「ぐっ……!!」
胸を押さえ、膝をつく。
体の奥に、異物がじわじわと染み込んでいく感覚。
「タカシ様!!」
「兄貴!!」
ミティと流華が駆け寄ろうとするのが視界の端に映る。
「く、来るな……! 俺から……俺から離れろ!!」
懇願にも似た叫びが喉を突いた。
「で、でも!」
流華の声が震える。
迷いが見えた。
「これは命令だ! 俺から離れろ!!」
怒鳴った。
自分でも信じられないほどの迫力が込められていたのだろう。
流華は息を呑み、動きを止めてから、渋々ながらも後退した。
ミティも、俺の鬼気迫る形相を見て、ようやく一歩、そしてもう一歩と距離を取った。
「ごほっ……!」
咳き込むと、内臓が焼けるように痛む。
体の隅々に、あの黒いモヤが侵入しているのが分かる。
かつて俺は闇を受け入れた。
今の俺にとって、瘴気は力の源であり、同時に救いでもあったはずだ。
だが、”これ”は違う。
俺の本能が――魂の奥底が、警鐘を鳴らしていた。
「ぐあああああっ!!」
痛みが臨界点を超え、悲鳴が漏れた。
体の芯を穿つようなそれは、俺だけではなく――
「う、ぐっ……」
「くっ、なんだ……これ……っ」
ミティや流華たちの苦悶の声が、次々と届く。
しまった、間に合わなかった……!
もっと早く離れてもらうべきだった!
『墨より濃く、闇より深く――』
耳に入り込む不思議な詠唱。
『この世の理、全て塗りつぶそう』
どこからともなく聞こえてくる2つの声。
奇妙な幼さがあった。
しかし同時に、それは世界を見下ろす神のような重みを備えていた。
――この雰囲気、似ている。
深詠藩のツクヨミに。
だが、もっと前にも……そう、湧火山藩の煌夜山だったか。
あの時と同じ気配を感じる。
『舞え、黒鴉。囁け、虚無の言の葉』
『踊れ、影法師。裂けろ、万象の下地』
謎の詠唱はなおも続いていた。
俺は歯を食いしばり、痛みに耐えながら、ふらつく視線を空へと向けた。
――胸の奥に響く、あの不快な振動。
まるで心臓そのものが詠唱の波動に同調しようとしているかのようだった。
耐えがたい高熱が脊髄を駆け上がり、意識がぐらつく。
見上げた空は、どこまでも黒く塗り潰されていた。
「な、何だあれは!!」
「ふ、双子……!?」
無月と幽蓮が叫ぶ。
彼女たちの声には怯えと怒りとが入り混じっていた。
それは、理性と本能の間で揺れる人間だけが持つ、極限状況下の悲鳴だった。
彼女たちは流華やミティよりも少し遠かったこともあり、今のところは無事なようだ。
しかし、この異常事態を前にして安心はできない。
頭上に浮かぶ二つの人影。
輪郭は人間に似ているが、その存在が放つ気配は、あまりにも異質だった。
神秘性と邪悪性が渦を巻き、まるで空そのものが嘔吐しそうな不快な空気を孕んでいる。
闇の瘴気、そしてあの詠唱……すべての出所はあそこだ。
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