リーゼロッテの氷剣が琉徳の喉元に届こうとした、その刹那――。
「――終わってなどいない!」
琉徳の怒声が広場に響き渡った。
雷鳴のようなその叫びは、空気を震わせるほどの気迫を帯びていた。
同時に、彼の身体から異様な妖気が放たれる。
ぞわりと肌を刺すような空気が、しかし次の瞬間には熱へと変わり、じわりと広場の雰囲気を歪めた。
異様な香りが立ち込める。
香ばしく、どこか甘みを含んだ、しかしながら人の持つ妖気としてはあまりに異質なそれに、リーゼロッテが目を見開いた。
「なっ!? こ、これはいったい……!?」
彼女の表情に、初めて動揺の色が浮かぶ。
戦場においても決して揺らぐことのなかった瞳が、一瞬だけ迷いを見せた。
その足元で凍りついていた地面が、不気味な震動を起こし、ひび割れ始める。
「見せてやろう……我が讃岐家に伝わる、禁断の血統妖術を!! 他藩からの侵攻を幾度となく跳ね返してきた、武の真髄を!!」
琉徳が地面に手を突き立てた。
その瞬間、衝撃波が走る。
大地が割れ、そこから白銀の奔流が噴き出した。
それは水ではない。
粘り気のある――そう、まるで生きた麺のような物質が、ねじれ、絡まり、うねりながら形を成していく。
瞬く間に、それはひとつの巨体へと姿を変えた。
うどんでできた巨人。
つるりとした光沢を持つ純白の麺が、幾重にも絡み合い、まるで鍛え上げられた武士のごとき姿を形作っていく。
ねじれた麺の筋繊維が、まるで鍛え抜かれた筋肉のように浮かび上がる。
しなやかさとコシを兼ね備えたその体躯は、ただの異能の産物ではない――研ぎ澄まされた妖術の結晶だった。
さらに、琉徳の周囲を漂っていた天ぷらの破片が、次々と黄金の輝きを帯び、巨人の装甲へと変化していく。
琉徳は満足げにその姿を見上げる。
彼は悠然と飛び上がり、巨神兵の頭部付近――まるでコックピットのような位置に陣取った。
そこは、まるで彼のために用意された玉座のようだった。
「讃岐家奥義――『白麺の神・おうどん湯の巨麺兵』だ!! ワハハハハ!!!」
その名が告げられた瞬間、巨神兵の背に巨大な黄金の大砲が出現する。
ぶくぶくと煮え立つ液体が内部で沸騰し、今にも解き放たれんとしていた。
出汁だ。
圧倒的な熱量を孕んだ、芳醇な香りを放つ特濃の出汁が、今、戦場を焼き尽くそうとしている。
「まさか、こんな異能が……!」
リーゼロッテは驚愕しつつも、すぐに冷静さを取り戻した。
剣のみでは勝てないと瞬時に悟ると、彼女は素早く印を結ぶ。
「【聖なる氷壁・アイスウォール】!!」
眼前に氷壁が生成される。
蒼白く輝く純氷の障壁が、厚く、強固に戦場を隔てた――しかし。
「神に小細工など通用せん!!」
ぶっしゃあああ!
煮えたぎった出汁が大砲から射出される。
それは弾丸ではない、洪水だ。
圧倒的な熱量と粘度を持った奔流が、リーゼロッテの氷壁に襲いかかる。
バチバチッ……!
ジュワァァァ……!!
氷壁が、まるで雪が陽に溶かされるかのように、いとも容易く崩れ去っていく。
壁の奥にいたリーゼロッテの頬に、熱された蒸気がかすめた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!