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ハマカズシ
ハマカズシ

お医者様はいらっしゃいませんか?

公開日時: 2020年12月7日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 12:23
文字数:3,685

「し、死ぬかと思った……」


『魔王城の勇者ハント』というアトラクションから出てきた俺は全身ずぶ濡れ、息も絶え絶え、腰も抜けそうになっている。


 なぜ魔王城に突入する勇者のコンセプトのアトラクションで、最後はあんな絶叫マシンに乗らされなくてはいけないのだろうか?


 20階建てのビルの最上階くらいの高さからまさかの直滑降で、最後は水が溜まったお堀にザバーンと着水。


 マジで死ぬかと思った……。


「着替えもないし、乾くのを待つしかないね!」


 隣で同じくびちょびちょのカリンはそれでも嬉しそうだった。


 待望のテーマパークだったので、これくらいでは俺みたいにテンションが下がるはずもない。


「しかし、魔王城の雰囲気があったのは一階だけだったな」


 あとは延々とジェットコースターに乗るために階段を上らされただけである。


「どうやら魔王城の中に入って帰ってきた人の証言をもとに設計されたみたいなんですけど、その人も一階までしか行けなかったみたいなんですよね。それで、ああいうふうになったのかと」


 ホイップが俺の素朴な疑問に答えてくれる。


 ホイップはずっとカリンの鞄に入っていたので、まったく濡れてもいない。


「魔王城に行って帰ってきた人がいるのか?」


「みたいですよ。魔王もとにかく何でもぶっ殺す、みたいな感じではないみたいですけどね。魔王にも都合というか、悪には悪の矜持みたいなものもあるみたいですから」


「でもこのダジュームを征服しようとしてるんだろ? 恐ろしい存在に違いはないだろ」


「それにしては、ダジュームはここ何百年も征服さていないですからね。こうやってテーマパークで遊べる環境ですから、ここ数十年は平和なものですよ。勇者も負けっぱなしなので、魔王も余裕があるんですかね」


 確かに。


 この何百年も勇者は何度も倒されて、そしてまた新しい勇者が魔王に挑み続けているのだ。


 今の勇者クロスも、その中の一人である。


 俺が知ってるRPGみたいに「勇者が負けること」=「魔王による世界征服」というわけではないのは少し面白いところだ。


 勇者と魔王がいることで、ダジュームの平和の平衡は保たれているといっても過言ではない。


「誰も魔王には会ったことないんでしょ? だったら本当に世界征服をしたいって思ってるわけじゃないかもね。魔王ってイメージだけで語るから、そう思ってるだけで」


 カリンも口をはさんでくる。


 どうやら女子二人は、あまり魔王という存在に恐怖を感じていないようである。


「まあ世界中にモンスターをばらまいたり、勇者に抵抗したりはしてるんで悪い人なのは間違いないんですけどね。でもラの国なんかはほとんど被害も受けていませんし、この通り平和なものですよ」


「だよね。魔王なんだから、それが仕事だもんね」


 世界征服が仕事とか言うな。


 こういうテーマパークにいることで、俺もカリンもどこか正義と悪の境目があやふやになっているのは事実である。


 現実の勇者と魔王の戦いも、どこかアトラクションというかダジュームにおける演出のように思えてしまう。


 いや、そのほうがいいんだけどな。実際は。


「平和が一番なんだって。魔王の目的が何かは知らないけど、このままラの国はずっと平和であってほしいよ」


 草食系アイソトープの俺としては、このまままったり暮らしたいのである。


 勇者クロスのこともなまじっか知っているだけに、魔王に倒されるところは見たくはない。


 ましてやそれで魔王に世界征服されるのはごめんだ。


「そうね。平和だからこそ、テーマパークで遊べるわけだしね!」


 カリンも俺に同意してくれる。


 魔王がいなくなればそれが一番ではあるが、絶叫マシンで一喜一憂するくらいの刺激でちょうどいいのだ。


 でも勇者が今、このラの国にいるのは不安材料なんだけどな。


「じゃ、次はいよいよ『人食い魔女のインフェルノマウンテン』に行きましょう!」


 カリンはついにその名前を出してしまった。


「それって、怖すぎて死人が出ることもあるっていうやつじゃ……?」


「そうですよ。ケンタさん、ビビりすぎですよ。さ、こっちです!」


 ホイップはさっきの転送装置に飛んでいく。


 一難去ってまた一難である。


 俺は会議に来たはずなのに、なぜもこんな恐怖体験ばかりしなくてはいけないのだろうか?


 さっきのジェットコースターでもうこりごりなのに、あれ以上の恐怖があるの?


 すっかり顔が青ざめていると、隣でカリンがニコニコと俺の顔を見ている。


「ど、どうしたんだ?」


 するとカリンがそっと俺の耳元に寄ってきて、


「怖かったら、また手を握ってあげるからね!」


 小さくささやくと、そのままホイップについて行ってしまった。


「な、な、なんだ? さっきから、なんかおかしくない?」


 ここって異世界ですよね?


