トイレの床を見ながら想像します。トイレの床の模様に見えるのは街で、置いてある小物は建造物であると。
街に住む人々はアリほどの大きさで、見下ろす私は巨人です。
街には大小様々な建物がありますが、巨人の私から見ると、ほとんど床のように平らです。建物は床の模様にしか見えないのです。しかし中にはひときわ目立つ巨大建造物があり、それが床に置いてある小物のように見えています。
小さな人々にとっては巨大建造物でも、巨人にとっては小物のように見えるのだから不思議です。
私の右足から左足までの間に、何人の人々が暮らしているのでしょう。私にとっての30cmと、小さな人々にとっての30cmはまったく違うはずです。小さな人々が私の視点と入れ替われば、小さな人々はあまりの高さにクラクラしてしまうことでしょう。
そういえばキリンは、自分の視点が高いと感じるのでしょうか。
私は小さい頃は小さかったはずだし、今は昔より背が高いですが、「視点の高さ・低さ」を感じたことはありません。
もし私が小さな人なら、今のような視点ではなかっただろうし、今見ている光景は恐ろしくてしょうがなかったはずです。そしてもし私がもっともっと大きくなって、もっと視点が高くなったら、私はクラクラするのでしょうか。「高さ」というのは自分の肉体ありきの感覚なのですね。
こんなふうに想像してみても、実際私の足元に街はありませんから、街を踏み潰す心配なく歩けます。
ただ本当は、もっともっと小さな生き物の世界が、足元に広がっているのでしょう。
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