「バカな……! あの拘束を解いたのか……?」
思わず声が漏れた。
俺の膨大な魔力を惜しみなく使い、幾重にも強化した岩の枷。
それを破るには相当な出力が必要なはずだった。
「当然です。私は、大切な人からいただいた絶対的な『力』があります。この程度の拘束で、私は縛れません」
堂々とした声音だった。
言葉に迷いがない。
声の底に宿るもの――それは誇り。
誇りが彼の存在を芯から支えている。
大切な人……か。
ふと、胸の奥が軋んだ。
彼にも誰かがいるのか。
恋人か、家族か、あるいは師か……。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
俺は気を取り直し、攻め方を変えることにする。
「なら、これはどうだ!? 【氷縛・白蓮零華(びゃくれんれいか)】!!」
俺は水魔法を発動した。
豪傑の周囲にひやりとした空気がまとわりつき、一瞬にして霧のような白が辺りを覆った。
咲き誇る白蓮のごとき氷結の罠。
これは、『岩石封じ』と並んで桜花藩に来てから開発した新技のひとつだ。
表向きには『水魔法』ではなく『水妖術』という建前にしてある。
和風の名を冠したのもそのため。
俺がヤマト連邦の外から来た者だと、そう簡単に知られるわけにはいかない。
我ながら完璧な偽装だ。
だが――
「効かないと言っているでしょう。ぬぅんっ!!」
鋭い気合と共に、彼が腕を振る。
パキンッ!
乾いた音が空気を裂き、次の瞬間、雪蓮華の氷が砕け散った。
凄まじい力だ。
「やるな」
「あなたこそ。やけに多彩な妖術を使いますね……とても疲れます」
「俺も同じだ。工夫を凝らした自慢の搦め手を……これほどまでに突破されたことはない。ストレスだ」
俺は嘆息混じりに言う。
殺生に関して、俺は呪いを受けている。
そのため、相手との力量差に応じて、適切な戦闘方法を選んで安全に打ち倒す必要がある。
搦め手中心の戦闘が、格下を相手取るときの俺の戦闘スタイルだ。
だが、彼には通じない。
誤魔化しも策も、通用しない。
だとすれば、次の手を考えねばならない。
「私を懐柔できるなど、思わないことです。さっさと全力を出しなさい。――【ジャガー・メテオ】!!」
警告ではなかった。
宣告だった。
彼の声に宿るのは、もはや容赦なき覚悟だ。
「ちっ……」
無数の投石が空から襲ってくる。
文字通りの岩の雨だ。
妖術『散り桜』で無効化できる――はずだ。
しかし、頭痛に伴う制御の乱れが、今も尾を引いている。
……当たっても大丈夫か?
一抹の不安がある。
「念のため避けおくか。……ん?」
ほんの一歩、体の重心を左へ傾けた瞬間だった。
空気が裂けるような鋭い声が、耳を打った。
まるで待っていたかのように、まっすぐ、迷いなく。
「動きは読めてます! 妖術にあぐらをかいて、読み合いはお粗末のようですね!!」
一拍、呼吸が詰まる。
顔をしかめ、言葉の意図を理解した瞬間には、すでに遅かった。
直感が告げている。
見切られた――そう、完全に、だ。
豪傑の両腕が唸りを上げる。
まるで雷鳴の前触れのようだ。
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