 勇者と魔王が戦っている世界でしたよね?


 これってラブコメ展開が継続してませんか?


「ケンタさん! 行きますよ!」


「あ、ああ! すぐ行く!」


 さっきまで青ざめて体温を無くしていた俺の顔が、カリンの一言でまた熱を帯び始めてしまったのは言うまでもなかった。


 転送装置を操作して、次に向かうはダジュームアドベンチャーワールドで最も恐ろしいと噂がある「人食い魔女のインフェルノマウンテン」であった。


 昨日ちらっとカリンのガイドブックを見たが、どうやらお化け屋敷のようなアトラクションらしく、実際に魔法使いたちが演者となって客を驚かせるタイプらしい。お化け屋敷のジャンルの中でも、一番怖いやつである。ちびるまである。


 さすがにカリンやホイップの前でちびるのは、男子として最低ではなかろうか? 事前にしっかりトイレに行っておかねばならない。


「じゃあ、行きます!」 


 ホイップの合図とともに、俺たちは転送された。



 

 転送されるときの背中がすっとする感覚には慣れはしないが、一瞬でさっきまでいたところと違う場所に移動できるのは単純に感動する。


 異世界の技術はすごいなぁと感心していると、目の前に現れたのは大きな山であった。


 人食い魔女のインフェルノマウンテン。


 これが泣く子も黙り、へたすりゃ恐怖で死人が出るほど恐ろしいアトラクションである。


 山といってもまったく木なんかが生えていない、白い岩肌の無機質な山で、大きさは人工とは思えないほど巨大であった。


 ここがテーマパーク内のアトラクションとは決して思えないスケールのでかさに、俺は驚きを毎回更新させられる。


「誰かー!」


 だが、そんな巨大な山の風景にあっけにとられていると、どこからか女性の叫び声が聞こえた。


 見るとその山の麓、アトラクションの入り口付近に人が集まっていた。


「行ってみましょう!」


 異変に気付いたホイップが、我先にその群衆に向かって飛んでいく。


 俺とカリンも視線を合わせて頷くと、駆け出す。


「お医者様はいらっしゃいませんか!」


 今度はそんな声が聞こえてくる。


 人だかりは大きくその中心までは近づけなかった。ホイップだけがその人ごみの上を飛び越えて、様子を見に行く。


「誰か怪我でもしたのかな?」


「怪我ならいいんだけど……」


 不安そうなカリンに、俺はさらに不吉な予感がする。


 だってこのアトラクション、最恐スポットなんだろ?


「大変です、大変です!」 


 するとホイップが手をばたつかせながら帰ってきた。


「一体なにがあったんだ?」


 飛んできたホイップを捕まえ、様子を尋ねる。


「発作で心臓停止したお客さんがいるみたいです!」


「大変!」


 カリンがびっくりしているが、言わんこっちゃない!


「やっぱりこのアトラクション、危険すぎるんだよ!」


「いえ、アトラクションに関係なく、急に倒れちゃったみたいなんです。持病みたいですよ」


「そ、そうなのか?」


 さすがに本当にアトラクションで死人は出ないか?


 それでもいきなり発作で倒れたとなると大変な事態である。


「医者とかいないのかよ?」


「今呼びに行ってるらしいですよ! でも、もうすでに心臓が止まっているらしいですから、間に合うかどうか」


 ちらっと振り向いて残念そうに言うホイップ。


 そこへ、医者と思われる男性が、転送装置を経由してようやくやってきた。


 何もできない俺たちは、その医者の男性のために道を開ける。


「大丈夫かな……?」


「医者が来たし、俺たちには何もできないよ」


 医者が到着して現場はあわただしくなる。


 人だかりの後ろのほうで見守る俺たち。


「……だめだ、もう死んでいる」


 医者が放った言葉は、そんな無慈悲なものだった。


「本日の『人食い魔女のインフェルノマウンテン』は休館とします!」


 そんな中、スタッフと思われる男性の声が響いた。


 アトラクションは直接関係ないだろうが、適切な対応のように思えた。


 それを合図に、やじ馬たちはぞろぞろとこの場を離れ、俺たちの目にも地面に横たわる男性の姿が見えた。。


「お気の毒です」


 ホイップが目を閉じ、手を合わせる。


 俺も突然の訃報に目をそむけたくなる。


 さすがに一度死んだ人間を生き返らせることなど、この異世界でもできるはずがないのだ。


 それは生命の摂理であり、絶対……。


「【蘇生】……」


 俺はぽつりとつぶやいた。


「え? どうしたの、ケンタく……」


 カリンに呼ばれたのも気が付かず、俺は無意識のうちにその倒れている男性の元へ駆け寄っていた。

 

 

 

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