午後からエステの予約があるから、と彰子は帰ろうとしたが、昼時だしここでついでに食べていけと引き留めた。とは言っても家(事務所)にはろくな食料があるでもなく、松屋をデリバリーで頼んだ。味噌汁がついてなかったが、家(事務所)にぴったり三人分のハナマルキがあった。私がやるわ、と彰子が湯を沸かしてお椀に味噌汁を作ってくれた。家庭的なところもあるんだなと感心したら、お前のぼせすぎと由紀奈に蹴られた。食後の一服をくゆらせてる間に、彰子は少し慌てた様子で出ていった。「またね」との言葉を残して去りゆく彼女の後ろ姿を、俺はリビングの窓から見えなくなるまで眺めてた。
「ほら、プリントアウトしたんだから、ちゃんと見る!」
由紀奈が俺を現実に引き戻す。彰子の資料を紙にしてくれた。例のブラ画像は、ご丁寧に彰子部分が切り抜かれていた。形だけが彰子の、白い平らなシルエットになってしまった。パンツも消されてた。ブラジャーだけが、そこに浮かんでいた。
「黒ブラか……」
肌色要素は一切無かった。それでも俺は、想像力で補う努力を忘れなかった。輪郭だけでもわりと捗るもんだ。
「悪あがきやめなよ。それよりこっち見なって」
由紀奈がそう言って示したほうの紙には、ターゲットの詳細が顔写真つきでずらずらと記されていた。
「ほう……別れた男の事なのに、こんな綺麗に纏めてきたのか。意外とマメだなあ、彰子ちゃんは」
「それ纏めたのあたしなんだけど」
「あ、そうなんですか」
「SDの中身、手書きのPDFとかメモ書きの写真とか、色々ごちゃごちゃだったから。けっこー大変だったんだよ? てかそれよりちゃんと中身読みなよ」
「あ、そうだったんですか。ふーむ、すると、俺の彰子ちゃんは、むしろズボラ、と。それはそれで意外だなあ」
「何、さっきからずっと彰子ちゃん彰子ちゃんって。ウザい」
「いやいや、これは大事なことなんですよ、由紀奈ちゃん。どんな仕事でも、依頼人の言ってる事だけ聞いてるんじゃ、駄目なんだ。事件ってやつはみんな、表に見えるよりもっと遥かに深い背景があるからな。こうやって依頼人の性行を掴んでおくのは、全貌を把握するためのむしろ前提条件と言っていい。依頼を遂行して問題を解決するには、絶対に必要なことなんですよ、由紀奈ちゃん」
どうだ。俺だってたまには探偵らしいこと言えるんだ。
「ふーん。まーそれはそうなんだろーけど、淳ちゃん今だいぶ私情入ってるよね。てか私的興味。ちょっと気持ち悪いよ。いや、だいぶ。あとあたしにちゃん付けすんな。きもい」
「由紀奈はどうだ? 彰子ちゃんは、お前から見てどう思う?」
「ん、まー事務とかやってる感じじゃないよね。でもズボラって気はしないけどなー。色々完璧だし」
「色々とは?」
「やー、普通にメイクとかネイルとかコーデとか? うん。それ全部もって、」
「可愛いよな」「かっこいーよね」
「お、珍しく見解の一致をみたな」
「一致してない。ウザい。まーあの人きっと普段バリバリ働いてんだよ。そんで男バリバリ食ってんだよ。いーなー、あたしもあーなりたい」
「頑張れ」
「おい今ちょっと見下しただろ」
「十年頑張れ」
「殺すぞ」
我がハードボイルド探偵事務所は、隔週で日曜も営業している。この日はあとは由紀奈に任せて俺は寝た。
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