「がはっ! はぁ……はぁ……」
豪傑は、満身創痍だった。
荒く呼吸を繰り返しながら、片膝をついてうつむく。
立ち上がろうとする姿には意志の強さが滲むが、膝は震えている。
彼の動きは鈍く、疲労や痛みに耐えているのが明らかだった。
「抵抗は無意味だ。素直に負けを認めたらどうだ?」
そう声をかけた俺の声には、わずかに冷笑が混じっていた。
勝者の余裕。
だが、決して驕りではないつもりだ。
彼の力をそれなりに認めたうえでの、あくまで冷徹な判断である。
「はぁ……はぁ……」
豪傑は答えない。
呼吸の音だけが荒く空気を震わせる。
だが、その無言こそが答えだった。
諦めていない。
まだ終わっていない。
彼は黙して語っていた。
俺は、彼の元へと歩み寄る。
足音が静かに響き、彼我の距離を一歩一歩縮めていく。
しゃがみ込み、仮面越しに目線を合わせた。
「俺の配下になるなら命は助けてやる。どうだ?」
「……お断りです!」
「だろうな」
俺は、ニヤリと笑う。
薄笑いには少しばかりの敬意が込められていた。
もちろん彼の回答は想定内だ。
彼は自ら『美しき帝王』と名乗っている。
プライドはかなり高いはず。
簡単に負けを認めたりしないだろうと思っていた。
「【岩石封じ】」
俺は、豪傑の四肢を岩で固定する。
重々しい音を立てて岩が生まれ、彼の手足を掴みとった。
これで逃げることはできない。
拘束は完璧だ。
……しかし、こうして近くで見ると改めてその背丈の小ささが目立つな。
地を揺るがすような怪力を持つとは思えない、華奢にすら見える体格。
あれほどの怪力を持つ豪傑には似つかわしくない。
だが、それは異世界人である俺の偏見というものだろう。
この世界には魔力、闘気、聖気、妖力などが存在する。
力の本質は肉体の大きさに宿るとは限らない。
外見から推測される筋肉量だけで、腕力ははかれない。
……そうだ。
ちょっと思い出してきた。
たしか、記憶喪失になる前の俺には剛腕を誇る大切な人が――
「ぐああぁあぁっ!!」
俺の思考は中断された。
突如、激しい頭痛に襲われたからだ。
焼けるような痛みがこめかみから頭蓋の奥にかけて駆け抜ける。
まるで誰かが脳を釘で打ちつけているようだ。
これまでにも増して強烈な痛みである。
落ち着け。
同じことを何度繰り返す?
強者との戦闘中では、わずかな隙が致命的になる。
考え事は厳禁だと、何度も肝に銘じてきたはずだ。
まして、今の俺は記憶喪失で脳が不安定。
激しい頭痛に襲われれば、数秒以上の隙を晒すこともあり得る。
不幸中の幸いだが、俺はつい先ほど土魔法『岩石封じ』で豪傑の四肢を拘束したばかり。
この状態からなら、多少の隙を晒しても――
「ふんっ!!」
「なにぃっ!?」
豪傑の拳が俺を襲う。
迸る闘気と共に放たれたその一撃は、正面からのものとは思えぬほど速く、重く、鋭かった。
まさに想定外だった。
油断していたわけじゃない。
だが、頭痛のせいで『散り桜』の制御に微かな乱れが生じていたのは事実で、その隙を突かれた形だ。
防ぎ切れなかった衝撃が身体の芯まで染み込み、咄嗟に数歩後退するしかなかった。
岩で組み上げていたはずの拘束は容赦なく砕かれ、無数の石片が四散して地面にぱらぱらと落ちている。
その音がやけに耳に残った。
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