スキル教習所に入所した俺は、同じくアイソトープでこの裏の世界で働くジョージさんの話を聞いていた。
ダジュームに転生してきて、一番堪えたのは孤独なことでしたね。私はずっと一人で、仲間もいない。訓練もまともにこなせず、私は部屋にこもるようになりました。
このままじゃスキルはおろか、ジョブにも就けるわけがない。せっかく与えられた第二の人生も、無駄になるだろう。
私はそのまま沈んでいくだけでした。誰も私を励ましてくれないし、必要とされていない。せっかくシャルムさんに保護してもらったのに、その恩も返すことはできない。
保護されてどれくらい経ったでしょうか。朝から部屋から出てこない私に、ホイップさんは一日三回ご飯を届けてくれます。
その日は珍しくシャルムさんが部屋の扉をノックしました。ついに私は追い出されるのだと、そう覚悟しました。訓練も受けずにジョブに就けないアイソトープをいつまでもハローワークに置いておく理由はありませんからね。
私はハズレだったのです。保護しなければモンスターに食われていたという二分の一の賭けは、シャルムさんにとっても大ハズレだったというわけです。
覚悟を決めた私に、シャルムさんは言いました。
「ジョージ、あなたにオファーが届いてるんだけど」
信じられませんでした。何もできない、本当の意味での出来損ないの私にオファーなんて来るわけがない。
でも、それがこの裏の世界での仕事だったんです。公式なものではない、闇オファーです。
「あなたみたいなアイソトープでも働けるジョブを探してきたわよ。スキルがないのなら、その立場を利用できるジョブがあるんじゃないかと思って探してみたんだけど、こんなジョブしか見つからなかったの。スキルを身につける人をサポートするジョブよ? スキルがなくて困っている人の気持ちが、あなたにはわかるでしょ?」
このときは「スキルを身につける人」をサポートするというはなしでしたが、よくよく聞くと人ではなくてモンスターだったんですけどね。シャルムさんらしいです。
私を必要としてくれているのでしたら、断る理由はありませんでした。それが魔王様であっても、裏の世界であっても。
こうして私はこのスキル教習所で、入所者のサポート役というか世話役として働き始めたのです。
これが私がダジュームに転生してきて、この裏の世界で働くことになった顛末です。
話し終わったジョージは、こことは別世界のダジュームを思い出しているのか、真っ黒な空を遠く見つめていた。
ジョージの話を聞いて、俺は自分が恵まれていたことを実感した。
それは転生してきて、同時にカリンとシリウスという仲間がいたこと。それがどれほど心強かったかをあらためて実感した。
「ジョージさん……」
俺はなんて言っていいのか、こんな話をさせてしまったことを申し訳なく思う。
「一応、このジョブの扱いは国を通さない闇オファーでした。でもこれは、シャルムさんが私のためにジョブを探してきてくれたオファーでした」
「シャルムが、探してきた?」
最後に付け加えるように、シャルムの話題に触れるジョージ。
「ええ。こんな私では、ダジュームではまともなジョブに就けるはずがないのは明らかでした。それでもシャルムさんはわざわざ私のためにジョブを、裏の世界に行って探してきてくれたんですよ」
「裏の世界に行って……。じゃあやっぱり魔王と……」
「魔王様と会っていたのかもしれませんし、それは私の窺い知るところではありません。ただシャルムさんには感謝しかありません。ああ見えて、アイソトープのことを本当に考えてくれているんです」
シャルムと魔王が知り合いだったかどうか、それは分からない。ただ、魔王からこのジョージのジョブのオファーをもらったというのは、間違いなさそうだった。
「シャルムって、何者なんですか?」
俺はおそるおそる、その疑問を吐き出した。
以前から魔王ベリシャスととかかわりがあったのだろうか?
そのときから、この裏の世界へは【ワープ】で移動できていたということだ。
まさか、シャルムもモンスターとか?
