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ハマカズシ
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理想と現実(ケンタの場合)

公開日時: 2020年11月11日(水) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:40
文字数:3,990

「ケンタくん、またモンスターに襲われたの?」


 夕食の時間になり、カリンが目を丸くして驚く。


 あれから俺とシリウスはハローワークに戻り、シャワーを浴びて一休みをした。


 俺は朝から薪拾いと配達、そのあとの騒動でもうクタクタであった。


 勇者とモンスターの2連戦をやってのけたシリウスのほうが、今はピンピンしているのだから不思議なものである。まるっきり疲れが残っていないというか、完全に回復したというか……。


 さっきはリヤカーの荷台の上で死んだと思って泣いてしまった俺がバカみたいである。


「そうなんだよ。またあの一角鳥ホーンバードだよ。アレアレアに行くのも危険が伴うんだよなぁ」


「だからずっと言ってるじゃないですか。ここダジュームでは戦わざる者、生きるべからずって」


 ホイップが小さなナイフとフォークで食事をしながら、俺にくぎを刺す。


「でもこの前はスマイルさんがいたし、今回はシリウスくんがいてよかったね! ケンタくんが一人の時に襲われたら大変だもんね」


 よく俺の実力を把握しているカリンが、ズバズバと言ってくる。


 まあそりゃ俺はカリンみたいに魔法は使えないし、シリウスみたいに剣を振り回せませんからね……。


「ケンタは運だけはあるのよね。裏山でもまだキラーグリズリーに出会ってないんでしょ?」


 相変わらず水を飲むようにワインを飲むシャルムが、指摘してくる。


「これって【運】スキルってやつなんですか? でも逃げるにしても、何かしら戦闘スキルがあったほうがスムーズにいくよなぁ」


 モンスターに出会ったとして、倒す必要はないにしても追い払って逃げるだけでも何かしらの手段があったほうがいいに決まっている。


 生活スキル希望の草食系アイソトープの俺でも、ダジュームで一か月生きてきてなんとなくその必要性は感じてきてしまった。


 これは肉食系への第一歩かしら?


「あら、あなたがそんなこと言うの、珍しいじゃないの。頭でも打った?」


「打ってねーよ! でも、これだけ危険な目にあったら、いいかげんわかりますよ、俺だって!」


 シャルムが目を細めて、俺をからかう。


「ケンタさん、帰ってきてから情緒不安定でしたからね。さっきなんかシリウスさんの胸に顔をうずめてわんわんな号泣してたんですよ? 新しい目覚めが起きたのかと思って、ちょっと近寄りがたい雰囲気でしたからねー」


「ホイップは余計なこと言うな! あのときはマジでシリウスが死んだと思ってたから仕方ないだろ!」


 俺はふと、自分の手のひらに視線を落とす。


「僕も気が付いたら、ケンタさんが胸の上で泣いてたんで、びっくりしましたよ」


「そりゃシリウスが血だらけだったら死んだと思うよ! まさか返り血だったなんてさ、俺も必死で傷口だと思って腹を押さえたんだよ! そしたらなんか俺の手が光ったような気がして、もうパニックだよ! そしたら普通にシリウスが起き上がるしさ!」


 今は光るどころか、ただの頼りない両手だった。


 やっぱり、あれはなんだったんだろうか? 腑に落ちないが、理由がわかるわけもない。


 ふと顔を上げると、シャルムがドン引きするようなまじめな顔で俺を見つめていた。


 やめて! 俺もパニックだったんだから!


「ケンタくんも毎日アレアレアに通ってるんだから、ちょっとくらい戦闘訓練を受けたほうがいいわよ。魔法が無理でも、剣くらい使えたほうがいいよ」


 カリンがおせっかいにも、いやな提案をしてくる。


「いやだよ! 俺はまったり生活が送りたいんだからさ!」


「ケンタさんも一緒に戦闘訓練を受けましょうよ!」


 これにはシリウスも張り切って俺をそそのかしてくる。


「バカ、シャルムの訓練なんか受けたら、モンスターと出会う前に死んじゃうわ」


「なんですって?」


 ギリッと、シャルムににらまれる。


「な、なんでもありません」


 俺は急いで目の前のスープを飲み始める。


 シャルムを怒らすと、マジで怖いからな。なんたって、アレアレアに結界を張るくらいの魔法を使えるんだからな、この人。


「で、シリウス。あなたはどうだったの? 勇者の件」


 話題を切り替えるように、シャルムがシリウスに尋ねる。


「ええ、ボコボコに負けました。今の僕に勇者パーティーはまだまだ早かったみたいです」


 シリウスはそれはもうさわやかに、きっぱりと答えた。


 フィジカル的な疲れだけではなく、メンタル的な部分もかなりすっきりしたようだ。


「負けたって、シリウス君、勇者と戦ったの?」


 カリンがすかさず食いつく。


「はい。『私を倒したら勇者パーティーに入れてやる』って言われて。でも一撃で、負けちゃいました!」


「うわぁ、大丈夫なの? ケガしてない? やっぱり勇者って強いんだね! ただのアイドルじゃなかったんだ!」


「はい。まるで子猫の手をひねるように。戦った、という感覚もないと思いますよ、勇者には」


 あの時のことを思い出すように、シリウスは首の後ろに手を当てる。


 勇者クロスはさんざんシリウスの攻撃を受け止めて、軽く峰打ち一発で勝負を決めたのだ。


「そうやって自分の実力を知れたのなら、今日の訓練を休みにした甲斐があったわね」


 ワイングラスを傾かせながら、シャルムが薄く微笑んだ。


「シャルムはこうなることがわかってて?」


「もちろんじゃないの。今のシリウスがあの勇者には勝てるわけないじゃないの。あんな若造でも、一応は世界中をまたにかけていろんなモンスターと戦ってきた実績はあるのよ」


