バイトで”悪魔狩り”始めました。

最強降魔術師の助手のバイトを始めた女子大生エマのお話
さまー
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Case.30「上がバタバタしてると漠然と不安になる」

公開日時: 2021年4月8日(木) 22:09
文字数:6,107

 高虎エマは、自身が配属された地域に出向いていた。堅海かたみの街の、東側半分。自分の家や大学からは、少しはなれているが、これでも堅海の街である。そして、どちらかというと実家が近い。

 

「暑いなあ……まったく、愚魔は四季関係なく出没するから厄介だよ」

 

 もう7月も末の方。アスファルトに近いところほど暑いのか、揺らめいている景色。

 

「こんな暑いんだもん。忙しいとか言いながら、絶対コウマさんはサボってる。絶対に」

 

 コウマへの文句もたれたところで、電話が鳴る。コウマからだ。何の知らせかと、電話に出る。

 

「もしもし、高虎です」

『おう、エマか』

「どうしたんですか?」

『お前の担当場所に2級愚魔が出た。一応スナを向かわせたが、時間がかかる』

 

 最近、コウマは忙しいらしい。以前行われた『真愚魔組織捜査作戦』にて、何か重大な事案が発生したからだとか何だとか。

 

「わかりました。でも、もう私も1級ですから。2級愚魔に苦戦なんてしてられないですよ」

 

『頼もしくなったな……ほんなら、助手の方の仕事も任せてええか?』

「……夜の相手以外だったら」

 

 冗談も交えながら答えたエマ。

 

『はは、ほんまお前そこだけは固いなあ。いや、実はな……スズメに頼まれよることがあってんけどな……。ちょっと俺の代わりにやってほしいんや』

「……スズメさんから?」

 

『妹をしばらく保護してほしいって。生井とかいう記者が間借りしたあの事務所に、蜂野ミツハを連れておってほしいんやと。愚魔倒したら連絡してくれ』

「あ……はい。わかりました」

『スナには諸々伝えてある。くれぐれも死ぬな。……助けに行けんくて、ほんまに申し訳ない』

 

 ちょっとだけ口角の上がったエマ。

 

「はい、わかりました。でも大丈夫です。暑いですけど、頑張ります」

 

 電話を切るエマ。少しだけ一歩が大きくなった。

 

――そうだ、終わったらミツハちゃんとスイーツ食べに行こう。裏通りにオープンしたアイスケーキがいいかなあ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 エマが愚魔狩を初めてもうすぐ3ヶ月。報告にあった愚魔は、モグラのように穴を掘って移動するらしい。目撃現場まで出てくると、住宅地から少し離れた河川敷のアスファルトに、いくつもの穴が空いていた。

 

「あ、もしかして愚魔狩のお姉さんですか?」

 

 警察官とおぼしき人から話しかけられる。“愚魔狩”という職も、こういった専門の人々からは少なからず認知されるようになってきていた。

 

「あ……はい。報告にあった土竜もぐら型を倒しに来ました」

「よろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 元気に返事をしたエマ。対愚魔7ツ道具を取り出す。

 

――まあ、私の匂いに勝手に誘われて出てくるでしょ……。

 

 瞬間、目前のアスファルトが膨れ上がる。『来る』と確信したエマは両手を組んだ。

 

「術発動。『魔忌餌まきえ』」

 

 土竜型の真っ黒な身体をした愚魔が、動きを止めた。すぐに小刀を取り出し、愚魔の首を切る。

 

「ふぅ……討伐完了」

「あ、ありがとうございました!」

「いえいえー、またよろしくお願いします!」

 

 警察官の人に頭を下げられ、エマも頭を下げ返す。そこに、スナが到着した。

 

「あ、遅いぞ……。美容院って今どきそんな時間かかるの?」

 

 長い髪は、さっぱりと切られ、短髪のスポーツ刈りのヘアスタイルになった青年が息を切らしながらエマの方を見た。

 

「……ちげえよ。俺の担当場所からここ遠いんだよ」

「もう倒したよ」

 

「そうかよ……じゃあ来る必要なかったじゃねえか」

 

 悪態をつくスナ。しかしエマから「でもコウマさんからの命令だったんでしょ?」と言われ、これ以上は言い返せない。

 

「蜂野ミツハ……スズメさんの妹と連絡を取ってくれないか。俺連絡先知らなくてよ」

「確かに。あ、それじゃあ警察さん、ありがとー!」

 

