「え……?」
俺の口から漏れたのは、明確な疑問でも反論でもなかった。
心の準備ができていないまま、目の前の現実に突き落とされたような、そんな動揺だった。
「申し訳ありませんが、拘束させていただきましょう。はぁあああ……!!」
「お、おい!? ちょっと待て!!」
空気が濃密になった。
紅葉の体から、目には見えない圧が押し寄せてくる。
重力が変わったかのように、全身に重みがまとわりつく。
濃密な妖力──まさに植物妖術特有の、生命の根源に直接訴えかけてくるような感覚だった。
彼女は『加護付与』と『ステータス操作』で強化されている。
それは理解していた。
だが、実際に対峙してみてわかる。
これは、もはや俺が簡単に抑え込める相手ではない。
「紅葉! 俺たち四人は、一度も本気の喧嘩をしたことがなかったよな!? 仲間としての誓いは――」
懇願にも似た叫び。
しかし、それすらも届かない。
「【深緑の縛り手】」
「うぐっ!?」
突如、四肢に絡みついたのは太く粘り気を帯びた蔦だった。
鋼鉄のような硬さと、しなやかな柔軟さを併せ持つそれが、容赦なく俺の身体を締め付けていく。
紅葉の妖術……いや、もはやこれは芸術の域だ。
加護によって底上げされたステータス。
それに加えて、スキルそのものの精度と威力が、桁違いに強化されている。
しかしそれにしても、これほどのレベルとは──。
「ふふ……。今なら何でもできそうです! 何でしょう、この高揚感は!!」
紅葉が笑った。
その笑みは、もはやかつての彼女のものではない。
理性の皮を剥ぎ捨て、欲望を解き放った者だけが浮かべることのできる、邪悪で甘美な笑みだった。
「くっ……。流華! 桔梗!」
俺は二人の名を呼んだ。
助けを求めるのではない。
共に築いてきた時間を信じた叫びだった。
しかし――
「へへ……! 兄貴をヤルぞ! 俺に続け、桔梗!!」
「……くくっ、言われずとも! 高橋将軍家の跡取りを産むのは私たち! そして、桜花の時代を築いていく!!」
笑いながら俺を裏切る二人。
その表情には、かつての仲間としての躊躇いなど微塵も見えなかった。
「な……!?」
俺の信じた絆が、音を立てて崩れていく。
思考が追いつかない。
裏切りなのか、狂気なのか。
あるいは、その両方か。
確かに、三人は仲が良かった。
それは知っている。
だが、「俺と子作り」などという方針で一致するなんて。
というかそもそも、流華は男だったはず。
俺に”そっち”の趣味は……完全にないわけではないが、基本的にはない。
と、とにかく、このままではマズい!
「どうしたんだ三人とも! そんなことお前たちが言うはずないだろ!?」
俺は必死に問いかける。
紅葉が優しく、しかし決定的に笑ってみせた。
「ふふふ……。私たちは、ようやく理解したのです」
静かに語るその声は、まるで恋人に愛を告げるかのように甘く響いた。
「私たちは高志様のことが好きです。父として、兄としても好きです。しかし最も大きな気持ちは、異性としての気持ち。私たちは、高志様の子どもを産みたいのです」
「……!!」
その言葉が耳に届いた瞬間、全身が凍りついた。
理解が追いつかず、反射的に彼女たちの顔を見る。
紅葉の眼差しは、真っ直ぐだった。
迷いも恥じらいもなく、むしろ、澄み切った湖面のような意志が宿っていた。
「高志様も、少しは私たちを”そういう目”で見ていたでしょう? 気付いていましたよ」
その口調には、責める色はなかった。
むしろ、慈しむような優しさと、長く抱えていたものをようやく打ち明けた安堵が滲んでいた。
俺は唇を開いた。
否定しなければ。
だが──。
「っ! そ、そうは言ってもだな……」
その言葉の続きが出てこない。
喉が詰まったように、息すら上手く吐けない。
脳裏に浮かぶのは、日々の中で無意識に目で追っていた彼女たちの姿だった。
紅葉たちの、成長した体つき。
あどけなさを残しながらも、日に日に女としての輪郭を帯びてゆくその姿に、確かに、目を奪われていたことがある。
それは、目を逸らしたくなるほど確かな事実だった。
だが、それは──。
「ええ。高志様は自制しておられるようでした。そして私たちも、高志様を困らせないよう自制してきました。……しかし! 今こそその我慢を解き放つ時です!!」
紅葉の声は、静けさを切り裂くように響いた。
その瞳は燃えるような熱を帯び、背後に控える流華と桔梗も同じ決意の色を瞳に宿していた。
もはや彼女たちは迷っていない。
「ま、待て!」
咄嗟に手を伸ばし、声を荒げた。
だが、その声も、腕も、まるで届かなかった。
「待ちません!! さぁ、流華くん! 桔梗ちゃん! いきますよ!!」
「おう!」
「承知!」
三人の声が一つに重なった刹那、まるで堰を切ったように、俺に向かって押し寄せてくる。
風が巻き、空気が震えたような錯覚すら覚えた。
「う、うわああああああ!!!」
もはや言葉にならない叫びが喉から溢れ出す。
逃げ場もなく、抗うすべもないまま、ただその勢いに呑まれていった。
頭の中は真っ白で、心は暴れる鼓動に支配されていた。
――こうして、思いもよらぬ形で俺は紅葉たち三人と一線を越えてしまったのだった。
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