「理解したかな? 俺に物理攻撃は通じない」
俺には防御系の切り札がある――主に二つ。
ひとつは、火魔法の極地『炎精纏装・サラマンダー』。
文字通り、炎の精霊を纏うことで力を引き上げる術だ。
そしてもうひとつが、血統妖術『散り桜』である。
俺は元より火魔法を鍛えていたため、単純なスペックなら『炎精纏装』の方が遥かに上だ。
体を包む炎は意志を持つかのように敵を薙ぎ払い、敵の物理攻撃を揺らめく炎のように受け流す。
攻撃力も、防御力も、桁違いに跳ね上がるわけだな。
しかし、それゆえに代償も大きい。
MP消費の激しさは常軌を逸しており、たとえ俺でも長時間は保てない。
さらに、纏う炎精――サラマンダーは、ツンデレで気難しい。
油断すればすぐに拗ね、力を貸してくれなくなることもしばしば。
以前はもうちょっとデレ成分が強めだった気がするんだけどな。
俺の記憶喪失が何らかの形で悪影響を与えているのかもしれない。
加えて、体温の異常な上昇が制御を困難にする。
焦りや怒りといった感情が少しでも漏れれば、たちまち暴走の危険を孕む。
こちらに攻撃の意思がなくとも、伝わる高温だけで相手に致死レベルのダメージを与える可能性すらある。
これらの要素が、俺に『炎精纏装』の使用をためらわせるのだ。
対して、桜妖術『散り桜』は穏やかだ。
負担は格段に小さい。
今の俺の力量では攻撃には転用できないが、それゆえに意図せぬダメージを与えることもない。
攻撃を受けた肉体と装備は一時的に花びらとなって舞い、すぐさま修復される。
それが『散り桜』だ。
ついでに言えば、ここは白夜湖の湖畔――水気の多い地だという事情もあった。
火の力はどうしても鈍るし、制御も難しくなる。
だからこそ、俺は今『散り桜』を選んでいる。
これが最適解。
間違いないはずだ。
「ならば――【ホーク・ドライブ】!!」
叫びと共に、豪傑は無造作に石を掴み、迷いなく天へ向かってそれを投げ放った。
腕の筋肉がしなり、石は鋭い弧を描いて空高く舞い上がる。
繰り返すこと数回。
濃霧の中、石はまるで黒い彗星のように小さくなっていった。
「ほう? 上空へ石を投擲しての、時間差攻撃か」
俺は一瞬で意図を見抜き、即座に後方へ飛びのいた。
直後、空から轟音と共に、無数の石片が豪雨のように降り注ぐ。
耳に残る鼓膜を叩くような破裂音が絶え間なく続いた。
「そこっ!」
空気を裂くような鋭い叫びが、石雨の向こうから飛び込んでくる。
その声に反応するより早く、豪傑がまるで弾丸のような勢いで間合いを詰めてきた。
大地が震え、接近の圧力が全身にのしかかる。
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