 警察官に手を振りながら、討伐した2級愚魔の首を袋に入れて持ち帰るエマ。それを左肩にかけ、そのままミツハに電話をかけようと、携帯を右手で取り出す。

 

「……もしもし? ミツハちゃん? 生井さんの部屋……事務所集合で!」

 

 

 

 

 ◆

 

 トレードマークとも言える水色のパーカーは、最近着ていない。暑いからだ。真っ白なTシャツについた汗を首元のえりをぱたぱたさせながら飛ばすエマ。

 

「外暑かったんじゃないですか?」

 

 蜂野ミツハは、制服の夏服に身を包んでいる。彼女は高校三年生。学業と愚魔狩を兼業している。今日は午前中だけの補習だったらしい。途端に難しい顔をするミツハ。エマがのぞき込む。

 

「……姉さんと連絡が取れないんです。エマちゃんもスナくんも、何か知りませんか?」

 

 エマもスナも、思い当たる節はあった。

 

「実は……」

「コウマさんに、お前を保護しろってスズメさんから頼まれたって」

 

 スナがコウマから頼まれたことをミツハに伝えた。

 

「……やっぱり、姉さん、変なことに首を突っ込んだのかな」

「そんなこと言ってもわかんないよ。とりあえず出張で忙しいんじゃないの? 連絡取れなくなること承知でさ、的な?」

 

 エマが前向きな言葉をミツハに投げかける――が、腑には落ちていないようだ。

 

「だと良いんですけど」

 

 

 

 真愚魔組織捜査作戦――これが終わった後、大規模な殲滅作戦へと移行する……と言ったむねが、釘塚より伝えられていたはずだった。しかし、捜査作戦から1週間。ホームページからの通知は一向に更新される気配がない。忙しそうなコウマ、連絡が取れないスズメ、捜査作戦から音沙汰のないホーセン。ぼんやりとした不安要素は、エマも、スナも、拭えなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 エマやスナの不安は、的中していた。上層部は、二人の予想以上の混乱状態に陥っていたのである。1つ目は、『真愚魔組織』と通じている人間――内通者の存在がいることが、日愚連組織全体に知れ渡ったことであった。No.2、No.3の七宮兄弟が、日愚連の会長である大常磐の部屋へと来ていた。

 

「大常磐会長、お噂は耳にされましたでしょうか?」

 

 副会長の七宮光喜ななみや みつきが大常磐に尋ねる。顎髭あごひげがかなり長くなってきていた大常磐月丸おおときわ つきまるは机の上に手を組んで答えた。

 

「ああ」

 

 たったの二文字。その言葉の重みを受け止めた光喜は、これ以上何も言えなかった。弟であるNo.3の芳樹が続けた。

 

「今後どうすべきか、会長のご意見をぜひ拝聴したく思います」

 

 この噂が本当ならば、愚魔狩組織の中に敵である真愚魔と通じている者がいるということである。そんなこと、組織の長である大常磐にとっては、顔に泥を塗られた行為と同等だった。すぐに内通者を暴き出し、捕らえろ……大常磐ならそう言う、と二人とも確信していた。

 

「……私は、そろそろ隠居を考えている」

「!?」

 

 思わず耳を疑った七宮兄弟。

 

「会長、今、なんとおっしゃいましたか?」

「……隠居だ。次期会長候補である、乾猛いぬい たける……釘塚天智くぎづか てんじ……天羽寿あもう ひさし……冬沢相善を連れてこい」

 

 脈絡のない話に、動揺が隠せない七宮光喜。

 

「……実は、内通者と思われる人物……つまり、容疑者の中に、釘塚=クリストフ=天智が含まれているんです」

 

 

 

 

 ◆

 

 釘塚は今、捕らえられていた。警備部看守課が所有する、「重要参考人収監施設」内にて。

 

「……全く。なぜ俺が疑われているんだ?」

「理由はさっき説明したろ」

 

 警備部長の鳥羽嗣道とば つぐみち、そしてその後ろに立つ看守課課長の石田竜子いしだ りゅうこが、アクリル板越しに、釘塚と会話している。

 

 

「……俺が分身の術が使えるから? 阿呆あほう。それを見たことがある人間がどれだけいる? 仮に使えるからと言って、俺が真愚魔であると誰が証明できる?」

「……真愚魔でなくとも、同じ知能を持つ真愚魔のフリをすることはできる」

「……馬鹿か。真愚魔組織に対魔力の高い人間が出向くってことは、鴨がネギをしょって、豆腐と糸こんにゃくを両手にたずさえて現れるのと同じだぞ」

 

