか。いいなあ」

 

「まあ……厳密には動きを止めるってわけじゃねえのよ。難しいから説明はナシだけど。今の術どれも愚魔と物体にしかつかえねえけどな。動物には使えなくてよ」

「万能ではないか、さすがに」

「対魔力効率度外視だしな。もう……少し疲れてる」

 

 息の上がっているリンドウを見て、スナは刀を納めた。

 

「とりあえず、善積よしづみ先生たちの指示通り、大型愚魔は討伐した。俺らも撤退しよう」

 

 彼の言葉に全員がうなずく――そのとき、声がした。

 

 

「あらら……新人相手とはいえさすがに3級愚魔じゃやられちゃいますか」

 

 声の主は、弓矢の真愚魔である。対峙した5人全員に身体の震えが走っていた。それは、悪寒おかんか、はたまた武者震いか。弓矢の真愚魔が、死んだ大型愚魔の首を確認している間に、ささやき合う五人。

 

 

「どーすんよこれ……」

 

 不敵に笑うリンドウだが、すっかり息が上がっている。

 

「お前残魔力量ほっとんどねえだろ。一人尻尾巻いて逃げろ」

 

 スバルの言葉は煽っているようにしか聞こえない。

 

「俺、真愚魔との戦いなんて初めてっすよ」

 

 沖見は弱気だ。

 

「……」

 

 右手が震えているスナ。それに気づくエマ。「怖いの?」などとは到底問いかけられない。エマも同じ気持ちだからだ。

 

「ねえ……スナ」

 

 エマは震える声で話しかける。スナは見向きもしない。

 

「あなたの剣術、有名なんでしょ? 風陣っていうの?」

「……」

 

 こくりとうなずく。

 

「風見山さんが使ってた。あなたの師匠でしょ」

 

 またしてもうなずくスナ。

 

「……」

 

 スナは全部知っているのだ。エマが餌魔えまであることも。そのエマを中心に作戦が考えられ、結果師匠である風見山が死ぬことになったと言うことも。

 

「堅い人だったけど……あんまり関わんなかったけど」

 

 エマはスナの方を向いて笑う。

 

「強い人だったよ」

 

 またうなずくスナ。

 

「最初はお前が見捨てたんだって……お前みたいな雑魚をかばった結果死んだんじゃないかって、勝手に思ってたんだ。風見山さんは、俺が知ってる愚魔狩の中で、一番の人格者で、一番強い人だったから」

 

 スナの舌が回り始めた。

 

「そんな師匠ですら……電撃の真愚魔には勝てなかった。そう思ったら、真愚魔と戦うことが怖くてな」

 

 意外な言葉だった。プライドが高そうでそんな弱音を吐かなさそうというのもそうだが、こんなところで打ち明けてくれるなんて……と。

 

「馬鹿やろー。俺もこええわ」

 

 木村スバルの言葉だ。

 

「俺も」

「しょーみ5人束になっても勝てる気はしないんよね」

 

 沖見も、リンドウも同じ意見のようだ。

 

 

「お前が弱いから師匠が死んだんだ、と勝手に決めつけて、勝手に恨んでいた。だから“気にくわない”と言っていたんだ」

 

 スナは刀を握る手に力を込める。

 

「とばっちりもいいとこだけど、恨んでるにしては優しいのね」

 

 エマも含魔銃を構える。

 

「師匠は、決して仲間を見捨てない人だったし、人を正しく視ることに重きを置く人だった。俺も、お前を正しく視なければと思っただけだ」

 

 リンドウ、スバル、沖見も次々に構える。

 

「やるか」

 

 弓矢の真愚魔が笑みを浮かべ振り返る。新人5人に向かって弓を構える。

 

――この中の手練れは……あの刀使いぐらいか。先輩が来るまでにこいつ一人ぐらい倒しておきたいな。

 

 矢を弓にセットし、引く――そのとき、遠くから爆発したかのような音がした。木々をかき分ける音が徐々に大きくなる。

 

