村へとたどり着き、サンは辺りを見渡す。
村の入口前に村長と数人の山賊を発見すると、勢いよく指差した。
「いた、あそこに村長が!」
「おじいちゃん! どうしよう、倒れ込んでるわ」
村長は殴られたのか頬をさすって地面に伏せている。レーナの心配を取り払うようにシャンウィンは言った。
「安心してくれ、村長は私が助け出す。君たちはここで待っていなさい」
シャンウィンは優しい笑顔を向けて山賊たちに歩み寄っていく。
サンが彼の後ろ姿を見守るとき、背中からオーラのようなものを感じ取った。
(じーちゃんなら大丈夫だ)
サンたちが見守る中、シャンウィンは足を止める。山賊たちは彼に気づき、鋭く睨んでいた。
「あ? またジジイが増えやがったか」
「村長、早く逃げるんだ」
「しゃ、シャンウィン様……申し訳ありません」
シャンウィンが立ち上がらせ、村長はよろめきながら逃げる。
山賊たちが悪い笑みを浮かべている中、シャンウィンは怯える様子を見せることなく立っていた。
「この村へ何用かね? 悪いことは言わない、今すぐこの村から立ち去ってくれないか」
真ん中のリーダーらしき大柄の山賊が言った。
「そう簡単に帰れるかよ。よく見りゃ、この村には高そうな物が飾ってあるじゃねえか。俺たちに差し出してくれるなら、大人しく立ち去ってもいいがな」
「痛い目に合う前に逃げたほうがいい。私はなるべく争い事をしたくないんだ」
大柄の山賊は片手に持っていた鈍重そうな斧を、勢いよく地面に叩きつける。刺さった箇所は、深い亀裂ができていた。
「金目の物を出せねえってなら、そっちが痛い目に合ってもらうぜ! お前ら全員、皆殺しだ!」
「……どうしても戦おうと言うのだね」
「あ?」
大柄の山賊は目を細めている。
「かかってきなさい。お前さんたちには少しばかり、痛い目に合ってもらう」
シャンウィンは戦うつもりか、姿勢を低く構え始めた。
「死ぬ気か? この人数相手に勝てるわけねえだろ」
「ぐだぐだ言う前にさっさと来なさい」
「この野郎……! 俺たちを相手にしたこと、後悔しやがれー!」
大柄の山賊は怒り狂った様子で、斧を振り回す。部下たちも彼へ続くように、一斉にシャンウィンへ襲いかかってきた。
二人の山賊がシャンウィンの左右に回り込む。お互い片手剣を振り下ろすと、シャンウィンは上半身を捻らせる。2つの剣を回避し、攻撃してきた山賊二人に両拳を放つ。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされた二人の山賊は悲鳴をあげて、地面に倒れ込む。
それを目の当たりにした大柄の山賊たちは、目を丸くして立ち止まっていた。
「どうした、そんなに固まって」
シャンウィンは山賊たちへ手招きしている。相手は我に返ったのか、強い眼差しで睨んでいる。
「くっ……やれっ!」
大声で指示を出す大柄の山賊。彼の背後にいた部下が勢いよく走り出す。シャンウィンが身構える頃に、相手の片手剣はすぐに振り上げられる。
「ブロイド……!」
シャンウィンが呪文のような言葉を発した瞬間。
金属音が響くと同時だった。斬られると思われていたシャンウィンの体は傷一つなく、片手剣を右腕で受け止めていた。
「なっ!?」
近くで観戦していたサンは驚きを隠せなかった。この世界に存在すると言われる能力――魔法を自分の目で見てしまう。村を出ることはあまりないサンにとって、噂程度に聞いていた魔法を、育ての親が使っている。サンは唾を喉奥へと飲み込む。
「あれが……魔法」
隣にいたレーナも驚いて言った。
「しかもあれは防御を高めると言われる魔法、ブロイドだわ。やっぱり噂は本当だったのね!」
「噂? レーナ、どういうこと?」