 勇者を若造呼ばわりできるのは、きっとシャルムくらいだろう。


「シリウスもケンタも、今の自分が置かれている現実と、その先の理想というものを実感してくれたのなら、今日は意味のある一日だったってコトね」


 シャルムが今日の一件を、それとなくまとめてしまった。


「私も、そうです……」


 ここで申し訳なさそうに、カリンが漏らす。


「カリン、どうしたんだ?」


 さっきまで明るく俺のことを突っ込んでいたカリンが、急にテンションが下がっている。


「あのパン屋さんの面接、落ちちゃったの」


 カリンは再び口角を持ち上げて見せるが、無理しているのは見え見えだった。


「そうか」


「残念です」


 俺とシリウスもどう声をかけていいかわからず、とりあえずスプーンを置く。


「でもいいの。面接に落ちて、いちいちヘこんでる時間はもったいないからね! シリウスくんだってそうでしょ? まだ、勇者パーティーに入ること、あきらめてないんだよね?」


 つられてしょげそうになった俺たちを元気づけるように、カリンは極めて明るくふるまう。


「ええ、もちろんです。もっともっと訓練をして、いつか勇者に勝ってみせますよ!」


「私も、もっともっとお料理の訓練をして、今度はオファーがくるくらいがんばるんだから!」


 シリウスとカリンが、お互いこぶしを握って、今日という一日に経験した挫折を、次の目標に切り替えているのだった。


「そうですよ! カリンちゃんもシリウスさんも、まだまだこれからですよ! 躓いたら、すぐに起き上がればいいんですからね!」


 ホイップも勇気づけるように、羽をはばたかせながら二人を鼓舞する。


「今のとこ、ジョブにつけてるのはケンタくんだけなんだからね? 私たちも負けないわよ!」


「ジョブったって、短期バイトだけど……」


「それでもすごいじゃないですか! ちゃんとスキルが認められてるんですから。僕もがんばらなくっちゃ!」


 カリンとシリウスがうんうんと頷きながら、前へ進もうとしている。


 それから俺たちは、雑談をしながら食事を続けた。


 ――理想と現実。


 俺はまったり生活を目指して、とりあえずは危険性のない配達のジョブについている状態だ。


 でも、これは俺がやりたかったジョブかと問われれば、よくわからない。


 これから俺は何を目的にすればいいのだろうか?


 シリウスやカリンみたいにはっきりとした目標があるわけでもない。


 ダジュームでまったり暮らしたいというのは目標というか、ただの妥協であると、俺も自分では気づいているのだ。


「俺も、魔法訓練でも受けてみるかなぁ……」


 食事も大体終えて、みんながくつろぎはじめたところで俺は無意識のうちにつぶやいていた。


「え、ケンタさん、本気だったんですか!」


「ケンタくん、本当?」


 すかさずシリウスとカリンが反応を示す。


「いや、ちょっとだけだよ? 軽く火の魔法でも使えれば、モンスターも追い返せるんじゃないかなって。あくまで戦闘したいんじゃなくって、自己防衛としてだよ? それに武器で戦うよりも、魔法のほうが遠くから対処できるかなって思っただけで……」


 独り言に言質をとられて本気にされると怖いので、とりあえず言い訳をしておく。


「それに、俺に魔法の才能があるかもしれないしさ……」


 魔法が使えるかどうかは、才能があるかどうかが大きく影響してくるのだ。


 その才能の有無を判断するのも、訓練を行うしかないのだ。


「ふふ、言うじゃないの」


 シャルムも俺の独り言を放っておけなかったらしく、酔っ払って真っ赤な顔で不吉に笑う。


「いや、本気にされたら困るんだけど! 軽くだよ? 本気の訓練じゃないから!」


 慌てて否定するも、突然シャルムが立ち上がった。


「ケンタ、ちょっと行きましょう」


「え……?」


 急に真剣な顔になったシャルムが、そのまま地下の道場へ向かおうとする。


「待てよ、シャルム! そんないきなり訓練なんて、勘弁してくれよ!」


 今日は一日疲れ果てて、これから訓練なんか受けたら死んでしまう!


「違うわよ。ちょっと話があるの。来て」


 そういって。シャルムは階段を下りていってしまった。


 残された俺たちは顔を見合わせて、その意味を探る。


「話って?」


「訓練する気じゃないんですかね?」


「何? 怖いんだけど? 俺、なんか怒られるようなこと言った?」


 しかしシャルムの目は真剣だったこともあり、俺は無視するわけにもいかず……。


「ちょっと行ってくるけど、一時間たっても帰らなかったら、救急車を呼んでくれよ」


 心配そうに見つめるシリウスとカリンを置いて、俺はしぶしぶ地下の道場に向かうのであった。


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