村を出て二日ほど経った。
後ろを見ても、村は確認できないほどに遠ざかっている。
道端のモンスターを倒し、食料にしながらサンは順調に目的地へと進んでいた。
何もない道を走っていくと、赤く染まる夕暮れの中、サンサン村より大きそうな森へとたどり着く。
「じーちゃんが言うには、学園は森を抜けた先だな! よーし――」
と、気合の声を放とうとした瞬間、腹の鳴る音が響く。昼ごはんから時間が経って何も食べていない。
「お腹空いたなー……森の中に入って、モンスターでも捕まえるか!」
今晩の食材を探しに、サンは森に入る。
周囲を見渡しながら、足を止めず走っていく。
「なかなか見つからないなー。あまりモンスターがいないのか?」
首を傾げていると突然、どこからか足音が響く。サンは地響きに驚き、左右を確認する。
「今の足音って……もしかしたらあっちだな!」
斜め右から気配を感じ、突き進んでいく。足を止めると、サンは恐ろしい光景を目の当たりにする。
「グルルルル……」
仰天するようなでかいワニが、仕留めたモンスターを餌にしていた。荒々しく食いちぎり、その様子はまさに、モンスターの凶暴さを表していた。
「でっ……でけええええ!!」
半年前に戦ったジャイアントパンサーを超える、おおよそ三メートル半の体格。食べごたえがありそうな大きい獲物に、サンは目を輝かせて喜ぶ。
「今日の晩ごはんは、あいつだ! そうと決まれば、さっそくやるぞ!」
リュックを下ろし、サンは拳を握りしめた。対して、ワニのモンスターもこちらに気付いた途端、垂らしていたよだれを更に増やしている。
「今晩は食わせろおおお!」
地面を蹴り上げ、サンはモンスターへ飛びかかる。右拳を構えると、にっと笑う。
「今ここで、じーちゃんとの修業の成果を見せてやる!」
サンの左拳から、オレンジ色の螺旋オーラが纏う。半年前、シャンウィンに伝授された技を使うとき。サンは、最初から全力で行くのだった。
「食らえ! パワーアップした――タイヨー拳だあああ!!」
モンスターの飲み込もうとする口が近づくも、ひらりと回避する。そのまま見事、モンスターへの頭部に命中させた。
「グルァ……!?」
モンスターの頭部に、螺旋の傷が付く。後ろへよろめきながら、ゆっくりと崩れ落ちるのだった。
「やったー! 今日の飯は、ご馳走だぞ! あ、リュックから剥ぎ取りナイフを取ってこないと!」
サンは思い出し、リュックを下ろした場所へと戻る。荷物の多い中身を開け、剥ぎ取りナイフを探す。
「えーと……あった! よーし、これで……ありゃ?」
剥ぎ取りナイフを手に取り、後ろを振り返るとサンは固まる。
「グガアアアア!!」
先ほど倒したはずのモンスターが、こちらへ襲いかかっていた。凶暴さを増した姿にサンの体が勝手に身構えてしまう。
「そんな、手応えあったのに――」
サンもパンチを繰り出そうとした瞬間――。
「タイヨー拳っ!」
サンの視界に、ぼんやりと映った大柄な男。同じタイヨー拳を繰り出しており、鈍い音と共にモンスターの体が遠くの木まで吹き飛ばされる。
木はモンスターの体重で折れている。完全に動かなくなりサンは、ほっと息をつくのだった。
「助かったー……ありがとな、おっちゃん!」
謎の男の容姿を見た初印象は、がっちりと鍛えられた大柄な体格。頭はスキンヘッドで、丸眼鏡をかけている。胸に金のエンブレムの付いた赤いコートを着ていた。
「マスターから話を聞いた通り、随分と大きくなられましたね」
「おっちゃん、何でオイラのことを知ってるんだ?」
不思議そうな顔で、サンは首をひねる。すると、男は懐かしそうに笑う。
「そうでしたね。私が最後に会ったのは、君がまだ赤ん坊でしたから。初めまして、マスター・シャンウィンからの命で、あなたを迎えに来たリュウショクと申します。そしてこれから――あなたが通うブレイブ学園の学園長を務めています。さっきのタイヨー拳、見事なものでしたよ!」
気さくに、ぐっと親指を立てるリュウショクと名乗った男。しかし、サンは彼の正体に驚きの声が漏れてしまう。
「が、がくえんちょおおおお!?」
サンの目は、十秒ほど丸くなった。
・・・
リュウショクの手柄により、サンは仕留めた獲物を焚き火で焼きながら食べている。あまりの美味しさに頬張りながら、幸せの一時を感じてしまう。
「うまい! オイラ、こんなおいしい肉を食べたの初めてだ」
「ははは、そうですか! オオガミワニの肉は、高級な飲食店にも出るくらいですから。それを食べたサン君は、とても運がいいですよ」
そういえば、と思いサンは疑問に思う。
学園長という事は、先ほど聞いた。あのシャンウィンとどういう関係なのだろう、とサンは食事を続けながら質問しようとする。
「そういえば学園長って、じーちゃんの知り合いなのか? オイラと同じタイヨー拳を使ってたぞ!」
リュウショクも肉を一口かじっている。
「私は昔、シャンウィン様の下で修行を積んだ事がありましてね。君と同じタイヨー拳を使えるのも、そのためですよ」
「さっきから、じーちゃんの事をマスターって呼んでるけど何でなんだ?」
サンは首を傾げながら、肉をもう一口かじった。
「サン君は、フレア寺の存在をご存知ですか?」
そんな寺、サンは聞いたこともなく頭を横に振る。
「知らないぞ。どこかにそんな寺があるのか?」
「サンサン村から南の方角に、フレア寺がありましてね。タイヨー拳や己を鍛える場所であり、マスターはそこの長を務めていたのです」
「じーちゃんって、やっぱりすごかったんだな! しかもタイヨー拳を学ぶ場所があったんだな!」
「マスターが引退されてから、彼と会う機会は少なくなりました。ですが十三年前に、マスターが山奥に捨てられたあなたを拾ったと聞いた時はびっくりしましたよ。赤ん坊の頃や今も、これほど笑顔の似合う子に成長したなんて……私は、私は感激です! うおおおおお!」
雄叫びを上げながら、リュウショクは空を向いて涙を拭う。
「おーい、がくえんちょー」
リュウショクの仕草に、サンは棒読み気味で呼ぶ。
「はっ! 失礼しました……マスターから、サン君をブレイブ学園に入学させてほしいと手紙が届いたときは、いてもたってもいられなくなりましてね。あなたがそろそろ来ると思って迎えに来たわけです」
「そうだったのかー! なあなあ、ブレイブ学園ってどんなところなんだ? 勉強とか戦ったりするのか?」
「そうですね……我が学園では、実戦に重点を置いてましてね。各地から依頼されるクエストを基本4人体制で生徒に受けさせているのですよ。もちろん、魔法や知識を学ぶ時間もあるので、安心してください」
「それ聞いたら、もっとワクワクしてきたぞ! オイラ、魔法とか使ったことないから勉強してみたい!」
サンがずいっと前へのめり込むと、リュウショクは嬉しそうに笑う。
「楽しみにしてくれて、私も嬉しいですよ。今日は夜になりましたし、朝まで休みましょう。その時が来たら、学園がある街までご案内します」
気がつけば日は落ち、夜になっていた。このまま行きたい気持ちもあった。だが、サンは気持ちを抑えて同意する。
「分かった! 起きたら気合入れて行くぞー!」
腕を上げ、サンは次の朝まで待つのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!