あれからどれほど走ったか、サンは分からない。
着いた先は村から数キロ離れた広大な草原の丘だった。
目の前に大きな洞窟を見つけて足を止める。乱れた息を整えて、周囲を見渡す。しかし、人の気配など感じない。
もう一度、洞窟に視線を戻したとき。奥から昨日の山賊たちが出てくるのだった。
リーダーである大柄の山賊の視線が突き刺さる。彼は立ち止まって、手に持っていた斧を地面へ振り下ろす。
「ジジイが来るかと思えばガキじゃねえか。まあいい……約束通り、金目の物は持ってきたんだろうな?」
「悪い大人にあげる物なんかない!」
「はあ?」
山賊たちは理解できてない表情をしている。
「レーナを取り戻すためにここまで走ってきたんだ! さっさと返してもらうからな!」
「くくく……なんて馬鹿なガキだ」
大柄の山賊は笑いをこらえている。
「なにがおかしいの?」
「まったく。金さえ用意してれば、穏やかに事がすんだのによ。さっさとあの世へ行って後悔しな! 出てこい、ジャイアントパンサー!」
洞窟の奥から伝わってくる重い足音。ゆっくりと近づいてくるモンスターは正体を見せる。その迫力にサンの心臓が小さく跳ねた。
「グルルル!」
体長2メートル半ほどある巨大な体格。4足歩行で歩く度に地面に小さな揺れが伝わる。
黄色に黒い斑点模様、鋭い爪でこちらを威嚇していた。
「なんだこのモンスター……!」
「こいつは俺たちが苦労して手懐けたモンスター、ジャイアントパンサーだ! こいつに食われてさっさとお陀仏になっちまいな!」
「くっ……! オイラは逃げない!」
サンは拳を構える。
「馬鹿なガキだな……そうだ。そろそろ死ぬんだから、大切な嬢ちゃんに会わせてやるよ」
大柄の山賊が洞窟に向かって、手招きをしている。部下の山賊と共に連れてこられたのは、両手をローブで縛られたレーナ。彼女は立ち止まると、不安そうな顔でサンを見ていた。
「サン……! 来てくれたのね」
「レーナ! 早くこいつを倒して救い出さないと……オイラがやっつける!」
ジャイアントパンサーに視線を戻し、足を僅かに動かす。
獣の鋭い視線が突き刺さる。相手の気迫に体がうずくと、サンは思い切り前に飛び出した。
「行くぞおおお!」
サンが右拳を握りしめると、相手も体を僅かに動かした。
「グルルル……!」
相手の姿が消えたと同時、サンの体は空中に吹き飛んだ。
「ぐうっ……!」
脇腹に蹴られたような痛みが走る。体が地面に転がると、サンは顔をしかめた。
「はははは! ジャイアントパンサーの強さはこんなものじゃねえぜ!」
大柄の山賊が高笑いする。
「なんて速さだ……! 油断したらあっという間にやられる!」
サンはゆっくりと立ち上がって身構える。動き回る相手の動きを見極めるが、目線が追いつかない。
「グルルルルルッ!」
後ろを振り返るとジャイアントパンサーが唸りをあげている。
近い距離から相手の爪が襲いかかると、咄嗟に横へ転がった。
「くっ……!」
「グルルルルル……!」
なんとか服の袖が裂けた程度で回避はできたが油断はできない。サンはもう一度立ち上がって両拳を握りしめる。
今度こそ攻撃を当てるという思いで動きを見極める。僅かにジャイアントパンサーが見えた瞬間、サンは右拳を振り抜いた。
「ここだっ!」
勢いをつけたパンチは余裕で回避され、サンの体勢はよろけてしまう。しかし、なんとか地面に足をつけて立て直す。
ジャイアントパンサーは常に動き回っている。サンは追いかけるように走り出して、攻撃を続ける。
しかし、少しずつ相手の動きが見えてきてもパンチやキックは当たらない。
「おいガキ! もう諦めたらどうだ? お前みたいなひよっ子に勝ち目なんてあるわけねえんだよ!」
息を切らして疲れが見え始めても、サンは諦めない。
「まだだ……!」
「お前、馬鹿か? このまま戦ったら本当に死ぬぞ」
大柄の山賊の警告を聞くが、サンの思いは変わらなかった。
「レーナを……助けるまで絶対に死なない! 助けるって決めたときから自分で約束したんだ。オイラの大切なレーナに悲しい顔をさせたくない! だから心配かけないように、最後まで勝利を信じて戦うんだ!」
レーナを見ると、彼女の不安な表情が少しずつ晴れていく。サンの言葉が届いたのか、こちらに真剣な眼差しを向けていた。
「私が不安になってたらだめだよね。サンがこんなにも頑張って助け出そうとしてるんだから……!」
「いらいらするぜ……! おい、ジャイアントパンサー。さっさとそいつをやっちまえ!」
「グルルルルッ!」