「ぐっ! うぅ……がはッ!」

 

 肉が弾む音――否、人間の身体が強く打ち付けられる音。視界に映り込む、ボロ雑巾のように転がるスーツの男。

 

「せ、先生!?」

「善積先生だ」

 

 満身創痍で血だらけ。破れ散らかしているスーツの端々。新人である彼ら5人のメンターを務める初段の愚魔狩、善積無悪よしづみ さかなしの姿であった。

 

「まだ終わりじゃないよなあ!!?」

 

 叫び声とともに走りながら現れる“格闘の真愚魔”。さながら肉弾戦車とでも呼ぶべきであるかのように、木々をぎ倒しながら進んできている。

 

「先輩、倒したんですか」

「ああ。こいつではないらしい。組織のスジでは……電撃の真愚魔の作戦隊の生き残りの中に、電撃の真愚魔を殺した手練れがいるというモンだったが……」

「フェイクつかまされたんですかね?」

「そいつはやられたな」

 

 格闘の真愚魔と弓矢の真愚魔が談笑している――が、新人5人の勇み立つ表情は、一切合切消えていた。

 

 沖見が目配せする。全員がうなずく――しかし、足が震えて思うように動かない。

 

――なんでこんなに怖いの? 私が狙われているから?

 

 いや、違う。エマも頭の中ではわかっている。もっと根本の気持ちだ。

 

――恐怖。不安。

 

 

 そんなもの、今までだってたくさん抱えた場面があった。でも、自分自身や他の人の助けを借りて乗り越えてきた。コウマのサポートに徹することや、シュウくんという小さな男の子を助けるため、コウマを助けるため、橘の思いを無駄にしないため、彼女なりに目的や使命を元に全力を出せていた。一方で、確かに彼女を支配する恐怖心はかなり大きいもので、今の彼女をつくろう“自信”というものが、圧倒的に不足していた。

 

「ってことはこの中の5人か?」

「あと、もう一人、スナイパーライフル使いがいるはずです」

「ああ。狙撃のやつな。狙撃地点特定して崖崩れさせたから多分死んでるよ」

 

 格闘の真愚魔から放たれる衝撃的な言葉。この言葉が本当なら、井龍いりゅうも危ない、とエマたちは気づく。

 

「……しかし、彼らの中に手練れがいるのだとすると……びびってるんですかねえ?」

 

 そうだ、とエマは気づく。

 

――今までだって、こういう場面はあった。私は生半可に“自信”なんか手に入れたから忘れていた。

 

 そうだ。何を失った気になっている。もともとまともに戦えるような実力などなかっただろう。ミツハや、橘や、スナ、リンドウ、スバル……いろいろな人に評価され、勝手に自分を高く見積もって、それを崩すのを怖がっていただけではないか。

 

「――無様でもいい。できることをやろう」

 

 エマは一人うなずき、走り出す。目を丸くする4人。彼女が走るのは――善積のいる方向だ。

 

――先生を助けて脱出する。地の利はこっちにある!

 

 エマの行動を見て、そしてその意図を読み取って、スナは思い出した。

 

「15分! あと15分逃げたら警備部から人員が派遣されるはずだ!!」

 

 叫び声――リンドウ、スバル、沖見の3人も奮い立つ。

 

――俺たち全員が逃げ切るために必要なことを探せッ!

 

 脳細胞を総動員させて思考するスナ。束になって逃げても全滅させられるリスクの方が高い。ならばばらけるほうがよい。しかし、彼は知っている。エマには餌魔の特性があることを。

 

――くそっ! どうすればいいッ! 何が最善なんだ!?

 

 このままエマの思い至った通り、“できること”をすれば、確実にエマと善積を見殺しにする結果になるだろう。

 

――師匠なら、風見山さんならどうする!!?