こんな疑惑はバカげているとは分かっている。
だったらわざわざダジュームでハローワークを開く意味なんてない。たった一人で金策に苦労しながら、アイソトープのために……。
「もしかして、シャルムさんがモンスターだなんて想像しています?」
ジョージが少し眉をハの字に落としながら、尋ねる。
「それは……」
「そんなわけありませんよ! 確かに魔法も達者ですが、あれはシャルムさんの努力の賜物です。それに、モンスターがハローワークをする意味がないじゃないですか。考えすぎですよ」
当然のように否定するジョージ。
ジョージがどこまでシャルムのことを知っているのかわからないが、俺はさらに疑問をぶつける。
「だけどシャルムはこっちの世界へは自由に行き来できたってことでしょ? このジョブのオファーを取りに来たんですから?」
「そうでしょうね」
「じゃあシャルムと魔王は知り合いなんでしょ?」
「さあ? それは存じ上げません」
「シャルムはなんのためにハローワークをしてるんでしょう?」
「私はそこまで……」
恐縮するジョージ。どうやら答えは出てきそうになかった。
「……す、すいません」
ジョージとて、俺と同じく何も知らずに転生してきたアイソトープなのだ。今はこうやってジョブに就いているが、シャルムについての知識などあるわけがないではないか。
「失礼ですが、ケンタさんはシャルムさんの何を疑ってらっしゃるんですか?」
「いや、何をってわけじゃないですけど……」
俺自身も何を疑っているのか、よくわかっていない。ただ、よくわからないということが、引っかかっているのだ。
このジョージへのジョブ斡旋で、シャルムと魔王との間が線でつながったような気がしたのだ。
ダジュームと裏の世界は本来ならば点と点、決してつながらない世界である。だけどモンスター側はゲートを作って自由に行き来している。
だけど、ダジュームの人間はそう簡単にこの裏の世界に行くことはできないのだ。俺やジョージさんは例外として、これはいわば一方通行。
だけどシャルムだけは自分の意志で自由に行き来ができているのだ。
シャルムは魔王城へワープできたのだ。これまで歴代の勇者もほとんど到達したことがないという、魔王城へ。
これはもう、疑惑の息は越えている。
「僭越ながら、ケンタさんのことは魔王様からお聞きしています。魔王様のご意思のために、動かれていると」
いまいち思考が煮え切らないでいる俺に、ジョージが声のトーンを落として切り出した。
「そ、それは……」
ジョージがどこまで聞いているのかはわからないが、なにかしら理由があって魔王のもとに厄介になっていることは把握しているようだった。
俺が【蘇生】のスキルを持っていて、二つの世界の運命を握っていることは、さすがに知らないだろうが。
「私もこうやってこの世界で働いているのは、何かのご縁あってのことです。魔王様はモンスターと人間の共存を考えてらっしゃいます。そのために、私たちアイソトープが互いの橋になることを期待されているのではないでしょうか?」
「アイソトープが……?」
「人間でもなく、モンスターでもないアイソトープという存在は、自分で言うのもなんですが特殊な存在でしょう。きっとダジュームの人間にここで働けと言われて働く人間はいませんしね」
ジョージは自虐的に笑って見せた。
ベリシャスもそれが分かっていて、ハローワークのアイソトープを雇おうと思ったのかもしれない。
「でもそれはシャルムとは関係が……」
「シャルムさんも、人間とモンスターの協和を望んでいらっしゃるとしたら?」
「シャルムが……?」
ジョージの一言に、俺の胸に何かが突き刺さるようだった。
「疑うという言葉はネガティブな要素を含んでしまいますが、シャルムさんも魔王様に賛同しているなら、ケンタさんも納得できるんじゃないですか? 平和を願うのは、シャルムさんも同じだと。そっちのほうがポジティブだと思いますし、シャルムさんのことを悪く考える必要はないと思います」
自らアイソトープとして裏の世界で働いているジョージ。
彼も人間とモンスターの協和を願っている立場であることは明らかだった。それは魔王ベリシャスの影響か、ダジューム側のシャルムの影響か、もしくは己のアイソトープという立場ゆえの自覚なのか。
「誰かを疑うよりも、自分を信じましょう」
「ジョージさん……」
ベリシャスだけでなく、シャルムも人間とモンスターの協和を目指しているとしたら。
シャルムについては分からないことばかりだが、このダジュームと裏の世界の未来に大きな影響を与える存在であるような気がしてならなかった。
同時に俺の脳裏に新たに生まれた、ほんの小さな直感――。
シャルムがファーストムーバーなんじゃないか?
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