異世界ハローワークへようこそ!

――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
ハマカズシ

真実を求めて

公開日時: 2020年10月15日(木) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:17
文字数:4,025

 午後7時32分 アレアレア中央広場。

 

 昼間のパレードの時には考えられない静寂。


 人の波で塗りつぶされていた広場は、今誰もいない。


 時おり通りがかる数人の護衛団が、この戒厳令の物々しさを印象付けていた。


「マジで、誰もいないな……」


 この異常なアレアレアの町の風景に、世界の終わりを感じさせられた。


「まず、整理しましょう。僕たちの目的は、この町にいるはずのシャルムさんを捜すことです」


 シリウスが広場の真ん中に立って、冷静に目的を示す。


 奇しくもその場所は、昼間の勇者パレードの終着点でもあった。


「ああ。シャルムが真犯人とは思いたくないけどな」


「もちろんです。シャルムさんを捜す延長線上にいる真犯人を見つけるのが目的です」


 俺たちはシャルムが真犯人だなんて信じたくはない。


 あくまで、別の真犯人を見つけて、シャルムの無実を証明するのが目的だ。


「でもどこを探せば? ケンタくん、心当たりあるの?」


 カリンはキョロキョロと周りを見渡しながら、不安そうに体を両手で抱きしめている。


「とりあえず、シャルムと真犯人のことは切り離して考えよう。むしろ犯人を捕まえれば、話は早い。同時にシャルムの無実も証明されるわけだからな」


「そうよね? そのほうがわかりやすいわよね?」


 俺の提案にカリンも同意してくれる。


「なぜ犯人はスネークさんを襲う必要があったのか? いくつか理由はあると思うけど……、ひとつは勇者に会わせないため」


 俺はピンと指を立て、シリウスとカリンに向き合う。


「でも、勇者のほうから事前に面会をドタキャンしてるんですよ?」


「そうなんだよな。時系列的にはそうなんだ。スネークさんに会う必要がなくなったのか、勇者自身が会いに行けなくなる事情ができたか?」


 勇者に直接確認できればいいのだが、機密的に俺たちが会える相手ではないらしい。


「でも勇者に会わせないことが目的なら、ドタキャンの時点で達成してるじゃないの? 何もその後にスネークさんを殺さなくても……」


 カリンの言う通り、スネークさんを殺害してしまったことで問題は大きくなっている。


「とすると犯人の目的は別にあったんじゃないか? 勇者も犯人の罠にはめられて、ドタキャンさせられたと考えるのはどうかな?」


「……やっぱり結界ですか?」


 シリウスが、さっきからずっと引っかかっているといった具合に、言葉にする。


「スネークさんがあの結界を張っていることは、皆に知られていた事実だ。魔法を施した人物が亡くなると、自然とその効力が消えることも、ダジュームでは常識みたいだ。ということは、単純に犯人はこの町の結界を消すために、スネークさんを襲ったんじゃないか?」


 これが俺が出した推察である。


 そしてこれは犯人の目的の一段階に過ぎない。


「結界を消すためにって……?」


 カリンもその真の目的に気づいたらしい。


「上空からモンスターを送り込んで、勇者を襲撃するためだよ」


 俺の一言に、シリウスとカリンは反射的に上空を見上げる。


 空は真っ暗で、モンスターの姿は見えない。


「でも、ボジャットさんの話では結界は消えてないんですよね?」


「そうなんだよ。それは犯人にとっては誤算だったんじゃないか? 結界を消すことが目的だったとしたら、次に向かうのは……」


 俺はその場所を見上げる。


「見張り塔……」


 シリウスが低い声で呟いた。


 このアレアレアの町を守る結界が張られている、見張り塔に直接向かうはずだ!

 

 

 午後8時2分 南東・見張り塔


 

 見張り塔はアレアレアの町の四隅に建てられている。


 目視はできないがこの四か所から、アレアレアの町全体を覆う結界が張られている。


 この結界を張ったのは黄金の蛇こと大魔法使いスネークさんであるが、彼が死んでしまった後も、まだ結界は生きているというのだ。


 スネークさんの死後も、上空からモンスターが襲ってこないことを見ると、今も結界が生きているとに間違いないと考えられるが……。


 その塔のひとつ、南東の見張り塔の前に立って、俺たちは息を呑んでいた。


「もしかしたら、ここに犯人が?」


「そうですね」


 緊張を隠せないカリンに、シリウスが答える。


 俺たちの予想が正しければこの四つの見張り塔のどこかに、犯人はいるはずだ。


「やっぱやめとくか? だって俺たち、武器も持ってないぜ? もしモンスターがいたら、どうすんだ?」


 ここまでは勢いで着てみたが、よく考えると俺たちは丸腰なのだ。


 なにせこのアレアレアには観光目的で来ただけで、装備も何も持ってきてはいないのだ。


 ていうかこんな無力なアイソトープに、よく事件の捜査を頼んだよな、あのボジャットとか言う護衛団長は!


