宴は夜まで続いて最高の盛り上がりを見せ、サンはシャンウィンと共に家へ帰った。
村長の様子を見るため、レーナは村へと残る。彼女の料理が楽しめなかったのは残念だが、村の宴でご馳走を堪能できた。そして、食材になるべきだったモンスターは森へと返してあげた。
時刻が10時を過ぎた頃、シャンウィンは椅子に座って新聞を見ている。村を救った育ての親を見つめ、今日聞いた事実について考えていた。
「じーちゃん、どうして教えてくれなかったの?」
「どうしたんだい、サン?」
シャンウィンは新聞を読むのをやめて、こちらに優しい笑みを見せる。
「じーちゃんが戦ってる間に村長から聞いたんだ。じーちゃんが昔、勇者様の仲間だったってこと」
サンがそう言うと、シャンウィンは曇った顔を下に向けた。
「そうか、ついに知ってしまったか……」
「じーちゃん。世界を救ったのにどうして臆病者なの? オイラや村のみんな、誰も臆病者だなんて思ってないよ!」
「サン、私は臆病者なんだ」
「どうして?」
「一人の友が世界の危機に立ち向かう中、私は何もできなかった。あのとき、私が一緒に戦っていたら彼は死なずにすんだかもしれない……すまないね、独り言だとおもって気にしないでくれ」
シャンウィンは元気なく笑っている。
「じーちゃん、オイラは……」
サンが慰めようとしたとき、シャンウィンから頭を撫でられる。
「今日はもう遅い、明日に備えて寝るんだよ」
サンは椅子から立ち上がり寝室へ歩きだす。扉の前に立ち止まり、シャンウィンの方へ振り返る。
「じーちゃん」
「ん?」
「じーちゃんのこと、尊敬してる。オイラにとって大切な家族だ。じーちゃんと暮らせて幸せだよ。じゃあ、おやすみなさい!」
自分なりに励ましの言葉をかけて寝室へと入る。扉を静かに閉めると、右手をぐっと握った。
「じーちゃんは臆病者じゃない。だって、強くて優しいじーちゃんだから……」
サンはベッドに腰掛ける。そのまま布団を被り、寝る支度をするのだった。
・・・
翌日の朝9時。サンは眠気を覚ますため、森を散歩していた。
周辺は大人しいモンスターたちがウロウロしている。足元に小動物などが走り去っていく。
平和な森を歩いていくと、とある人物が焚き火をしていた。
「あれは……? おーい、村長ー!」
視界の先で食材を焼いているのは、村長だった。彼はこちらを振り返ると、生肉を焚き火の中へと放り込んだ。
「おお、サンか。どうした、いつものように散歩しておるのか?」
「眠気覚ましにね。村長こそ、こんなところで肉焼いてるの?」
「朝の食事にと思ってな。どうじゃ、お前さんも付き合え」
サンは焼かれた肉を見て喜ぶ。
「もちろん! お邪魔しまーす」
サンは空いている平らな大岩に座る。
「昨日はすまなかったのう。せっかくレーナが、お前さんたちと夕食をしようと思った頃に奴らが出てきて……」
「オイラは大丈夫だ! 村長も山賊に殴られたけど、もう大丈夫なの?」
昨日、村長は頬を殴られていた。山賊に殴られたことを思い出したのか、ため息をついている。
「痛みは治まっておるが……昨日のパンチは痛かったのう」
「そんな落ち込まなくても村長はタフだから平気だ!」
村長は呆れた顔をして言った。
「お前……慰めておるのか、からかってるのかどっちじゃ?」
「へ? 慰めてるに決まってるじゃん!」
サンがにっこり笑うと、村長は首を左右に振っている。
「まあよい。とりあえず食え」
焼かれた肉を串に刺して差し出される。サンは受け取り、溢れる肉汁を見つめていた。
「やった! いただきます!」
がぶり、と大きく口を開けて噛み付く。肉汁が口に収まらないほどに溢れ、何回も噛み締めて味わう。
「やっぱ捕獲したばかりの食材美味しいな!」
「そこらへんで適当に獲ったモンスターだが、喜んでもらえてなによりじゃ。それにしても、昨日はシャンウィン様に助けられたな……やはり謙虚だが偉大な人だ」
「でも、じーちゃん……自分は臆病者だとかなんとか言って悲しそうだった」
「……やはり、あの出来事を悔やんでおられるのか」
ぼそっと村長が呟く。サンは、それを聞き逃さずぐいっと顔の前まで詰め寄る。
「村長は、じーちゃんが何があったのか知ってるの!?」
「ち、近い! 鼻の先まで顔を持ってくるな! はあ……これだけは秘密にしとけと言われたんだが……孫のような存在であるお前にまた話しておこう」
「じーちゃん、友達を助けられなかったって言ってたけど、何かあったの?」
うさぎの肉を焼き終え、サンへと渡す村長。その表情には、言い難いものがありそうだった。