先ほどより上回ったスピードでジャイアントパンサーは襲いかかる。サンは姿勢を低く構えて、次の攻撃にどうするべきか備えていた。
「くっ!」
相手の見きれない速さをどう対処するか悩んでいたとき、サンの隣に誰かが駆けつける。
「はああああっ!」
聞き慣れた声に安心した瞬間、ジャイアントパンサーの体は飛ばされる。相手は洞窟の壁に激突し、いわなだれに埋め込まれる。
「間に合ったか……サン、遅れてすまなかったね」
助けに来てくれたのはシャンウィンだった。彼の姿を見たとき、サンの頬が思わず緩む。
「じーちゃん……!」
「ちっ……ジジイが来やがったか」
大柄の山賊が舌打ちをする。
サンはボロボロになった体を動かして、シャンウィンに近寄った。
「じーちゃん、オイラ……」
昨日の事を謝ろうとする瞬間。体が倒れそうになり、足元がふらつく。シャンウィンはこちらの体を受け止め、頭を優しく撫でてくれた。
「話は後にしよう。ここからは私に任せなさい。いいね?」
「う、うん。でも、じーちゃん。あのモンスター速すぎて攻撃もできないんだ。一体、どうすれば――」
シャンウィンはサンをその場に座らせる。彼は真剣な顔でジャイアントパンサーを見つめていた。
「サン、今からお前さんに新しい技を見せる」
「えっ?」
サンは突然の言葉に理解できず困惑する。
「これからサンが成長するための大事な技だ。しっかり、覚えておくんだよ」
シャンウィンは振り返って温かい笑顔を見せていた。サンは思わず唾を飲んで見守ることしかできない。
「グルルルルッ!」
ジャイアントパンサーが威嚇しながら、姿勢を低く構えている。サンは、思わずシャンウィンの背中に視線を移す。しかし、彼は怯むことなく拳をとっくに構えていた。
「おい、ジャイアントパンサー! そんなジジイ、さっさとやっちまいな!」
「グルルルルアアア!」
ジャイアントパンサーが吠えたと同時、さっきのような素早い動きで襲いかかる。
「じーちゃん!」
サンが手を伸ばそうとした瞬間、シャンウィンの右手に異変が起こる。
オレンジ色のオーラが螺旋状に回転し、シャンウィンの右拳を覆う。
ジャイアントパンサーが口を大きく開け、シャンウィンに襲いかかろうとした瞬間。狙っていたかのように、シャンウィンが右拳を相手の頭へ振り抜く。
「タイヨー拳!」
そう叫んだとき。拳は見事に命中する。ジャイアントパンサーの巨体は、勢いよく吹き飛ばされ、洞窟の壁に激突した。
拳が命中した相手の頭部をよく見ると、螺旋状の傷がついている。ジャイアントパンサーはその傷を残したまま、地面に倒れ込んで動かなくなった。
「そ、そんな……ジャイアントパンサーを倒した……だと」
「い、今の技って……?」
サンが驚くと、シャンウィンは笑顔で言った。
「さて……モンスターは倒したが、今度はお前さんたちが挑んで来るかい?」
シャンウィンの笑顔の裏に隠れた威圧感が、山賊たちを怯えさせている。彼らは後ずさりしながら、苦笑いしている。
「え、えっと……申し訳ありませんでしたー!」
大柄の山賊は声を震わせて、部下たちを引き連れて遠くへと走り去っていく。姿が遠くなると、サンは急いでレーナの元へ駆け寄った。
「レーナ、怪我はない?」
「ありがとう、サン。私は大丈夫、ただロープで縛られただけだから」
「待ってて、今ロープをほどくから……」
サンはレーナの体に巻きついたロープをほどく。彼女は自由になると、深くため息をついている。
「ずーっと縛られてきつかったぁ……あの人たち、いきなり村に来たかと思えば強引に連れて行かれたんだから。シャンウィン様も助けてくれてありがとうございます」
「無事でなによりだ、レーナ。連中に襲われて怖い思いをしたね」
「私は大丈夫です。それよりも、私のために頑張ってくれたサンが……」
レーナは申し訳無さそうな表情でサンを見つめる。確かに体はボロボロだが、サンはそれでも元気な証拠を見せるために笑い飛ばす。
「へへっ。オイラは大丈夫だ、レーナ。それよりも怪我一つなくて無事だったんだ。オイラはそっちのほうが嬉しいよ!」
「サンは優しいね。こんなにボロボロになっちゃって……後で傷の手当てしてあげるからね」
「さあ、そろそろ私たちの村へ帰ろうか。みんな、心配してるからね」
「うん! じゃあ、じーちゃん! レーナ! 急いで村に帰るぞー!」
片手を思い切り上げながら、サンは飛び跳ねる。自身の村に帰ろうと、駆け足で向かうのだった。
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