 

 

 スナの師匠である風見山大吉は、電撃の真愚魔討伐作戦のときに、同作戦メンバーである美濃実乃美みの みのみを救うために、既に大けがを負っている状況で戦った。スナがそこまでを知り得てなどいないが、彼の胸には風見山の遺志が、確かにそこにある。

 

――善積先生を救うために動いているエマに攻撃はさせないッ! そして……疲れ切っているリンドウに逃げる時間を!

 

「木村! 術で壁張ってくれッ! 大量に!」

「お、おう!!」

 

 スナの指示に従うスバル。スナは今、師からの言葉を思い出していた。

 

 

『お前は人を見る目がある。能力を適切に判断できる。その目を、冷静な頭で使うことができれば……前線を張る最強の騎士としても、中盤を固める司令塔としても戦える。第二の釘塚さんぐらいの存在にはなれる逸材だ』

 

 そうだ、とスナは何度も自分に言い聞かせる。

 

『冷静にっていうのは、よく感情に踊らされないことと勘違いされがちだが、それは違う。自らの感情と、求めるべき結果の間に起こる葛藤かっとうの中で、折衷せっちゅうさせる判断が下せるということだ。感情を殺してする判断など、二流のすることだぞ』

 

――そうだ、そうだ。俺はここにいるやつを、誰も死なせない。風見山さんの遺志を、教えを! 無駄にはしないぞ!!

 

 スバルの鈩術によって、鉄の壁がいくつも張られ、弓矢の真愚魔の矢の射線を切っていく。沖見が上手にエマとスナと真愚魔の中間地点に立ち、どこへでも向かえる位置につけていた。リンドウは疲れ切った身体でありながらも、森を抜けようと本部のある南側へと走る。

 

 それぞれが今、自分のすべきことを為していた。

 

「善積先生! 聞こえますか!!?」

 

 それは、高虎エマも同じであった。

 

――私は狙われている。私が電撃の真愚魔討伐作戦の生き残り。彼らの目的は私。でも、あいつらは私がその正体であることに気づいていない。あくまで戦いがまともにできない人間のフリをして、この場を逃げる。

 

 エマが考えたルートは、リンドウとは別で、演習場の方へと一旦北上し、西側を通って大きく南下する形での本部への帰還であった。

 

「ああ……悪い」

 

 善積はなんとか立ち上がり、痛む箇所を押さえながら歩き出した。

 

「……あの真愚魔の能力は!?」

「ただ硬い、速い、ゴツい。この3つだ。特別な能力はないが、身体能力の高さが抜群だ。今までの愚魔とは段違いだ」

 

 善積に肩を貸しながら歩き始めたエマ。スナたちに時間を稼いでもらう形で上手く真愚魔たちの視界から外れる。

 

――スバルの壁のおかげだッ! ナイスすぎるぅ……。

 

 

 

 ◆

 

 

 スナは格闘の真愚魔と対峙した。鉄の壁が上手く分断したおかげで、弓矢の真愚魔と格闘の真愚魔は離れたらしい。

 

「……てめえが今の5人の中で一番強いだろ」

「お目が高いと言いたいところだが、お前らが探している“手練れ”は俺じゃないぞ」

 

 長い前髪を垂らし、低い声で答えたスナ。そして、刀を構える。

 

「だが、俺は俺とてお前たちに個人的な恨みがある。お前らに戦う理由はなくとも、俺は戦うぞ」

 

「そういうの、嫌いじゃないぜ俺は」

 

 格闘の真愚魔は笑った。力を入れた箇所の筋肉が膨れ上がる。

 

――俺が5分戦えればみんな逃げられるか?

