「……っ! おい、その傷は何だ!? しっかりしろ、流華!!」
死牙藩の白夜湖に到着した俺は、視界に飛び込んできた流華の姿に、思わず声を荒げていた。
彼の太ももからは、血がダラダラと流れ出ている。
周囲には彼の同行者――無月や幽蓮の姿もあるが、誰も彼もが何らかの傷を負っていた。
聞いていた情報と違う……。
報告書によると、もう少し軽傷だったはずだ。
俺がここへ駆けつけるまでのわずかな時間で、激しい戦闘が発生したのか?
「あ、兄貴ぃ……。すまねぇ、しくじった……」
しゃがれた声が耳に届く。
倒れた流華が、地面に手をつきながら必死に顔を上げ、俺を見た。
傷の痛みと脱力に抗いながらも、瞳だけは俺の姿を追っていた。
「無理して喋るな……。すぐに治療してやる! ――【エリアヒール】!!」
俺は焦燥を押し殺し、詠唱の言葉を短く鋭く放つ。
治癒の光が辺り一帯に広がり、流華をはじめ、無月や幽蓮の傷も癒やしていく。
だが、魔法はあくまでも表面の修復に過ぎない。
すでに流れ出た血や奪われた気力までは戻らない。
彼ら彼女らの表情には、深い疲労の影が色濃く残ったままだ。
特に、流華――。
「う……」
微かな呻きが漏れる。
俺はすぐに膝をつき、顔を覗き込んだ。
「流華! 大丈夫か?」
彼は唇を引き結びながらも、どこか安堵の色を含んだ微笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫だ。兄貴が来てくれたから、もう安心だ。手間をかけちまってすまねぇ」
「馬鹿野郎、俺の手間なんてどうでもいいんだ。お前たちが無事なら、それでいい」
俺はその額に手を添える。
ひどく熱い。
熱があるのか、それとも戦場の興奮がまだ身体に残っているのか。
何にせよ、この状態で謝らせるのは、酷というものだ。
「一体何があった? お前たちに深手を負わせるなんて、ただの敵じゃなかったはずだ」
流華の実力は、俺が保証する。
俺から通常の加護を受けた彼は、諜報に特化しつつも、もはや戦闘能力でも一線級に食い込むほどになっていた。
無月も、加護(小)にとどまるとはいえ元桜花七侍。
総合的には流華以上といって差し支えない。
そこに加えて幽蓮、黒羽、水無月を始めとした精鋭の若手忍者たち。
彼女たちもそれぞれ加護(微)を持つ上、無月や流華との連携力は高い――はずだった。
なのに今、その精鋭たちが倒れている。
息はあるが動けない。
通常なら考えられない状況だ。
「あいつに……あいつにやられた。かなり強い獣だった。霧が濃くて、不意打ちされて……」
流華が震える手で、霧に煙る前方を指す。
その指先が向いた先、確かに何かがいた。
濃霧が漂う白夜湖の湖畔、その向こう。
姿はぼやけているが、そこには確かに人が立っていた。
重く、鋭い。
流華が言った通り、まるで獣のような荒々しさもある。
見る者の本能が拒絶を叫ぶような、圧倒的な“存在感”。
間違いなく、例の豪傑だろう。
彼の足元には、大きな妖獣の死骸が転がっていた。
尋常ならざる戦いの痕。
それすらも背景にしか思えないほど、豪傑の威圧感は強烈だった。
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