「あれは、五十年前のことじゃった。この世界は侵攻してきた魔界軍へと侵略され、ワシらは絶望の危機に陥っていた。そんな時、勇者レジェッド様とその仲間たちが勇気を持って戦ってくれたのだ。その中にシャンウィン様もおられ、ワシらにとって希望じゃった。そして、ワシが村長になって数年経ったある日……シャンウィン様から聞いたんじゃ」
「じーちゃん、なんて言ってたんだ?」
村長は目を瞑りながら、唇を噛んでいたがやがて口を開いた。
「彼はこう言っていた。『あの時、魔界軍の本部に乗り込む際、自分も友と乗り込めばよかった。乗り込もうとした途端、死ぬことを恐れ足が震えて何もできなかった。そんな時、彼は言ったんだ。お前が怖がる必要はねえ。無理してまで、命を無駄にすんな。大丈夫だって、オレ一人で世界救ってくるからよ。だからシャンウィン――平和になったらお前なりの生き方を見つけろ……』と勇者様は言ったそうだ」
「じーちゃん……とても怖くて後悔してたんだ」
サンはシャンウィンが数十年生きていて、どれだけ苦しかったか。辛さを抱えていたか、胸に染みてしまう。
「人とは、必ず人生のどこかで後悔をするものじゃ。シャンウィン様が大きな後悔を抱き、苦しんでいること。サン……お前には分かるのう?」
「オイラ……じーちゃんのこと全然知らなかった。ちゃんと気持ちも考えないで、励まして……オイラ、じーちゃんに謝ってくる!」
椅子から立ち上がり、サンは急いで自宅へ戻ろうとする。
「やはりお前は太陽のように優しい子じゃな、サンよ」
「だって、じーちゃんの孫だから!」
サンはにっこり笑い、村長へと振り返る。
「そ、村長……!」
村へ向かう方向から青年の声が聞こえてくる。視線を移すと、昨日の事件を伝えてくれた青年カイルだった。
彼はこちらへ近づき、肩で息をし始める。
村長はため息をついてカイルに近づく。
「カイル、またお前か。今度は何事じゃ、またあの山賊どもがやって来たのか?」
「村長……今すぐここで死んでくれ!」
カイルが手を後ろにして隠し持っていたのは、果物ナイフだった。
村長は後ろへ大きく下がって驚く。
「なに……? どういうつもりじゃ、カイル!」
「今ここであんたを殺さないと、俺の家族がめちゃくちゃになるんだよ……!」
カイルは手を震わせながら、村長に近づく。このままではいけない。そう思ったサンは村長の前へ出る。
「どうしたんだ、カイル。話ならオイラに聞くぞ!」
「サン、お前には関係のない話だ。邪魔するってんなら、お前も切り裂いてやる!」
涙を溜めながら語るカイルに、サンは首を左右に振った。
「カイル、もし誰かに脅されたのなら話してほしい。今ここでオイラを刺してもいいけど、約束させてくれ。カイル達が傷つかないように、オイラが解決するって!」
「まだ子供のお前に何ができるんだ!? 何も知らないくせによ!」
「カイル! もし、お前を脅した奴がいるなら……オイラが懲らしめてやる! だから……1人で抱え込もうとしないでよ」
涙を流しながら立ち止まるカイルに、サンは優しく語りかける。すると、カイルはナイフをその場で地面に落とすと、膝をついて崩れ落ちた。
「すまない……山賊たちがレーナちゃんをさらって……返してほしければ、金目の物と村長を殺せって言われたんだ」
村長は肩を震わせて驚く。
「なんじゃと!? またあの山賊共が現れたのか?」
カイルは大きく頷く。
「いきなり現れたと思ったらレーナちゃんを捕まえて……俺たち、怖くて何もできなかった」
「ぬう……なんたることじゃ。しかし、最愛の孫娘をさらうなど許さん!」
「あいつら……すごくでかいモンスターを連れてたし俺たち、もうどうすればいいか……!」
レーナが危機に陥っている。サンは村への道を振り返る。
「カイル、山賊たちがどこに行ったか分かる?」
「村から離れた北の洞窟だ。レーナちゃんを返してほしかったら、金目の物を用意してこい……そう言ってた」
「教えてくれてありがとう。オイラ先に行くから、じーちゃんにも伝えてくれ!」
「お、おい! 1人で行くつもりか!」
村長の言葉に振り向きもせず、サンは足を動かす。
「レーナが危ないんだ! オイラが助けに行かないと――」
サンは森の中を走っていく。全力で向かうと、村長たちの姿は遠くなっていた。
無事でいてほしい――。サンはひたすら祈りながら、目的地に着くまで足を止めることはなかった。
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