「なっ……!」
琉徳の動きが鈍る。
突如、足元の大地が凍りついたのだ。
まるで大気そのものが牙を剥いたかのように、冷気が音もなく広がる。
乾いた土は瞬く間に白霜に覆われ、亀裂が走るように氷が地面を侵食する。
踏み出そうとした足は凍りついた大地に取られ、琉徳の身体はぐらりと揺らいだ。
「くっ……!」
バランスを立て直そうと足を踏みしめる。
しかし、氷の張った地面は滑るように光を返し、思うように踏ん張ることができない。
靴底が冷たく滑る感触に、琉徳は焦りを覚えた。
その刹那――。
リーゼロッテの手の中に、青白い輝きが生まれた。
それはまるで冬の月光を凝縮したかのような冷たさと美しさを湛えていた。
空気が凍りつくような気配とともに、彼女の指先から形作られるのは――氷の刃。
水魔法によって生み出された純然たる氷の剣だった。
氷結した刀身は透き通るほどに研ぎ澄まされ、わずかに光を帯びながら静かに脈動する。
その冷気は琉徳の肌を刺すように広がり、戦場の空気すら張り詰めたものへと変えていった。
「技術においては、確かにあなたが上でしょう。しかし、得物の性能に差があればどうなるでしょうか?」
リーゼロッテの声は、まるで冬の朝に吹き抜ける凍てついた風のようだった。
感情を排したその声音には、絶対の自信と冷徹な決断が滲んでいる。
次の瞬間、彼女は舞うように踏み込んだ。
氷の剣が弧を描き、まばゆい閃光とともに振り下ろされる。
その軌道には容赦というものが微塵も感じられなかった。
「ぐっ……!」
琉徳は咄嗟に身を翻したが、氷剣は容赦なく彼の肩をかすめた。
鋭利な氷の刃が着物の生地を裂き、肌を切り裂く。
瞬間、冷気が血の熱を奪い、裂け目から覗く肌にはまるで薄氷が張りついたかのように冷たさが残った。
「ぬぅ、面妖な……! まさか、妖術か!? そんなものまで使えるとは……!!」
驚愕と怒りが入り混じった琉徳の叫び。
しかし、その動揺を楽しむかのように、リーゼロッテはわずかに微笑んだ。
「計算外でしたか? 浅はかですわね」
彼女の瞳は、氷の刃以上に鋭く琉徳を射抜いた。
「妖術を使うのは反則――」
「そんな取り決めはありませんわ。一対一の勝負、それ以外に制約はありません」
淡々とした声音。
しかし、その言葉の裏には揺るぎない自信があった。
「くっ……! こ、この……!」
琉徳は歯を食いしばり、剣を構え直した。
だが、氷剣の冷気が彼の周囲を支配し、まるで見えない鎖となってその動きを縛る。
指先の感覚すら鈍るほどの寒さ。
じわじわと奪われる体温。
観衆は誰一人として声を発することができなかった。
ただ、張り詰めた沈黙の中で、誰もがその結末を悟っていた。
どちらが勝つのか――。
いや、既に答えは出ていた。
「終わりですわ」
リーゼロッテの氷剣が、琉徳の喉元で止まった。
琉徳は、憎々しげに彼女を睨むことしかできないのであった。
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