「お前はいい男だ。相手によっては、俺よりも先に口説く権利を与えてもいい。もちろん、無理やりは無しだ。それに、既に俺の女となっている者に手を出すことも許さない」
「……あなたという人の性格が分かってきましたよ」
豪傑がため息をつく。
その声には呆れ以上に、どこか安心したような色が滲んでいた。
しかし、どうして呆れられているんだ?
俺は本気で語っているのに。
富、名声、権力、戦闘能力、美食などなど……。
人が求めるものはたくさんある。
だが、大元を辿ればそれらは『生物としての自己遺伝子の存続欲求』に由来するという一面がある。
金があり、社会的地位が高く、強く、栄養状態が十分であれば、自ずと遺伝子を残しやすくなるからな。
そういった欲望と比べて、生物として根源的な欲求にダイレクトに答えるものがある。
それこそが、異性からの愛だ。
男の俺や豪傑にとっては、美少女からの愛である。
もちろん美女や美熟女もいいし、将来性を見越して美幼女もアリだ。
あるいは、外見なんぞに拘らず、心根の優しい者や価値観の合う者を選ぶのも大いに結構である。
「美少女はいいぞ! 愛でてよし、眺めてよし、抱いてよしだ! 俺は美少女を愛している。お前も美少女を愛し、そして愛されているといい」
「はぁ……。何やら誤解があるようですが……」
受けた豪傑が、重たいため息を吐いた。
肩がわずかに落ちる。
ついさっきまで、剣呑な空気を漂わせていた彼女の態度が、幾分和らいでいるのが分かる。
まるで、相手の常識外れな言動に呆れたのか、それとも逆に安心したのか。
どこか気の抜けたような、けれど親しみの兆しも垣間見える微妙な雰囲気だった。
「いいでしょう。あなたは、私の探し人に似ています。ひとときの借宿として、あなたに仕えてみるのも悪くありません」
唐突な宣言。
だがその声音には、確かな決意がにじんでいた。
どこか寂しさを抱えるような瞳が、仮面越しにこちらを見据えている。
その言葉が気まぐれなどではないことを、俺は直感で理解した。
「おお! そうか!!」
思わず歓喜が声となって漏れ、無意識のうちに手を叩いていた。
これほどの強者が味方になるのであれば、近麗地方の平定など、風を切るように容易なことだ。
心が弾む。
「ですが、その前に」
その一言が、勢いづいた俺の思考に急ブレーキをかけた。
「ん?」
「あなたの素顔を見せてください。顔を知らない相手に仕えろと言われても、無理があります」
確かに、と俺はすぐに頷いた。
相手に信を置かせるには、自らをさらけ出す必要があるのは当然だ。
豪傑の顔も仮面で隠されてはいるが、まずは俺から仮面を外すのが礼儀というものだろう。
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