「くっ!?」
寸前で避け、もがくように体を捻って脱出する。
地面に深く刻まれた拳痕。
危うく、潰れたトマトみたいになるところだった。
妖術『散り桜』の制御が不安定になっている今、あれを受けていたらヤバかった。
やはり、豪傑のパワーは凄まじい……。
桜花七侍の巨魁や金剛すら、軽く凌駕しているんじゃないか?
まるで、暴風そのものと戦っているかのようだ。
「間一髪で避けましたか……。しかし、体勢を立て直す時間は与えませんよ! はあああぁっ!!!」
空気が再び振動し、風が二度目の怒りを上げた。
彼は止まらない。
目の前の敵を打ち砕くまで、彼の拳は休まない。
「……ふん、落ち着いて対処すればどうとでもなる。この期に及んで『力』頼みとはな……。いい加減に学べ」
俺は唇を歪めて呟いた。
豪傑の戦い方は一貫している。
圧倒的な筋力、すさまじい膂力で押し通す。
シンプルでわかりやすい分、隙がなく強力だ。
だが、それはあくまで格下が相手のときの話。
俺のような格上には通じない。
搦め手を用いるか、あるいは集団戦に持ち込んで撹乱するか。
何らかの工夫が必要だ。
「【侵掠すること火の如し】!!」
号令のように力を込める彼の声。
その瞬間、空気の密度が変わった。
風が止まり、音が引き絞られ、時さえもほんの一瞬たじろいだように思える。
目に見えぬ圧力が大気を押し潰すように満ちていく。
「やっば! なんか、腕が大きくなってない!?」
観戦している幽蓮の声が聞こえてきた。
恐怖と驚きが交じった声だった。
彼女の視線の先には、豪傑の右腕。
確かに膨張している。
いや、膨張というよりも、圧倒的な闘気と妖気が形をとって、腕を“拡張”させているのだ。
純粋な幻覚ではなく、しかし彼自信の腕が急成長したわけでもない。
それは闘気の鎧のような、濃密な殺意の塊だった。
ハンマーのような武器だけに頼ることなく、素手でさえ破壊を成し得る。
骨を砕き、肉を裂き、地を穿つ。
それが可能であるという確信が、見る者全てに伝わる。
その腕は既に一個の兵器だった。
「【エレファント・バン】!!!」
技名と共に、巨大な腕が空気を裂いて突き出された。
速い。
大きい。
そして、間違いなく重い。
避けるか、受けるか。
一瞬の判断を迫られる。
しかし、俺は嘲るように微笑んだ。
――それぐらいなら、俺もできる。
純粋な腕力だけなら豪傑に分があるかもしれない。
だが、魔力、闘気、妖力によるブーストまで含めれば、俺が負けることはない。
「ふんっ!!!」
全身の筋肉が軋みを上げた瞬間、俺の拳が膨れ上がり、空間を殴った。
衝突音が耳をつんざく。
豪傑の“エレファント・バン”を、こちらの全霊をもって受け止め、押し返す。
「おお……! 主のはもっと大きいぞ!!!」
無月の声が背後から届いた。
その声が、確かに力になった。
心が燃える。
俺はこの一撃に、仲間の誇りと信頼も背負っているのだ。
「うぅ……!」
豪傑が歯を食いしばり、踏ん張る。
だが、流れはすでにこちらに傾いていた。
「あぐっ!!」
抵抗虚しく、豪傑に俺の拳が直撃した。
彼は弾け飛び、地面を転がる。
その体が土を抉り、砂煙を巻き上げながら、ついに止まった。
「これでいいのか? ”エレファント・バン”」
「…………!! がふっ!」
豪傑が苦悶の声を漏らす。
これで勝負あっただろう。
さぁ、彼を配下に迎え入れるべく”交渉”を頑張ろうか。
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