「何言ってんの、ケンタくん。これはただ単に犯人を突き止めるだけが目的じゃないのよ」


 寸前でビビり腰の俺に、カリンがお灸をすえてくる。


「そうです。これは、シャルムさんの無実を晴らすためでもあるんですよ」


 シリウスが、俺たちがなるべく避けていたその名を、言い切った。


 そうなのだ。護衛団はこの事件をシャルムが犯人だと疑っている。


 その疑惑を晴らすための、俺たちだったのだ。


「それにモンスターがこの町に入ってスネークさんを殺すなんてできないって、ボジャットさんも言ってたじゃないですか。とすると、犯人は人間である可能性のほうが高い」


「話せば分かるってこと?」


「そうあってほしいですね」


 カリンとシリウスの会話を聞いていると、むしろ不安が増してくる。


 でも、俺たちは行くしかない。


「そうだな。この塔で待ち受けているのが、シャルムじゃないことを願うよ」


 かつて黄金の蛇と呼ばれたスネークの弟子、紫の蛇シャルム。


 今は俺たち異世界ハローワークの所長だ。


 シャルムが師匠のスネークを殺すなんて、ありえないと俺たちは信じている。


「行こう。まずは南東の塔から……」


 俺たち三人は異世界ハローワークのアイソトープとして、プライドと意地をもって、見張り塔へと踏み出した。


 たったひとつの真実を求めて!





 

「ダメだよ! 入れるわけないだろう!」


 南東の見張り塔入り口。


 事件解決のために胸を張って塔に入ろうとしたところ、塔を守る護衛団の男にあっさり止められた。


「ボジャットさんに捜査しろって言われてるんですよ! 聞いてないんですか?」


 シリウスは食い下がるが、護衛団の男は簡単に首を縦に振らない。


「確認はするけど、ここは町の防衛機密上、そう簡単に入れる場所じゃないんだよ! ここがなんのためにあるのか分かってるの?」


「結界を張ってるんでしょ?」


「分かってるじゃないの。君たちも知ってるように、ここは町の重要な防衛拠点なの。だったら、簡単に入れないことくらい分かるよね? ボジャット団長でも申請なしには入れないんだからね?」


「……はい」


 しっかりと叱られて、シリウスは頭を下げた。


 さっきまでの威勢はどうしたんだ!


「でも、結界が解除されていないか調べなきゃいけないんですよ?」


 続けて俺が説得に加わる。


「それは我々の仕事だし、上では専門の魔法使いが業務にあたってるから大丈夫だよ!」


 まったく意にも介さない。


 さすが見張り塔の見張りである。見張りにかけては一流の硬さだ。


「じゃあ、結界がまだ張られているのは本当ですよね?」


「当たり前じゃないか。解除されたら、町中に警報が鳴るようになってるよ。スネークさんが亡くなられて我々は何度も確認しているし、異常はないんだって。現にモンスターも入ってきてないでしょうに?」


 上空を指さして、諦めの悪い俺たちを事実と正論でなだめる護衛の男である。


「じゃあ、今日は誰も塔には入れてないですよね? どんな人であろうと?」


「当たり前だろう! 人を見て僕が許可すると思ってるのかい!」


「勇者であっても、それはそうですよね?」


 ここまで警備がしっかりしていれば大丈夫だと思いたいが、最後に確認だけしてみる。


「いや、勇者となったら話は別だけど……」


 俺の質問に、見張りの男は言葉を濁らせた。


 まさか?


「どういうことですか? まさか勇者が塔に登ったんですか?」


 シリウスが真っ先に食いついた。


 勇者を一番疑っているのは、このシリウスである。


 それは勇者への憧れの裏返しであることは理解できる。自分が目指す勇者が、こんな事件を起こすとは思いたくないのだ。だからこそ疑い、否定したいのだ。


「勇者が来るわけないじゃないか!」


 シリウスの必死さが伝わったのか、見張りの男は肩をすくめながら否定する。


「よかった……」


 俺たちはほっと胸を撫でおろす。


 だがそれですべて解決したわけでも何でもない。


 選択肢がひとつ減っただけで、まだまだ謎は残っている。


「でも……」


 すると、見張りの男がまだ言い足りなさそうに言葉を繋いだ。


「さっき、戦士スカーがやってきて、上に登っていったけど……」


「「「はぁぁぁぁぁ?」」」


 俺たち三人は声を張り上げた。


 その大声に、見張りの男は腰を抜かしそうによろめく。


「戦士スカーって、あのスキンヘッドの?」


 カリンが見張りの男の襟元を掴み、締め上げるように詰問している。


「そ、そうだけど、ちょっと、やめなさいよ!」


「重要な防衛拠点に、なんで簡単に人を入れちゃうんですか!」


 俺も唾を飛ばしながら、男を責める。


「だって、勇者の命令で来たって言うからさ? 勇者には逆らえないでしょうが、町の護衛団は!」


 さっきと言っていたことが違うではないか。


 クソ、このダジュームでの勇者の権力は絶大だ。


 だってゲームの勇者なんかも、勝手に人の家に入ってタンスからアイテム持っていくくらいだもんな! 現実の勇者もそんなもんだよ!


「俺たちも入らせてもらいます! もしかしたら戦士スカーが、結界を解除しようとしてるかもしれないんです!」


 もう許可とかそんなことは言ってられない。


 真犯人かどうかはまだ分からないが、戦士スカーがこの事件に関わっているであろうことは、ほぼ確定したのだ!


 それが勇者パーティー全員の差し金か、スカーの単独行動なのか、それともまったく違ったところに黒幕がいるのか……?


「行くぞ!」


 今度こそ、有無を言わさずに南東の見張り塔の中へと踏み込んだ。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート