「【蘇生】スキル……」
俺はその単語を聞いて、思わず手を胸にあてた。
「ベリシャスも実際にそのスキルを使える者を知っているわけじゃなかった。そりゃそうよね、死んだ者を生き返らせることができるスキルなんて、伝説レベルで半信半疑なのは当然よ。裏の世界を統べる魔王ですら使えない超高等スキルよ」
チラリと、シャルムが俺を見る。
「そんなスキルを、あなたがね……」
「それでずっと俺を探してたってわけか、シャルムは?」
俺はまたひんやりと、背中を汗で濡らす。
「話を焦らないでよ。まだそこにいくまではいろいろあるの。ええっと、どこまで話したっけ? あなたが口を挟むから忘れちゃったじゃないの!」
「す、すいません……」
俺は何度謝ればいいのだろうか?
俺の謝罪で、シャルムの話は進む。
「そうそう、【蘇生】スキルがあれば父が生き返るって話。でもそんなスキルどうやって探せばいいかわからなかったし、まさか父の死体がここにあって【蘇生】で生き返らせようとしているなんてことランゲラクたちに知られるわけにはいかないわよね。だから魔王城の地下、魔王しか入ることができない封印の間に父を隠すことにしたの。あそこなら、誰にも見つからない」
「先代魔王の死体は本当にあったんだな」
「それにモンスターの死体は、そう簡単に腐らないから」
「そうなのか……」
さすが魔王、と言いかけたがシャルムの気持ちを考えてぐっと黙る。
「そのころにはもう母はすっかり元気がなくなっていた。年齢にしたら80を超えていた。父の死体が帰ってきて喜んだものの、自分の死が近いことにも気づいていたの。それで母は、自分も父と一緒に封印の間に入ると言い出した」
「ミラさん……、お母さんが?」
「ええ。父の死体を封印の間に入れてしまうと、そう簡単にはもう会えなくなる。母は、父と一緒にいたかったのよ。自分が死ぬ、そのときまで……」
シャルムの声はだんだんと細くなっていった。
モンスターの寿命は何百年とあるが、人間は違う。こればかりはどうしようもないことだ。それはミラさんも知っていたことだろう。夫や娘より、自分が最初に死ぬことは。それを受け入れたうえで、この魔王城にやってきたのだろうから。
「こうなると【蘇生】スキルを探せるのは私しかいなかった。また私はダジュームへ行って、情報を集めた。なんとか母が亡くなる前に探し出して、父を生き返らそうと思ったけど、間に合わなかったわ……」
あるかどうかわからない一粒の砂を、地平線まで続く砂浜で探し出そうとするようなものだ。
「母は今も、封印の間で父のそばにいるわ。人間として、魔王の妻として、寿命を全うできただけで幸せだったと信じるしかないわ」
「……そうだな」
「母も死んで、私はどこか腑抜けてしまったのよね。父の蘇生も、父に何があったのかを探ることも、どこかで諦めていた。だって私は一人きりよ。すべてが意味のないことだと思ってた」
ミラさんも【蘇生】で、と一瞬考えたが、人間なのですでに腐敗が進んでいることだろう。
俺は自分のスキルについて、どう考えればいいかわからなくなっている。あんなに使うまいと思っていたこの【蘇生】スキル。一体、俺はどうすれば――。
「魔王城で私の味方はベリシャスだけになった。母が死んで、前魔王の意志を継ぐ娘として私は担がれた。来たるダジューム侵略の、復讐のための象徴となった。私もそのときは父の復讐のためだと思って、ランゲラクの考えも受け入れ始めていたの。ベリシャスもそうよ、兄の復讐なんだから。でも、事態は変わる」
話が佳境に向かうように、一瞬の静寂が訪れる。
「そのころも私は時おりダジュームへ行っていた。母の故郷なんかも見たかったし、あわよくば【蘇生】スキルの情報も手に入るかもしれないと思ってね。そこでとある妖精と出会ったのよ」
「妖精?」
ホイップ? と考えたが、まだそのころはもちろんハローワークも開業していない。
「名前はクラリスと言ってね。赤い髪の妖精だったわ。もちろんダジュームに行くときは私も【変化】の魔法で姿を人間に変えていたの。勇者たちには私の顔は割れてるからね。なのに、その妖精は私をシャルムだと、魔王の娘だと分かって声をかけてきた」
赤い髪と聞いて、ホイップでもペリクルでもないことは明らかだった。
妖精も寿命は長いので、この時代にあの二人がいてもおかしくはないのだが。
「なんでシャルムだと分かったんだ?」
「オーラで分かったって言うの。そのクラリスも、ずっと私を探してたって言うのよ。妖精は人間の味方ではないことは分かってたけど、クラリスは真面目な顔で打ち明けてきたの」
「何を……?」
「父ハデスが死んだ理由を。勇者にはめられて、自ら命を絶ったんだってことを」
「……」
勇者ウハネに倒されたと思っていたシャルムが、この時に真実にたどり着いたということだ。
その妖精はなぜそんなことを……?