 釘塚が反論した言葉に、鳥羽は毅然きぜんと言い返す。

 

「……だからお前は餌魔を自分のモノにしたかった。違うか?」

 

 釘塚の顔がひきつった。それを確認した鳥羽が続ける。

 

「……だから電撃の真愚魔討伐作戦で、高虎エマを誘拐したんじゃないのか?」

 

――違う。俺はあいつがいたら愚魔狩と愚魔のパワーバランスが崩れると思って、だから殺しちまおうとしたんだよ!! でも、本当のことを言えば次期会長選に失脚しちまうのは確か。しかし、この状況、次期会長どころじゃない。

 

「餌魔である高虎エマを送り込めば、真愚魔組織からは狙われない。そうだよな、だって……完成された鴨ネギ鍋セットを持ってくると言った鴨を、誰が殺す?」

 

 鳥羽の言葉に対して、目を動かせない釘塚。サングラスがない分、視線が丸わかりなのが痛い。

 

「それに、弓矢の真愚魔と格闘の真愚魔が日愚連総本部敷地内に侵入した事件だが、敵の撤退はお前が登場した途端だったよな」

 

――んなもん偶然だ。

 

 釘塚は反論したくても反論に至るまでの材料が圧倒的に足りない。

 

 

「……でも、妙じゃないですか鳥羽部長。あの釘塚サンが、こんなわかりやすい尻尾をみすみす出しますかね?」

 

 石田竜子が疑問を投げかけた。「そうだ」と鳥羽も頷いている。鳥羽は、録音機のマイク部分を右手で包んだ。そして、アクリル板に顔を近づけ、釘塚にささやく。

 

「お前の真意がわからない以上、お前が内通者だと決めつける材料には欠けるんだ。なんとか違うと証明してくれ。俺としては、お前を次期会長に擁立したいとも考えていたからな」

「……鳥羽」

 

「今、お前が内通者だと組織全体が思っている。俺も何ならそうは思っている。だが、真相が見えてこない限り次に進めない。お前の目的が知りたいんだ。頼む、教えてくれ」

 

 どうやら、愚魔狩組織は、あくまで『釘塚』が『人間』として、『分身』を使って『真愚魔組織』に潜入し、『愚魔狩組織』の情報を横流しにしている、と思っていたらしい。そのことにここで気づいた釘塚。

 

「……はははは」

 

 高笑いをする釘塚。

 

「とんだ脳みそお花畑野郎どもだ」

 

 釘塚は鳥羽や石田の方を見ながらほくそ笑んだ。表情には、ヤケクソとさえ思わせるようなやつれ模様が現れていた。

 

「……俺だったら内通者と思われるやつを一ヶ月監視下において断食させ、目の前にその餌魔を連れてきて証明させるね!! 大体人間が真愚魔の肩を持つメリットが皆無だ! どう考えても真愚魔そのものが愚魔狩組織に侵入しきっていると考える方が自然だろ! どいつもこいつも大常磐のじいさんのことを信じすぎてて馬鹿だ!! 馬鹿野郎ばっかだ!!」

 

 釘塚の態度の変えように、鳥羽たちは開いた口が塞がらない。

 

「……俺はこれでも人を見る目はある。真愚魔が紛れるとすれば、俺が人事部長をする前だ。その前から日愚連にいたやつが、内通者だよ!! 内通者が一人だけかどうかもわかってねえくせに……なんで容疑者程度の俺一人捕らえて俺と談笑してられる余裕があるんだよ!!」

 

 次期会長になることは諦めた――なんとかして、自分がここから脱出しなければならない。釘塚はそう気づいた。そのためには、鳥羽たちをなんとか欺き、ほかにも内通者がいる可能性を指し示す必要があった。自分から目を背けさせるためだ。そんなとき、面会部屋の扉を激しくノックする音が響いた。

 

「失礼します!」

 

 入ってくるのは、蜂野スズメ――釘塚の部下の、3段の愚魔狩だ。息を切らしている。

 

「大常磐さんが……真愚魔に襲撃されています。今……真愚魔が5体。会長室を占拠しています」

「……ま、マジかよ」

 

 鳥羽が絶句した。アクリル板の向こうで、釘塚は笑い始めた。

 

「あははは……はははは。だから言ったんだよ! 内通者もどきを捕まえた程度で満足してるからこの組織はザコなんだ! こんなときは敵組織が動く絶好のタイミングなんだよ!!」

「ちぃ……!!」

 

