「タカシ様! お会いしたかったです!」
「お、おい。落ち着け」
思わず間の抜けた声が漏れたが、無理もない。
俺は彼の腕の中で身じろぎしながら、力ずくで引きはがそうとする。
だがその腕は、まるで鉄の枷のように強固だった。
むしろ、俺の抵抗が逆効果だったのか、彼の抱擁はさらに熱を帯び、深く、強くなった。
「もう、どこへも行かないでください! 私には、タカシ様が必要なのです!!」
必死の訴えは、痛切という言葉がぴったりだった。
俺はというと、完全に状況についていけていない。
いや、マジで。
先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた豪傑が再会を喜び、なぜか俺を離そうとしないのだ。
混乱して当然だろう。
「……よく分からないが、分かった。落ち着け。まず落ち着くんだ」
せめて表面だけでも冷静を装って言う。
内心では焦燥と疑念が渦巻いていた。
「はい! 落ち着きました!」
豪傑が言う。
その言葉の割に目はまだ潤んでおり、呼吸も荒い。
だが、ほんの少しだけ彼の腕に緩みが生まれた。
俺は胸を撫で下ろす。
いや、本当に何なんだ?
豪傑が突然俺に抱きついてくるなんて……。
……ん?
待てよ……?
この胸に当たっている、柔らかな感触……。
どこかで……?
俺はそっと、豪傑の胸に手を当てる。
視線を合わせず、しかし慎重に、確かめるように掌で包み込む。
まるで忘れ物を探すように、記憶の奥を探るように。
そして、その感触をじっくりと確かめるように揉みしだいた。
モミモミ……。
「た、タカシ様? そんな、いきなりっ……」
途端に豪傑の声が震え、どこかなまめかしい雰囲気になる。
その反応は、完全に女性のそれだった。
俺の中で、ひとつの疑念が確信へと変わる。
これは……間違いない!
「お前、女だったのか!?」
「えっ!? まだそこですか!?」
呆れたような、しかしどこか恥じらいも混じった声。
彼――いや、彼女は、深くため息をつきながら俺を見つめた。
「仮面を付けていますし、基本的に遠目でしたから、戦闘中に男と勘違いされたことは仕方ありません。でも、こんな間近で再会したのに……私のこと、忘れてしまったのですか!?」
その声には、わずかに震えが混じっていた。
失望、悲しみ、そして期待。
それらが複雑に入り混じり、俺の胸を刺す。
「あ、ああ……。そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるような……」
シドロモドロになる俺。
彼女の問いかけに、明確な答えを返せない。
なぜなら――本当に思い出せないのだ。
彼女との関係も、記憶の断片すらも。
この様子だと、彼女は俺と親しい仲だったのだろう。
そんな彼女に『お前のことは忘れた』なんて、あまりにも最低じゃないか。
まるで女を取っ替え引っ替えするクズ男である。
いや、俺の場合は女性関連のことだけじゃなくて本当に色んなことを忘れているので、仕方ない側面もあるはずなのだが……。
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