「さっき私が話したコト、覚えてない? 父が会議室に入ったとき、その部屋にいたのは何人だった?」
「それは……。偽勇者のホームレスと、護衛が二人。それから……。議事録を取っていた女? あっ!」
そうだ。赤い髪の妖精が議事録を取っていたんだ。「あの妖精よ。唯一、父の死に際を見たのが、このクラリスだったってワケ」
ダジュームの歴史を語り継ぐのが妖精の仕事なのだ。そんなに堂々と、歴史を記録するものなの? 意外とアナログ!
「そのクラリスがすべてを教えてくれたの。すべて勇者の罠だったってこと、ギャスが裏切り者だったこと、父が私たちのために自ら命を絶ったってことを。もちろんクラリスは起こった事実をすべて議事録に記したそうよ。でも、蓋を開けてみれば勇者側から発表されたのは、勇者ウハネの奇跡ってワケ」
「じゃあダジュームの歴史は書き換えられた……?」
「そうよ。私と母もすっかり騙されていた。もちろんベリシャスも。母は真実を知ることなく、死んでしまった」
騙されて家族を守るために死んでいったハデス。その夫と添い遂げるように亡くなったミラ。
そして、すべてが終わった後に真実を知ってしまったシャルム――。
俺は言葉が出ない。
「ここで話が戻って、あなたの最初の質問に戻るワケ。裏切り者ギャスのことよね。私がクラリスから聞いた真実はもちろんベリシャスにも伝えてあるわ。彼はそれを知った上で、ギャスを三本槍として重用している。ランゲラク派のスパイと知った上で泳がせてるのよ」
「油断させるために?」
「まあそれもあるけど、まだ私たちが捻じ曲げられた歴史を知らないふりをしている必要があったの。その後のことはすべて私とベリシャスだけで計画したことよ。ベリシャスは三代目魔王として、なるべく平和主義を唱えるようにした。例の勇者との約束の百年の休戦が終わっても、ベリシャスはダジューム侵略を許さなかった。ランゲラクの言いなりになるわけにはいかないから」
ダジュームでは小さな争いは起きてはいたが、大々的な侵略が起きてはいない。例の『ダジュームの歴史』にもそう書かれていた。
「そして私の仕事は【蘇生】スキルを持つ者をさがすことだった。父の死の真実を知って、あらためて父を生き返らせようと思った。裏の世界のモンスター、そしてダジュームの人間、アイソトープ。ランゲラクにはバレないようにスキルを探し回った。おそらく二百年以上は経ったころね、ダジュームにいる大魔法使いの噂を耳にした」
シャルムは窓枠に手を置いて、塔からアレアレアの町を見下ろした。
その視線の先にあるのは――。
「大魔法使い、スネーク……」
「スネークが【蘇生】のスキルを使えるという噂を聞き、私は藁にもすがる思いで彼に会いに行ったのよ」
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