 焦る鳥羽。ここで指示を出さなければいけない。

 

「石田課長、釘塚の監視を引き続き頼む!! 蜂野、案内しろ……状況を詳しく教えてくれ!!」

 

 蜂野を連れて飛びだした鳥羽。面会室に残された石田竜子課長と、釘塚。

 

「何見てんだ」

「……いえ。あなたは、本当に内通者? そして、本当に真愚魔?」

「……けっ。俺が内通者である前提か」

 

 椅子の背もたれにもたれかかって首の後ろに手を組んだ釘塚。

 

「……そんなこと気にしてどうにかなる状況じゃねえってさっき言ったんだけど」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 会長室には、大常磐月丸がいた。会長を務める、9段の愚魔狩である。日愚連で最も階級の高い、9段の持ち主――唯一無二の愚魔狩である。

 

「……能力を見るからに……弓矢の真愚魔、火炎の真愚魔、重力の真愚魔、氷雪の真愚魔、格闘の真愚魔と言ったところか?」

 

 弓矢の真愚魔と格闘の真愚魔以外は、未登録である――が、大常磐の長年の経験と、それぞれの真愚魔が見せた能力によって、なんとなく察しはついた。実は、大常磐と、5体の真愚魔のほかにも、人間が“いた”。

 

「……あぁん……なんてったって、このジジイが一番つええらしいじゃねえかよ。けどよ……その取り巻き二人はあまりにもあっけなくやられすぎじゃねか?」

 

 粗暴な言葉遣いの真愚魔――漆黒の身体を赤褐色の炎で包んだ『火炎の真愚魔』が二つの焼死体を掲げながらつぶやいた。

 

「……」

 

 火炎の真愚魔が掲げている二つの焼死体は、七宮光喜と七宮芳喜ななみや よしきのものだ。これを見ながら大常磐月丸は、たった一言、火炎の真愚魔に言い放った。

 

「……どういう殺され方が良いか、言ってみろ」

「……あ?」

 

 大常磐の言葉がよく聞こえなかった火炎の真愚魔。そんな彼をなだめようとするのは、横に立っていた氷雪の真愚魔だ。

 

「とりあえず、目的を遂行すいこうしよう。今日の俺らの目的は、あのじいさん……愚魔狩のトップを殺すこと。そして、組織に潜入しているCとコンタクトを取ること」

 

――やはり、内通者はいたか。

 

 噂ではない、そう確信した大常磐は目を閉じた。腰に携えていた刀を、さやから抜き取る。

 

「……名刀、迦具土命カグヅチ

 

 深紅しんくにきらめく刀。火炎の真愚魔はそれを見てにやりと笑った。

 

「上物そうだな。俺が行くぜ」

「くれぐれもやられるなよ」

 

 横に立っている氷雪の真愚魔が冷静に言った。火炎の真愚魔は一歩、また一歩と近づいている。

 

「……ワシは、どういう殺され方が良いか、言ってみろと言ったんだ」

 

 

 

 もう一歩、近づいた瞬間に――迦具土命カグヅチの間合いに入っていた。

 

「ぐはっ!!」

 

 火炎の真愚魔がうめく。彼が間合いに入った今の一瞬――そう、その間に、大常磐は名刀を一振りし、火炎の真愚魔に袈裟切けさぎりを浴びせていたところだった。

 

「かはッ……どーいう速さだ?!」

 

 すぐに飛び下がった火炎の真愚魔だが、切られた左肩から右脇腹にかけてが痛む。

 

「……さすが名刀。真愚魔の身体にも容易に傷を入れることが出来るのう」

 

――いや、そこじゃねえだろ! なんであの老いぼれにそこまでのスピードが出せるんだ!?

 

 火炎の真愚魔の様子そっちのけで、名刀の威力に唸る大常磐。その様子を見て、並々ならぬ焦りを抱いた真愚魔たち。

 

「一人一人でやってたら負けるだろ。さすがに連携しねえとな」

「先輩の言うとおりですね。僕、遠めから射抜いぬくんでよろしくお願いします」

 

 格闘の真愚魔が前に、そして弓矢の真愚魔が後ろに下がる。

 

「Fが出しゃばるなら、能力の相性が悪い俺は下がっておくよ」

「ああ。頼む!!」

 

 氷雪の真愚魔の言葉に、火炎の真愚魔が応えた。

 

「……じゃあ、行くぞ!!」

 

 重力の真愚魔の言葉を皮切りに、真愚魔5体が一斉に動き出した――

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