 

 もちろん、5分は贅沢だ。1分後に決着がついていてもおかしくない。スナは刀を構え、刀を鞘から出したまま居合いのポーズを取る。

 

「風陣……奥義。虚空斬域こくうざんいき

 

 スナの扱う“風陣”という風見山家相伝の剣術――特に奥義である“虚空斬域こくうざんいき”は、素早い刀捌きで広い範囲を一瞬で斬り刻むわざだ。柔らかい手首と素早い動きをこなせる身体のしなやかさが必要だ。目前の格闘の真愚魔に対し、対魔力を込めた斬撃がいくつも浴びせられた。

 

「んッ!!?」

 

 肉を切り刻む音――腕の筋からいくつか出血している。格闘の真愚魔は目を見開いた。

 

「風陣……上段じょうだん春一番はるいちばんッ!」

 

 

 重い、強い一撃。格闘の真愚魔の頸めがけて刀が振り下ろされる。

 

――この距離を即座に詰めてくるか!

 

 反撃となる一撃を加えようと右手を伸ばす格闘の真愚魔。しかし、スナは次の攻撃のモーションに入っており、手を伸ばした先に彼はいない。

 

――風陣ッ、下段げだん潮風しおかぜ

 

 

 次は柔らかな剣先の動き。咄嗟に胸部を防ごうと前に突き出した左腕をかわすように、格闘の真愚魔の胸部から肩にかけてを切り裂いた。

 

――この刀使いッ! 間合いの不利だけでは説明がつかん強さ!! 相当な手練れだッ!

 

 

 格闘の真愚魔は笑った。

 

 

「遊びが過ぎたかッ!!」

 

 どしん、と右足を踏み込む。地面がのめり込むほどの衝撃――スナはちょうどそのときにジャンプをして空中を舞っているところだった。

 

「風陣ッ……宙技ちゅうぎ千両桶屋せんりょうおけや

「行くぜッ!! ダイナマイトストレイト!!」

 

 伸びてくる右腕をしなやかな動きで躱した――はずだった。右腕が急に爆発し、スナの細身の身体を爆風が即座に包んだ。

 

――もしかして、善積さんがやられたのは、これかッ!!?

 

 

 気づけば空中で身動きがとれない――というのは誤りで、爆風に為すがままになるスナの身体。力が込められないのだ。そのままたたきつけられるように木の幹に衝突した。

 

「がはっ!」

 

 ここで、自分が吹き飛ばされたことに気づく。

 

「……くっ」

「さっきのやつは今のをもろに食らってなあ。空中で受けた分、勝手に吹き飛ばされることができたのはラッキーだったんじゃないのか?」

 

 目前の格闘の真愚魔が余裕の表情でこちらに近づいている。

 

 

「先輩……ああ、今倒すところですか?」

 

 弓矢の真愚魔も近づいてきている。ほかのみんなはどうなった? ここにいるってことはあとのみんなは片付けられてしまったのか? 木村は? 沖見は? 竜胆は逃げられたのか? 高虎エマは善積先生を助けられたのか? いろいろな思考が交錯する。

 

――無駄……だったのかなあ。

 

 

 電撃の真愚魔討伐の知らせを聞いたときも同じ思いだった。どうせ結末が同じなら、師匠は死ななくてもよかったのではないかと、最初に思ったものだった。今、自分にも同じことを思っている。

 

――どうせみんなやられるなら、俺がわざわざ身体張る必要なんて……なかったんだ。

 

 合理的な判断を見失って、何が司令塔だ、と嘲るスナ。ここまでか、という諦念が、彼の視線を空に向けさせた。所詮小さなプライドごとき、かなぐり捨てても何も得られないのだ。そう言い聞かせながらスナはゆっくりと流れる雲を見ている。

 

「無駄やないで、お前の稼いだ時間は」

 

 この関西弁――聞いたことがあった。

 

 空を見上げていた視線を、ふと前に戻す。格闘の真愚魔と弓矢の真愚魔の漆黒の体躯の間に、一つの人影が見えた。

 

「……安心せい。さっきエマに会うてん。警備部の人員も向かってきよるらしいわ」

 

 根元が黒髪の金髪、だぼだぼのTシャツ。眠たそうな右目。左目は長い前髪に隠れている。このけだるげな表情、間違いない、噂に聞いていた最強の愚魔狩、最強の降魔術師――降磨竜護こうま りゅうごが現れたのだ。

 

 

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