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ハマカズシ
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さよならケニー(2)

公開日時: 2021年2月15日(月) 18:05
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:08
文字数:4,015

 俺とペリクルの話を聞いてしまったビヨルドが、昔話を始めていた。


 その衝撃の過去に、俺は黙って耳を傾ける。


「俺が家を空けている間に、町がモンスターに襲われた。近くの山から腹をすかせたゴーストウルフの群れが下りてきたらしい」


「まさか……」


「察しがいいな、ケニーは。そのまさかだ。息子が外で遊んでいるときだった。女房は店番をしていて無事だったが、息子はモンスターに殺されたよ」


 両手を広げて月を見上げるビヨルドは、無念さを隠しきれていなかった。


「そんな……」


「どうやらモンスターに食われたらしく、死体も残っていなかった。俺はそんなことも知らずに、遠い国でアイテムを売り歩いていた。家に帰ってきて、絶望したよ。それから、俺たち夫婦はうまくいかなくなって、女房は店を置いて出て行ってしまった。勇者になり損ねた男は、家族も失い、今もこうやって商人をしてるってわけさ」


 自嘲気味に無理やり明るく話すビヨルドに、俺はかける言葉もなかった。


「……奥さんは、今?」


「さあ、わからん。だがいつ帰ってきてもいいように、俺がこの店を守り続けてる」


 ポンポンと、馬を叩くビヨルド。


「何が正しい選択か分からんのが人生ってやつだ。冒険者をやっていなかったら女房に出会えなかった。今も冒険者を続けていたら、家族をなくさなかったかもしれん。だが、生活できてたかどうかは分からんし、それが正解だったかはもっと分からん」


 きっとビヨルドさんの後悔は、俺にはすべてを理解できない。


 果たして後悔のない人生を送ることなどできるのだろうか?


「ビヨルドさん……」


「何が言いたいかわかるか、ケニー? 俺は冒険者を諦めたことは、何も後悔なんてしていない。俺はやりたいことをやったんだから。でもな、息子を失ったことは、今でも夢に見るんだよ。俺が家にいてやれば、この店を守っていれば、家族をもっと大切にしていればってな。何もできなかったことが一番の後悔だ」


 固く握られたこぶしを見つめるビヨルド。


 何もできなかった自分を思い出して、気持ちが高ぶっているようだった。


「ケニー。お前がこれまでしてきた後悔は、自分にできることをすべてやってきた結果の後悔か? お前には、俺みたいな後悔をさせたくない。お前はお前がやれることをやれ」


 す、とビヨルドは顔をあげた。


「それは他人や、世界のためなんかじゃなくていい。ケニー、お前自身のために」


 その表情は、まるで子を見る親のものだった。


 俺は逃げてばかりだった。


 金鉱で働きたくてこの町に来たのでは、もちろんなかった。


 俺はモンスターから逃げて、自分のスキルからも逃げて、すべてを忘れるためにここに流れ着いただけなのだ。場所なんてどこでもよかったし、選ぶつもりもなかった。


 このダジュームに転生してきたことは、どうしようもないことだった。元の世界で死んだと言われても、いまだにそれは信じられないし、後悔していることもない。


 俺は最初から諦めていたのだ。俺の未来に。


「俺、何ができるのか分からないんですよ。転生してきたのもそうだし、こんなスキルを持って、モンスターから狙われても。俺はそんな……」


「ケニーはもっと自信を持ったほうがいい。ダジュームに転生してきたアイソトープってだけで、選ばれたようなもんじゃないか。俺たちにはできない経験をすでにしているしな」


「経験だなんて、俺は何もしてないですよ」


「じゃあ、やれよ。これからダジュームに、お前の名を刻むんだ。勇者と魔王に追われるようなアイソトープなら、きっと歴史に残るさ」


「歴史に残る?」


「ああ、そうだ。ケニーなら、やれる」


 断言するビヨルドに、俺はそこまで言われると逆に心が泡立ってきた。


 モンスターなんかと戦いたくない。


 訓練なんかしたくない。


 宿屋のフロントのようなジョブでまったりスローライフを送りたい。


 逃げるために俺が望んだ希望なんて、こんなものだった。


 そんな俺に、ビヨルドさんはダジュームの歴史に残れと言う。


「俺に、できるんでしょうか?」


「お前は生まれたときに、二本の足で歩いて、言葉を喋って、異世界に転生しても生きていけると思ったか? できるかどうかじゃなく、やるんだよ」


 ビヨルドは冗談ぽく言うが、俺の心は揺れ動く。


「何もしなきゃ、ダジュームは大変なことになるんだろ? お前の存在がダジュームの未来を決めるんならば、その未来を良いほうに導いてくれよ」


 そこへぴらぴらと光るものが飛んできた。


「おっさん、いいこと言うじゃないの」


 箱から逃げ出してきたペリクルだった。


 ビヨルドもそれ見て特に驚くこともないのは、元冒険者という経験からなのか。


「おう、妖精さんか。こいつ、慎重すぎるからケツをしばいてやってくれよ」


「ほんと。私、慎重な男は嫌いなのよ」


 そのままペリクルは俺を通り過ぎ、ビヨルドの肩の上に止まった。


「で、行くの? 行かないの? このおっさんが言うように、あなたの存在がダジュームを動かしかねないのよ? なんたって勇者と魔王軍の参謀があなたのスキルを欲しがってるんだから」