サンが疑問を持つと、レーナも不思議そうな顔をしている。
「サンは知らないの? シャンウィン様と一緒に暮らしてるのに?」
「サンがそういうのも無理もない。恐らく、シャンウィン様の口から何も聞かされていないのじゃろう」
年老いた言葉で近づいてきたのは、レーナの祖父――村長だ。彼は杖をついて、ゆっくりとサンたちへと近づいてくる。
「おじいちゃん! 体は大丈夫なの?」
「レーナよ、大丈夫じゃ! あんな若僧に殴られて倒れるほど、儂はやわではない。しかし、ほっぺたを殴られたときはかなり痛かったのう……」
頬をさすりながら落ち込んでいる村長。レーナが苦笑いを見せる中、サンは真剣な眼差しで尋ねた。
「村長、じーちゃんには秘密があるの? 例えば……オイラに言えない秘密が」
村長は答えたくないのか、目をそらしていた。しばらくすると口を開き、サンに視線を向けている。
「サン、これを聞いたら驚くかもしれんが……シャンウィン様はな。かつてこの世界を救った勇者様の仲間だった方じゃ」
驚愕の事実を聞かされた瞬間、サンの体は後ろへ仰け反る。
「ええっ!? じーちゃんが、勇者様の仲間?」
「うむ、お前も本で読んだことがあるじゃろ。かつて、この世界が魔界軍と呼ばれる悪しき者たちに侵略されたこと。勇者様が命を犠牲に守った世界。シャンウィン様も勇者様と旅をしながら魔界軍と立ち向かっていたのじゃ」
「シャンウィン様は噂通りの方だったってこと……? じゃあ、サンは偉大な方に育てられたのね」
サンは顔を地面に向け考える。
「……どうして、じーちゃんは教えてくれなかったんだ?」
「シャンウィン様はずいぶん前に言っておられた。臆病者の自分に功績を自慢する資格はない。ただひっそりと生きたい……とな」
「一緒に世界を救ったのに、どうして臆病者なんだ? じーちゃん、あんなに強いじゃん!」
村長は首を横に振りながら言った。
「……さあの。しかし、サン。お前さんが思ってるように、儂も同じことを思っておる。シャンウィン様が臆病者と思おうが、儂にとっては世界を救った英雄じゃ。だから、安心せい。この村に、シャンウィン様を臆病者と思う人間はいない」
「私も同じだよ! シャンウィン様は優しくて強い……馬鹿にする気持ちなんか、これっぽっちもないよ!」
村長とレーナの言葉を聞いて、サンは心から喜ぶ。
「ありがとう。村長、レーナ。じーちゃんに何があったか知らないけど、オイラの自慢のじーちゃんであることに変わりない!」
もう一度、シャンウィンに視線を移す。
気づいた頃には、たった一人で山賊全員を倒していた。相手は地面に倒れ込み、痛みに苦しんでいる。
「くっ、くそ……俺たちが手も足も出ないなんて……しかもこんなジジイに!」
「まだ戦おうと言うのなら止めはしない。だが、これ以上……大切な村人たちを傷つけるのなら、私がいくらでも相手になろう」
普段、優しいシャンウィンが珍しく睨んだ表情を見せている。
大柄の山賊は立ち上がり、部下たちに手招きで合図する。背中を向けると、村人に向けて悪い笑みを浮かべていた。
「覚えておけ……この仕打ちはいつか倍にして返すからな……!」
早歩きで退散していく山賊たち。彼らの姿が遠くなると、村長が片腕を空へと向ける。
「皆のもの! 今、シャンウィン様が村をお救いになられた。今日は祝福の宴を開こう!」
村人たちは雄叫びをあげ、シャンウィンの勝利を祝福している。彼に駆け寄る村人たち。戦いを勝利した本人は照れくさそうに笑っていた。
「へへっ、良かったな。じーちゃん」
サンも心から祝福し、思わず頬が緩むのだった。
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