この日も先週と同様に、遅めの時間、午後6時くらいに僕はDVDを返却しに行った。
そしてその日は早々と店を後にして、駐車場で彼女が従業員のドアから出てくるのを待った。
6時20分。
この前と同じ時間になった。
そのときドアが開いた。
でも出てきたのは彼女の同僚だけだった。
・・・おかしいな?
彼女の車はまだある。
まだ店の中に居るのだ。
6時半になっても彼女は出てこなかった。
ひょっとして、何かあったのだろうか?
僕は心配になったが、6時20分に出てきたことを確認したのはただ一度きりだ。
もしかしたらこれがいつもどおりなのかもしれない。
僕はただじっとドアを見つめてそのときを待った。
とても緊張していた。
彼女に駆け寄り、この紙を渡すだけ。
いつものように、DVDを返却するだけと思えばいい。
ともあれそんなにうまくいかないのが心情というものである。
僕はドキドキ動悸が止まらなかった。
しかし。
7時前になっても彼女は出てこなかった。
見落としたのだろうか?
まさか。僕はずっと見ていた。
その証拠にまだ車はあるんだ。
僕は車をちらりとみて、その存在を確認した。
7時。
まだ出てこない。
僕はこの一瞬一瞬が、永遠に感じられた。
今日は遅い日なのだろうか?
店の中に行ってまだ勤務しているか確かめた方がいいだろうか?
でもその瞬間に彼女が出て来てしまったら、すぐに車に乗り込み去ってしまう。
僕は待つことにした。
7時10分。
まだ出てこない。
7時20分。
ドアに動きは見られなかった。
あそこに青い、ドラえもんの日よけネットがついている車がある以上は、彼女は店の中から出てくるはずだ。
僕は店の看板に目をやった。
営業時間を確認する。
深夜0時までとあった。
最悪そのときまで待とう。そう思った。
だがそのあと7時半になっても7時40分になっても、彼女は出てこなかった。
8時を過ぎて、待ち始めてから2時間経った。
中でお喋りしているには長すぎる。
何か仕事をしているに違いない。
そう思ったときだった。
ついに、ドアが開き、彼女が出てきた。
僕の心臓は口から出て5m先まで飛び出そうになった。
ひとりだ。
今しかない。
そう思ったが僕は動けなかった。
依然心臓は高鳴っている。
ポケットに手をやり、紙があるかどうか確かめた。
それは確かにあった。
その紙をポケットから取り出す。
これを渡すだけでいい。
それだけでいい。
僕は自然に胸を押さえていた。
ドクンドクンという確かな心臓の鼓動が感じられた。
緊張はMAXにまで達していたと思う。
僕は地面を蹴って、一歩踏み出した。
そして車に向かう彼女の元まで一気に駆け寄った。
「あのっ」
僕の声は裏返っていたかもしれない。
これが彼女と話す、2回目だ。
「?!」
彼女は相当びっくりしているようだった。
大きな目が怯えていた。
構わず畳み掛けるように僕は紙を差し出し「これ」と言った。
一瞬紙に目をやり、「え?」と驚く彼女。
そして反射的にそれを受け取った。
やった!!!!!!
やったぞ!!!!
受け取ってもらえた!!!!!!
僕は驚いたままの彼女を置き去りにしてその場を走り去った。
心臓はさっきよりもドクンドクンいっていて、体は熱くなっていた。
ギクシャクと走ってバイクまで辿り着き、振り向くと彼女は立ち止まって紙を見ていた。
僕はその先を見るのが怖くて、急いでバイクにまたがり、走らせた。
多少スピードを上げて家まで戻ると、僕は一目散に自分の部屋にいって、そして息をついた。
取り敢えず、受け取ってもらえた・・・・・。
そう思い、受け取ってもらえないという事態は免れたという事実に安堵した。
あとは連絡があるかどうかだ。
僕はスマホを取り出し、何か履歴がないかチェックした。
何もなかった。
僕は少しがっかりし、どこかほっとした。
僕はそのあと夕飯を食べ、風呂に入り、床に就くまでの間、風呂にまでスマホを持ち込んで監視していたが、スマホの反応はなかった。
ベッドに入ってからも寝付けず、スマホの画面ばかりを見ていた。
彼女も家に帰って夕飯を食べるだろうし、風呂にも入るだろう。
彼女が寝る間際、連絡は来るのではないかと考えた。
いやまてよ。
もしかしたらあの紙を、彼女はすぐに捨てたかもしれない。
僕はそこまで確認しなかった。
車に乗り込むところまで見ておけばよかった・・・!
僕は後悔した。
あのあと彼女はどんな風に思ったのだろう?
あの紙に書かれた言葉のことは確かに見ていた。
そのあとどうしたのだろう?
僕が彼女だったら、どう思うだろうか?
とても可愛い彼女になった気で考えてみた。
それなりにモテてきただろう。こういう経験は初めてじゃないかもしれない。
でもいきなり見知らぬ、平々凡々な極普通の男から、紙切れ一枚を渡されたら・・・?
そこに書いてある連絡先に果たして連絡などしてくるだろうか?
彼女が意外に冷たい女性だったとしたら、捨ててしまうかもしれない。
何しろ喋ったのが今回で2回目である。
彼女の中身なんて、仕事ぶりからしか判らない。
でもその仕事ぶりから判断するに、彼女は温かい心を持った人であると察せられる。
じゃあ彼女はどう行動するだろう?
全く判らなかった。
今日はとても疲れた。
そう思い、今日は諦めて眠りにつこうと思ったときだった。
LINEが鳴った。
僕は飛び起き、スマホを確認した。
すると見知らぬIDからのメッセージだった。
恐る恐るそれを開いてみる。
そこには
忘れな草です
とだけあった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!