「あいつが、報告書にあった豪傑だな? 何か情報は得たのか?」
俺は、目を細めながら問いかけた。
広がる静寂を破るように、隣に立つ流華が低く答えた。
「細かいことは分からねぇけど……。圧倒的な腕力に加えて、妖術も使っていた。あとは、武具に書いてある通り『美帝(びてい)』っつう名前らしい……」
「美帝……?」
俺は呟き、眉をひそめた。
美しい帝王、か。
言葉にすればたったそれだけなのに、その響きが妙に耳に残る。
何とも仰々しい名前だ。
だが、読み方は『びてい』で正しいのだろうか?
普通に考えればそうだ。
しかし、漢字には複数の読み方があるものが多い。
今回の『美帝』という組み合わせなら、例えば『みてい』という読み方だって――
「うっ!?」
思考を巡らせた途端、激しい頭痛が頭を貫いた。
痛みに顔をしかめ、思わず膝をつきそうになる。
……何だ?
一体、俺は何を思い出そうとしている……?
俺の異変を察知したのか、背後から流華が慌てて駆け寄ってきた。
「兄貴!」
「だ、大丈夫だ……。こんなこともあろうかと、新しい妖具を準備してきた」
息を荒げながら、俺は懐を探り、仮面を取り出す。
それを素早く顔に当て、装着した。
この仮面の効果はただ一つ、頭痛の緩和のみ。
さっそく効果が出てきた。
痛みは和らぎ、思考も徐々に正常に戻ってくる。
名前の読み方など、今はどうでもいい。
重要なのは、目の前の敵――あの豪傑への対処だ。
「俺はあいつを倒してくる」
「兄貴? いや、でも……」
呼吸を整えた俺は、きっぱりと宣言する。
流華の声には、不安が滲んでいた。
「心配するな。俺は負けない。それに、わざわざここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかないだろう?」
俺は微笑みを浮かべながら言う。
流華も苦笑いを返してきた。
「……そうだな。兄貴がそう言うなら、任せるぜ。ただ、できれば無意味に傷つけず仲間に引き込めないかな?」
思いがけない提案に、俺は思わず目を見開いた。
流華らしいと言えばらしい。
敵であっても、不必要に傷つけたくない――そんな優しさを彼は持っている。
しかし、仲間に引き込むだと?
自分たちの隊を壊滅状態に追い込んだ、その張本人を?
さすがに優しすぎる気もする。
少し違和感を覚えた。
だが、長々と話し込んでいる暇はない。
「……余裕があればそうしよう。あの豪傑は強い。仲間に引き込めれば百人力となる。――うっ……!?」
再び、鋭い痛みが頭を突き刺した。
今度は、”百人力”という言葉を口にした瞬間だ。
仮面の効果により、痛み自体は先ほどより軽い。
だが、魂の底を揺さぶられるような、不快で根源的な苦しみは、簡単には無視できなかった。
強者との戦闘中にこの痛みが発生するのはマズい。
わずかな隙が命取りになるだろう。
ならば、しばらく口数を減らし、全神経を集中するしかない。
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