【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう

~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
猪木洋平@【コミカライズ連載中】

1763話 経過観察

公開日時: 2025年6月9日(月) 12:10
文字数:2,038

 数日が経過した。

 天守閣には静寂が満ちており、外から穏やかな陽光が差し込んでいる。

 しかし、その穏やかな光は、布団に横たわる三人――紅葉、流華、桔梗には届かない。

 彼女たちの表情には生気がなく、胸元がわずかに上下するその呼吸だけが、かろうじて命の灯を示していた。


 見ての通り、今もなお紅葉たち三人は目を覚ましていない。

 眠りというにはあまりに深い状態だ。

 俺は彼女たちの様子を見つめながら、思わず唇を噛む。

 何度目になるだろう、この光景に心を沈めるのは。


 しかし、改善の兆しもある。

 彼女たちの体から放たれる魔力の波長が、以前よりも幾分安定してきているのだ。

 それは俺が闇魔法をレベル4まで上げたことによって、ようやく得た手応え。

 力を増したことで、彼女たちの内にある闇を、ようやく制御することが可能になったのだ。


「【闇の調律】」


 俺は静かに呪文を唱えた。

 術式が展開され、紫黒の輝きが空中をたゆたう。

 それがまるで風鈴の音色のように静かに震えながら、三人の少女に向かって吸い込まれていく。

 闇が調律され始めたその瞬間、彼女たちの眉間の皺がわずかに解けたように見えた。


 俺は引き続き彼女たちの闇を調整していく。

 理想を言えば『闇の螺旋』などで大元から闇を吸収したいところだったが、試してみても効果はイマイチだった。

 どうやら、既に根付いてしまった闇を引き剥がすことは容易ではないらしい。

 まるで彼女たちの一部となってしまったかのように、闇は深く静かに共生している。

 無理に剥がせば、命をもって代償を払うことになるだろう。


「……とりあえず、今日の処置はこんなところだな」


 俺は呟く。

 誰に聞かせるでもなく、ただ自分に言い聞かせるように。

 あくまで調整。

 根本的には、紅葉たちが自分の体に闇を慣らすのを待つしかない。

 焦りは禁物だ。


「あと数日ぐらいで目覚めそうか……? 心配だが、順調ではある。闇魔法をレベル5に伸ばすかどうかは、まだ保留だな。……ん?」


 呟きが静かな室内に溶けていく。

 そのとき、意識の端に微かな気配が引っかかった。

 扉の向こう、足音が規則的に近づいてくる。


 軽くノックの音が響く。

 まるで誰かの心を伺うような控えめさで、それは確かに俺の許可を求めていた。

 俺の元に配下が報告にやってきたらしい。


「入れ」


 俺は入室の許可を出す。

 入ってきた者の顔を見るが、よく知らない顔だった。


 最も重用している紅葉、流華、桔梗は昏睡状態。

 便利な忍者集団『漆刃』も、無月や幽蓮を始めとして同じく昏睡状態。

 その他の面々で俺が名前を覚えているのは、前藩主の景春、桜花七侍の面々、桔梗の祖父である早雲ぐらいだ。

 しかし、俺の闇が伝染しないように最近は距離を取っている。


 最近は、報告のために接するのは主に下っ端連中となっていた。

 それも、繰り返し接触による伝染を最小限に抑えるため、日替わり当番制。

 これでは、名前を覚えていないのも無理はないだろう。


「定例の報告書か。確かに受け取った。下がれ」


 俺の言葉を聞いて、報告にやってきた下っ端が退出する。

 定例の報告書。

 漆刃が一時的に機能停止している今、情報収集能力は低下している。

 だが、まるっきりのゼロではない。

 漆刃以外にも諜報員はいる。

 その成果がまとめられた報告書を、下っ端が持ってきたというわけだな。


「ふむ、『万人力』か……。あの豪傑に相応しい通り名だ。細かいところは、よく覚えていないが」


 報告書の中に目を引く記載があった。

 死牙藩で戦った豪傑。

 その記憶は薄れていたが、力強さだけは印象に残っていた。

 どうやら、あの場から撤退したあとは暁紅藩で名を上げることにしたらしく、今では『万人力』という二つ名で呼ばれるようになったようだ。


「彼も頑張っているのだな。……ん? 彼?」


 ちょっと違和感を覚えた。

 何かがおかしい。

 記憶の断片が引っかかっているが、それが何かは分からない。


「……まぁ、いずれ思い出すだろう。大和連邦以前の記憶はともかく、死牙藩での記憶を忘れているのは闇の影響だ。落ち着けば思い出すはず」


 俺はそう結論付けた。

 楽観的とも言えるが、今はそれが精一杯だった。


「そうだ、闇が落ち着けば全てが解決する。よく覚えていないが、豪傑は強かったはず。いずれは彼を配下に迎えるのもいいな。おっと、その前に紅葉たちか……」


 俺は再び紅葉たちに視線を向ける。

 三人は静かに眠ったままだ。

 彼女たちが目を覚ました時、俺は何を話せばいいのだろうか。

 何を見せれば、彼女たちは微笑んでくれるだろうか。


「征服した各藩の観光地巡りは……情勢が落ち着くまでは避けるか。しかし、桜花の城下町ぐらいなら……。うん、蛸炎珠の食べ歩きをするのがいい。そうしよう」


 蛸炎珠。

 つまり、日本で言うところのたこ焼きだ。

 もっとも、この世界では焼き鳥のように串刺しにして食べたりするようだが……。

 まぁ、だいたいは似たようなものである。


「ふふ……。楽しみだな」


 紅葉、流華、桔梗。

 ついでに無月や幽蓮。

 みんなといっしょに城下町を楽しむ日を夢見つつ、俺は次なる仕事に取り掛かるのだった。

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