 いつの間にか二対一の構図になっている。


 勇者やランゲラクって奴がなぜ俺を探しているのか、その真相は分からない。


 俺の【蘇生】スキルを利用しようとしているのか、それとも邪魔で俺を殺そうとしているのか。


 どちらにしても、俺にとって歓迎される話とは思えない。


 ペリクルの言う通り、勇者と魔王軍の抗争のきっかけにもなるかもしれないのだ。俺の存在がダジュームの未来を変えるかもしれない。


 そうなるとビヨルドの言うように、俺の名前がダジュームの歴史に残ってしまうかもしれない。良いようにも、悪いようにも……。


 まずはそんな悲劇を回避するしかない。


 そのために、俺は身を隠すというのだ。


「こんなの、俺の理想のスローライフとは真逆の展開じゃないかよ。普通の生活が送りたかったなぁ」


 一番関わりたくなかった勇者とか魔王とかのごたごたの中心人物になってしまっている。


「アイソトープとして転生してきた時点で、もう普通じゃねえってよ」


「そうよ。普通なんてただの甘えなんだからね!」


 すっかり意気投合しているビヨルドとペリクルである。


「でも俺は、理想のスローライフを手に入れることを諦めたわけじゃありませんからね! いつか、牧場とかで働いて、牛を追っかけながらまったりと過ごすんですよ! そんな普通の生活をめざしてるんですから!」


 俺は最後の強がりを振り絞り、ぐっと顔をあげた。


「……俺、行きます」


 俺はペリクルと行くことを決心した。


 もうそうするしかなかった。


 俺がいる場所には厄災がついてまわるのが確定している。


「そうか。それがいい」


 ビヨルドは優しく微笑んでくれた。


「ビヨルドさん、短い間でしたけどお世話になりました。ジョブや住むところのお世話までしていただいたのに」


「俺のことは気にすんな、ケニー。いや、ケンタ」


 少しだけ残念そうな表情を見せるビヨルドに、俺も寂しく感じてしまう。


 楽しかったのは俺も同じだ。


 誰ともわからないアイソトープを自宅に住まわせてくれて、ハローワークにも紹介してもらった。


 こんなことになってしまい、俺がここにいるとビヨルドさんにも迷惑をかけてしまう。


「これ、持っていけ」


 ビヨルドはポケットの中から小さなハンカチを取り出した。


 俺は大事に両手で受け取る。


「これは?」


「息子が生まれたときに作ったんだ。息子の名前を刺しゅうして、みんなに配ったんだよ。親バカだろ?」


 自嘲気味に言うビヨルド。


「こんな大事なもの……」


「まだ倉庫に大量にあるんだ。調子に乗って作りすぎちゃってよ」


 さっき息子がモンスターに襲われて亡くなっていることを聞いたので、俺は胸が痛くなる。


「さ、じゃあ行くわよ! いつ勇者がやってくるか分からないからね!」


 もはやペリクルも事情を隠すつもりはないらしく、ビヨルドの肩から俺の頭の上に飛び移ってくる。


 そんな妖精を無視して、俺はビヨルドさんに改めて別れを告げる。


「本当にありがとうございました。俺のわがままに付き合ってもらって」


「わがままを言ったのは俺も同じだ。短い間だったけど、楽しかったぜ」


 俺はビヨルドさんと硬い握手を交わす。


「ケンタ、お前はできる男だ。もっと自分に自信を持て。謙遜ってのは、自分を信じていない証拠だ。お前ができることをやって、できることならこのダジュームを平和にしてくれ」


「そんな……。いえ、がんばってみます」


 そんなことはないです、と謙遜しかけて、俺は言葉を飲む。


 ビヨルドの言う通り、もう少し自分に自信を持ってもいいかもしれない。


 俺のこの【蘇生】スキルが、ダジュームを平和に導くきっかけになるのだとしたら、それは素晴らしいことだと思う。


 いや、そんなこと俺にはできないと今は思っている。


 だけど、もうそんなことを言わない。


 とりあえず、俺にできることをやってみようと思う。


 結果や後悔は、その次だ。


「おっと、いけねえ。俺も行かなきゃなんねえんだった。倉庫にあるアイテム、適当に持って行っていいからよ。俺からの餞別だ」


「はい、ありがとうございます」


 ここは遠慮するところではないと考え、俺はビヨルドの言葉に甘える。


「さよならは言わねえぜ」


「はい。ビヨルドさん……」


 ビヨルドは馬にまたがり、軽く片手をあげてそのまま 馬車は夜の道を走っていった。


 その馬車が見えなくなるまで、俺は見送った。


 俺がきっかけでこのダジュームを不幸にするなんてごめんだ。


 やるしかない。


 ビヨルドさんとの再会を誓いながら、頬に一筋の涙が流れてしまう。


「もう、泣き虫の男は嫌いよ」


「うるさい!」


 俺はさっきビヨルドからもらったハンカチで、頬の涙を拭いた。


 ハンカチを広げると、そこには金色の糸でビヨルドさんの息子の名前が刺しゅうしてあった。


『ケニー・ビヨルド』


 俺は決してこの名前を忘れない。


 たった三か月だったが、ビヨルドさんに名付けてもらった名前の意味を。


 そして俺はケニーという名前をビヨルドさんの思い出に返し、再びケンタに戻った。




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