あれからサンたちは村へと帰ってきた。
村長は戻ってきたレーナを抱きしめて涙を流す。レーナもごめんね、と言いながら、村長の過保護っぷりに苦笑いを浮かべていた。
サンは村人たちと別れ、シャンウィンと共に自宅へと帰る。森の中で走り回る小動物を見つめながらゆっくりと足を進めていく。
「じーちゃん、ごめんね」
「どうしたんだい、いきなり?」
「村長から聞いたんだ。じーちゃんの昔話。勇者様を助けられなかったこと、後悔してるはずなのにオイラ……言葉を考えずに慰めたから」
サンの頭にシャンウィンの右手が置かれる。育ての親は温かい表情を向けていた。
「ありがとう、サン。謝る必要はない。確かに昔のことは後悔している。けどね、サンがいてくれるから今の人生……幸せさ」
「じーちゃん……!」
その言葉にサンは感激して涙が流れそうになる。
しかし、泣き顔を見せたくなくて後ろを振り返った。
「おや、泣いてるのかい?」
サンは慌てて涙を片手で拭う。
「だ、大丈夫だよ! それよりも!」
「ん?」
もう一度前を向くと、サンは彼の体を抱きしめた。
「……オイラも幸せだ!」
「ありがとう。サンを拾ったときから、私の人生は幸せそのものだ。いつも側にいてくれて嬉しいよ」
「へへっ。そこまで言われると照れちゃうよ!」
サンが恥ずかしくて頭を掻く。
「サン……話があるんだ」
シャンウィンは真面目な顔で見つめており、その瞳はどこか寂しさを感じてしまう。
「じーちゃん?」
「この世界は広い」
シャンウィンの言葉が理解できず、サンは首を撚る。
「え、どういうこと?」
「前から考えていたんだ。サンがこれから成長するには、もっと多くの出会いが必要なんじゃないか。そして昨日のモンスターを倒したとき、思ったんだ……サンを学園に入学させるべきじゃないかってね」
「学園……? それって、魔法や戦いの勉強をして勇者を目指すための学園!?」
サンは前から学園生活に憧れており、思わずシャンウィンに詰め寄った。
「ああ。だが、学園に通うということは……しばらくは離れ離れになるということさ」
「あ、そっか……」
サンは寂しくなり顔を下に向けた。
「私も寂しい気持ちは同じだ。けど、その学園に通えばきっと……サンにとって、いい経験になるんじゃないかと……そう思ったんだ」
サンは学園生活に通いたい気持ちは前からあった。だが、シャンウィンの元を離れたくない寂しさもある。サンは心の奥で考えた。自身の中である決意をすると、シャンウィンの右手を握る。
「嫌なら辞めてもいい。サンが寂しいなら――」
「じーちゃん、オイラ……学園に通う!」
シャンウィンは驚いた表情で言った。
「ほ、本当にいいのかい? しばらくは会えないんだよ……ああ、そうか。サン、お前さんは自分の気持ちに応えたんだね」
「確かにじーちゃんと離れるのは寂しい。でもやっぱり、自分の気持ちに正直になりたい。学園に通ってどんな出会いがあるのか、これからの事を考えたらワクワクしたんだ! だからじーちゃん。オイラが卒業したら……成長した姿をその目で見てくれると約束してほしい!」
サンは決意の眼差しを向ける。対してシャンウィンは、こちらの頭を撫でた後に体ごと抱きしめてくれた。
「わかった、約束しよう。サン、半年後には入学式だ。それまでの間……共に暮らそう」
「うん。それまでの間……もっともっと強くなるから」
魔法や戦いを学ぶため、勇者を目指す人間が集うと言われる有名な学園。サンは入学の日まで更に高みを目指すことを決意する。
・・・
あの出来事から、半年の月日が流れた。
サンはシャンウィンとの修業に励み、自身の実力が高まったのを実感していた。
今日は、学園へ入学するために旅立つ日。
サンのお見送りに、出口まで村中の人々が集まっている。
青空の明るい太陽も、まるでサンのこれからを祝うかのように強く光り輝いていた。
「みんな、集まってくれてありがとな! 心配しなくても、オイラ絶対に強くなってくるから!」
心配な顔つきをしている村人もいたが、その大半は笑顔で見守ってくれていた。
「サン、何かあったら手紙を書いたり村に帰っていいからね! 私たちはいつでも、あなたのことを見守ってるから!」
レーナは優しい表情で語りかけてくれた。サンは、強く頷いて嬉しくなる。
「おう、レーナ! また帰ってきたらおいしい料理作ってくれよ!」
「もちろんよ! サンが帰ってくるまで料理の腕を磨くんだから!」
全員で笑い合う中、寂しそうに笑うシャンウィンの表情が、こちらを向いていた。
「サン、ついにこの時が来たんだね。今まで大切に育ててきた孫がいなくなるというのは寂しいが……お前さんなら立派になって帰ってくるだろう」
「シャンウィン様、よくぞここまで立派な子を育てましたな。しばらくの間、ゆっくり休まれてください……」
シャンウィンの気持ちを案じてるのか村長は、かけがえのない祖父の背中に右手で触れている。
「すまないね……村長殿。サン、これから向かうブレイブ学園は、かつてレジェッドも呼ばれていた勇者の称号を得るため、集まるものばかりだ。サン、これだけは聞かせてくれ。お前さんは――どんな勇者を目指す?」
シャンウィンの質問に、サンは楽しそうに微笑む。湧き上がるワクワクを胸に、サンは後ろを振り向く。そのまま三歩、前進する。
周りの村人たちに見られている中、サンは今の気持ちを言葉にしようとする。
「オイラは誰よりも強い勇者になってやる! だから、今は始まったばかりだけど、オイラの道を歩んでいくよ! 大変かもしれないけど、見守ってくれよな――勇者様!」
自分のことをどこか見守ってくれているかもしれない。そう信じていたサンは、空に向かって届くように叫んだのだった。
「レジェッド……今、僕の大切な孫が旅立とうとしているよ。楽しいこと、苦しい時も――あの子を見守っていてくれ」
後ろを見ると、シャンウィンが瞳に涙を溜めていた。何かを呟いたが、サンには聞き取れなかった。
「じーちゃん、どうしたんだ?」
サンが首を傾げると、シャンウィンは涙を拭う。
「何でもないよ。サン、お前さんなら立派な勇者になれる。いつかまた……立派な笑顔を見せておくれ」
「絶対に約束するぞ! じゃあ、オイラ行ってくる!」
そう言い残しサンは、目的地へと駆け足で進んでいく。
「勇者は最後まで諦めないこと! 絶対になってやるぞー!」
もう一度だけ空に叫びながら、サンは高々と跳ぶのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!