豪傑と戦い始めてから数分が経過した。
「――【ホーク・ドライブ】!」
地を這うように滑るその声と同時、彼の手から放たれた石が猛禽のように空を裂いた。
空気が震え、乾いた風が砂を巻き上げる。
その風の中で俺は、息を詰めることもなく回避態勢を整える。
「またそれか……」
俺は落ち着いて投石を躱していく。
繰り返される同じ攻撃。
初見では少し驚いたが、今の俺には通じない。
スキル『回避術』の恩恵もあり、簡単に回避できる。
血統妖術『散り桜』を使うまでもないな。
「さすがは兄貴……! あんな桁違いの攻撃に、もう慣れたのか!!」
声が背後から聞こえてくる。
流華だ。
声のトーンには信頼と驚きが入り交じっていた。
「凄まじい怪力を誇る豪傑も……主様の前では無力なものだな」
無月の声が続く。
近接戦闘ではやや力不足な彼女だが、暗部として経験を積んできたその眼力は戦局を冷静に見通す。
「高ちゃん、頑張ってー!!」
軽やかで、どこか甘えるような声。
幽蓮だ。
少しはしゃいだ様子がにじんでいる。
流華たちは最初、遠巻きに見ているだけだった。
怪我の影響が残っていたのだ
動けば痛む。
無理をすれば再び倒れることもあるだろう。
それでも、時間と共にその傷も徐々に癒え、彼女たちは少しずつ距離を詰めてきた。
慎重さの中に、仲間としての誇りと覚悟が滲んでいる。
――俺が言った、「応援していてくれ」という言葉。
それは命令ではなかった。
ただの願いだ。
だが流華たちは、その願いをまっすぐに受け止めてくれた。
俺はちらりと後方に視線を向ける。
流華、無月、幽蓮。
それに、黒羽や水無月たち。
仲間たちの存在を、瞳の奥に焼きつける。
そして、再び豪傑を真正面から見据えた。
「敗北を認めろ。俺は裏漆刃の裸漢……お前が適う相手ではなかったのだ」
俺の言葉を受けても、豪傑は黙したままだ。
だが沈黙には、拒絶の色もなければ、受諾の気配もない。
敵ながら、彼の誇り高さがわかる。
こういう男は、ただの言葉では屈しない。
力をもって示さねばならない種類の存在だ。
「……今、『たかちゃん』と呼ばれていましたか?」
ふいに、豪傑が低く問いかけてきた。
その声音には、探るような静かな鋭さがあった。
「……呼ばれたが、それがどうした? 姓が『高橋』なのだから、『高ちゃん』と呼ばれることもあるだろう」
俺の名前は高橋高志。
幽蓮が『高ちゃん』と呼んだ理由は……実際にはおそらく下の名前から取った、親しみと信頼の印。
それが俺には、痛いほど伝わっている。
だが、今この場にいるのは裏漆刃の裸漢であって、平時の俺ではない。
真実の説明は不要だ。
下の名前『高志』まで知られるのは、後々厄介な事態を招く可能性がある。
幸いにも、俺は姓と名の両方に『高』の字が含まれている。
都合のいい偶然が、俺に平然と嘘をつかせることに役立っていた。
「……どうやら本当のようですね。改めて『もしや』と思ったのですが、やはり人違いのようです」
「人違い?」
俺の問いに、豪傑は首をわずかに横に振った。
「あなたには関係ありません。……とにかく、私の覇道を邪魔するならば容赦しません!!」
叫ぶと同時に、彼は再び石を投げてきた。
その動きに、一片の迷いもない。
ただただ純粋な意思がそこにある。
俺はそれを軽やかにかわす。
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