【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう

~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
猪木洋平@【コミカライズ連載中】

1759話 虚空島が見当たらない件

公開日時: 2025年6月1日(日) 12:10
文字数:2,176

「なんだ……拍子抜けだな。”天上人”とやらがどんなもんか、お目にかかれると思ったが」


 俺は呟いた。

 乾いた風が山脈の岩肌を撫でていく。

 俺の声は、その風に溶けるように掻き消えた。


 ここは近麗地方にある”虚空島”だ。

 その名の通り、虚空島は空に浮かぶ島だ。

 魔法や妖術が存在するこの世界においても、常に浮いている島というのはさすがに珍しい。

 ちょっとした観光気分で来た。

 だが、実際にこの足で来てみれば、そこにあったのは無機質な静けさだった。


「浮島はどこかに行ってしまったが……。当然、山脈地帯はそのままだな」


 虚空島という名には、二つの意味がある。


 狭義では、この地域で空に浮かんでいる島そのもののことを指す。

 それが物理的現象か、神秘的な力によるものかは諸説あるが、とにかく、空に浮いている。

 そこには特別な血筋を持つ天上人が住んでいるらしい。

 噂では、神の血を引くとも、神と契りを交わした末裔とも言われていた。


 ただ、天上人が直接的に刀を振るうことはない。

 彼らが持つのは、あくまで権威。

 佐京藩の女王や愛智藩の将軍とは、また違った方向性の権威だ。

 より抽象的で、神秘に寄り添ったもの。

 天上人たちは神々に対して特別な干渉ができるらしく、それを用いて間接的に”下界”を支配している。

 見えない支配ほど厄介なものはない。

 非常に面倒くさい存在だ。


 とはいえ、天上人たちは戦乱に参加する気配を見せていない。

 あくまで高みの見物。

 実質的にはやはり「女王派vs将軍派」が主題だ。


 そして、広義では、浮島の下部に広がる山脈地帯も”虚空島”という地域に含まれる。

 険しい山脈なので人口はかなり少なめだが、皆無というほどでもない。

 山の民は政治にも宗教にも無関心で、ただ日々を生きることに集中していた。

 彼らにとって天上人など、文字通り雲の上の存在だ。

 触らぬ神に祟りなし……ぐらいの感覚を持っているのかもしれない。


「くっく……。俺の最大火魔法をぶっ放して、島ごと焼却処分してやりたかったのに」


 言葉を吐きながら、俺の口角が自然と吊り上がる。

 嗤うというより、乾いた愚弄の表情だ。

 満ち足りぬ衝動が喉の奥で燻る。


 俺は行き場のない持て余した火魔法を、適当に放つ。

 込める意思も、目的もない。

 あふれた熱をただ、捨てるだけだ。


 炎は鋭く空気を裂き、目の前の一本の木に直撃する。

 木は音を立てる間もなく発火し、轟々と燃え上がった。

 まるで、何かが生きていたかのように燃える。

 炭化する樹皮、破裂する枝。


 熱で歪んだ空気の向こう、立ち上る煙の中に、かすかな甘い香ばしさが鼻先をくすぐった。

 木の中に秘められていた命の匂いだろうか。

 妙に落ち着いた匂いだった。

 心を逆なでするような不快感もない。

 ただ、そこにある火と灰の循環を受け入れるような、奇妙な安堵が胸を撫でた。


「天上人どもめ……どうやら、逃げ足だけは早いらしい」


 俺がこの地に来ることを、察知していたのか。

 それとも、ただの偶然か。

 思考は火の揺らめきとともに浮かんでは消えた。

 俺の力が読まれた可能性――その事実よりも、その逃げ方がどうにも腑に落ちない。


 空は空のまま、島だけが消えた。

 青い空は何事もなかったように静けさを保ち、あの巨大な浮遊島の残滓さえ見せてはいなかった。

 まるで最初から存在していなかったかのように。


 俺は新たなる力を得た。

 肌の奥から、いや、骨髄のさらに下、魂の輪郭をなぞるように流れ込んでくる重厚なエネルギー。

 それは死牙藩で吸収した大量の闇によるものだ。


「ぐっ……!」


 見た目は静かだが、内側では嵐が吹き荒れていた。

 俺は無意識レベルの思考の枷がさらになくなったのだ。

 世界を縛る法則や倫理、それらがいかに脆く、空疎なものであったかが、いまでは手に取るようにわかる。

 理性の皮を一枚剥がすごとに、視界が広がる。

 視野の奥に、かつては見えなかった色が現れる。

 感じられなかった脈動が聴こえてくる。


「ふ、ふふふ……」


 抑えきれず漏れた声は、笑いというにはあまりに切羽詰まっていた。

 胸の奥が焼けるように疼く。

 だがそれは恐れではなかった。

 それは力が定着する痛み。

 新たな器に新たな液体を注ぎ込むような、内側から容れ物を変形させるような圧迫だ。

 ひりつく苦痛の中に、思わず酔いしれるような甘美さが混じっている。


「……おっと。ミッションが達成扱いになっているじゃないか。”虚空島”というのは、あくまで地上部分のことだったわけか」


 唐突に現実に引き戻された。

 俺はステータス画面を確認する。

 指先の動きは慣れたもので、半ば無意識に空中をなぞる。

 透明な板が空中に浮かび、任務の達成状況を告げる文字列が淡く光った。

 冷たい光が俺の瞳に映り込む。


ミッション

近麗地方一帯を掌握し、支配しよう

報酬:スキルポイント20


 確かに、それが達成扱いになっていた。

 狭義における”虚空島”が上空からなくなった今、地上部分に住むのは政治や軍事とは無縁の山民たちぐらいだ。

 彼らは抵抗する意志も手段も持たない。

 ただそこに生きているだけの存在たち。


 システム的に見て、俺が支配権を実質的に確立したと見なされたのだろう。

 イメージで言えば……「桜花藩における桜花城=虚空島地域における虚空島本体」といったところか。

 言わば、本来の支配者が可動式の城ごと逃げてしまったようなもの。

 なら、攻める側の俺が実質的に城を落とし、この地域を支配したと見なされるのが自然だろう。

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